―――   一護×織姫  著者:332様   ―――



一護は織姫の乳房に顔をうずめたまま、大きく息を吸った。
甘やかな香りが鼻腔と共に脳の奥をくすぐる。
まるで麻薬のように、優しく侵食されていくようだ。
もしかしたら本当は、匂いなどしないのかもしれない。
彼女は香水などつけるタイプではないし、汗は普通に汗の匂いがする。
風呂あがりなどに石鹸やシャンプーの香りをまとわせていることもあるが、
それがずっと続くとも思えない。
それなら、今感じているこの匂いはなんなのだろう。
一護を優しく包み込み、そっと侵食していく、この香りは。
もしかしたら、錯覚なのかもしれない。
一護が、この桃のような淡いピンクで滑らかな肌に感じる、錯覚なのかもしれない。
それでもいいと思う。
たとえこの香りが錯覚であれ現実であれ、
それが一護を包み込み癒してくれることに変わりはない。
「黒崎くん」
織姫がそっと一護の髪を撫でる。それは、母が幼子にするように優しい。
それに応えるように、一護も織姫の背に回していた腕に、
ほんのわずか力を込めた。
一護と織姫が、お互い一糸纏わぬまま、こうして抱き合うのは初めてではない。
むしろ、頻繁にあることだった。
そのままセックスをすることもあるし、
あるいは何もせぬままただ抱きしめあって眠りにつくこともある。
どうなるかは、お互いの意思というよりは、一護の気まぐれで決定された。
急に思い立って、荒々しい、ほとんど強姦のようなセックスをすることもあれば、
夜泣きを起こした子供のように、一晩中頭を撫で続けてもらうこともある。
そんな一護の横暴ともいえるわがままを、
織姫は文句ひとつ言わず、すべてを許す笑みでもって受け入れてくれる。
甘えている、という自覚はある。
彼女の優しさや、寛容さに、本当は許されないほどに甘えすぎていると分かっている。


『あんたは織姫に甘えすぎだ』

たつきにそう言われたのは、織姫が一護の子供を中絶したときだ。
一応普段は避妊にも気をつけているが、
気分が荒れているときなどそこまで気を回すことができずに
そのままセックスをしてしまうことがあった。
その結果、織姫は妊娠し、中絶した。
だがそれを一護が知ったのは、すべてが終わった後だった。
織姫は妊娠の事実を一護には告げずに、一人で中絶を決断し実行していた。
織姫に付き添ったたつきが一護に言わなければ、
一護はその事実を知ることもないままだったのだろう。
そのことを織姫に問い詰めたとき、彼女から返ってきたのは
一護の予想しなかった答えだった。
『ごめんね黒崎くん。
 今度からは黒崎くんが気にしなくていいようにピル飲んどくね』
まるで、明日クッキーを焼いて持ってくるとでも言うように、
彼女は変わらぬ明るい笑みのまま、そう言ったのだ。
それは彼女が愚鈍だからではない。
硬く握り締められた手が、かすかに震えていたのを、
そしてそれを気付かれぬよう必死で押し殺していたのを、一護は気付いていた。
彼女は一護を責めていいはずだった。
責任を取れと迫ってもいいはずだった。
泣きながらののしったって、一護にはそれを避ける権利はない。
それなのに。

妊娠したことを告げられたら、一護は戸惑い、困惑しただろう。
経済的にも精神的にも状況的にも、すべてにおいて子供を産み育てることは考えられない。
結局は中絶しかなかっただろう。
織姫はそれを分かっていて、
だからこそ一護の負担にならないように、何も言わずに中絶したのだ。
すべてを一人で背負おうとして。
そして実際、たつきが一護に言わなければ、一人で背負っていったのだろう。
中絶を経験してからも、一護と織姫の関係は続いている。
一護は気まぐれにわがままに織姫を求め、彼女はそれを受け入れる。
彼女は自分で言ったとおりにピルを常用するようになっている。
ただセックスをしたいだけなら、いくらでも相手はいる。
一護が電話を一本かければ飛んでくる女も、
急に部屋を訪ねても笑って迎えてくれる女もいる。
だがそれと、織姫は別物だった。
彼女に感じているのは性欲ではないのかもしれない。
セックスという行為は同じでも、
そこに含まれる意味合いや求めるものは、おそらく違うのだろう。
だからといって、何が違うわけでも、何かが許されるわけでもないが。

『あんたは織姫に甘えすぎだ。
 でも、織姫もあんたに甘えすぎだ』

たつきは苦々しそうにそうも言った。
一護自身、織姫に甘えすぎていると自覚しているが、
たつきから見ると、織姫も同様に見えるらしい。
あるいは、そうなのかもしれない。
依存する一護に対し、織姫は依存されることで安心感を得る。
結局はお互いがお互いに寄りかかっているのだ。
そうしてやっと、心の安寧を得ることができる。
それが分かっているから、たつきもふたりを引き離せずにいるのだ。

「井上」
「なあに、黒崎くん」
やわらかく顔をうずめるだけだった乳房を、意志をもって吸い上げ歯を立てる。
それだけで言いたいことは伝わる。
受け入れるために、開かれてゆく身体。
こんなことを、強くまっすぐな心を持つあの死神の娘や、
生真面目で融通の利かない滅殺師などが知ったら、
きっと救い様のない愚か者だと蔑まれるのだろう。
それでいいと思う。
彼らはきっと、自分たちとは違う生き物だから。
もう他に何も考えたくなくて、行為に没頭していく。
噛み付くように肌をたどっていると、そのうち思考が焼き切れて何も考えられなくなる。
一護はそっと目を閉じた。










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