―――   吉良雛 著者:&様   ―――



何故、こんなことになったのだろう。
横たわる少女を前に、彼は懺悔に似た気持ちで両膝をついた。

「雛森くん…」

卯ノ花の手当を受け、瀕死の重傷だった雛森は何とか一命を取り留めた。
しかし、まだ油断は出来ないという。
その証拠に青白く、細い腕には何本も針が刺さり、点滴がされている。
それが救命の為の物なのは分かるが、吉良はそれを全て取り去りたかった。
傷付いた彼女がこれ以上に傷付くのは見たくなかった。

血の気が退いた顔。心を砕かれて、繊細な彼女は本当に死んでしまったかのようで。
一定の動きを続ける胸に、あぁまだ彼女は生きているのだと安心するのだけれど、目覚めた後のこの絶望の世界に、耐えられるのだろうかと不安になる。
冷たい手をそっと握り耳元に囁く。

「死んでしまえば、良かったんだ」

途端視界が歪んだ。それが自分の目から落ちる涙なのだと、彼女の頬の水滴に口を付けて初めて知った。

長く黒い睫が震えて、鈍い光が瞳に宿る。さまよう焦点、おびえと恐怖、悲しみ。ありとあらゆる不の感情を蒸留した純粋な不幸の色で綺麗な瞳を陰らせて。
なんて美しいのだろうと吉良は思う。
彼女が目を覚ましたのも構わず、乱暴に腕を掴み、覆いかぶさる。

「死んでしまえば良かったんだ!」

暗い瞳に自分が映っている。
まるで、自分にその言葉を向けるように、何度も繰り返し言う。

「死んでしまえば…っ、雛森くんっ」

細い首に手をかける。浮き出た血管、温かい血液の流れ。
力を込めても彼女は抵抗しなかった。
ゆっくりと機能的な瞬きをして、ガラス玉の瞳に吉良を映しているだけ。

こんな筈じゃ無かった。自分が望んだのはこんなことじゃない。

「君にはっ、何もしないって…何もしないって言って…たんだっ!」

無意識の抵抗か、少女の口は呼吸を欲して薄く開く。

「でもっ、何で君がこんな目に…僕は…僕が…信じ…」

混乱する頭。全身が不安に侵されて。
不安を掻き消すように目の前の体を強く抱きしめる。顔を見ないように。

「でもっ、死ねばこんな…こんな辛い思いを君にさせることなかったんだ…!」

少女は何も答えない。腕を重力のままにだらりと下げて、どこかを見つめている。
否、見つめてなどいないのかもしれない。

「僕も一緒に行くから…」

力ない手を取り、刀を持たせる。それを自分の手で包み、喉にあてる。
自由がきく手は、彼女の首に。

「さよなら…」
それは何度も練習したあの言葉。
込み上げて来る感情を押しつぶして、笑ってもう一度。
「さよなら」
喉にあたる冷たい刃をこのまま…突き刺せば。
けれど、涙が溢れて嗚咽が漏れて力が入らない。
床に、金属音が跳ねた。
吉良は優しく彼女を抱きしめて何度も背中を撫でた。

「自分を殺すことも、君を殺すことも出来ない…」

弱い自分。けれど、これが自分なのだ。

「僕が望んだのは死ぬことじゃない。君と一緒にこの世界で生きることだ」

肩を優しく掴んでそっと自分から離す。その顔をまっすぐに見つめて。

「さよならなんて言わないよ」

そう言った笑顔はいつもの困ったような笑顔。
「き…ら君」
微かな声が響いた。
「大丈夫、今度こそ、僕が君を守る」
愛しい人に、信頼する人に裏切られる悲しみを、もう繰り返したりしない。
自分は弱い。けれど裏切って悲しませることは絶対にしない。
彼女の瞳に悲しみの涙は流させない。吉良はそっと雛森を横たえる。
「もう少し、休んでいて」
自分の存在を確かめるように鍔に触れて。

「すぐに戻るよ。さよならなんて二度と言わない」

自分の信じる方へ、吉良は駆け出した。






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