―――   雨竜×織姫  著者:258様   ―――



「石田君!こっち!」
追ってくる死神達をやり過ごすために、ごく狭い壁の隙間を見つけた織姫が、すばやく雨竜を手招きした。
雨竜としては、あの程度の死神達に遅れを取るとは思ってはいないが、これからのことを考えると、いちいち相手もしていられない。
それに、織姫のことを考えれば、そうそう無茶ばかりもさせられない。
ほんの少し逡巡したが、すぐに織姫を庇うように、その狭い隙間に身を滑らせた。
狭く、暗い壁の間に身を潜め、察知されないように能力も押さえ込む。
死神達の足音が聞こえてきた。だか、彼らは二人が身を潜めている場所に気付いた様子もなく、勢いよく通り過ぎていった。
「…大丈夫?井上さん」
足音と気配が遠ざかるのを確認して、ほっと安堵の息をつく織姫に、雨竜はごく小さな声で問い掛けた。
織姫は、小さくこくんと頷く気配が、伝わってきた。
「石田君こそ、大丈夫?」
雨竜は、織姫と同じように頷いた。
織姫が、よかったと呟く声が、ヤケに近いことに、雨竜は、不意に気付いた。
慌てて飛び込んだ壁の間で、雨竜が、織姫を外部から守るように壁に手をついて覆い被さるような形になっている。
人一人でも狭いような空間に、二人で身を潜めているのだから密着せざるをえない。
緊急だから仕方のないことなのだが、それにしたって、これは、くっつきすぎだ。
意識しないようにすればするほど、自分の身体に押し付けられた織姫の身体の柔らかさを意識してしまう。
同じ年頃の、他の少女達に比べて、織姫はずば抜けて女性的なプロポーションの持ち主だ。
普段の無邪気な言行が、彼女から色事の匂いを遠ざけてはいるが、こんな場面では、持ち前の天真爛漫さも発揮しようがない。
織姫は、少し俯き加減に、雨竜の腕の中でじっとしている。
雨竜は、なるべく思考を逸らそうとするのだが、一度意識してしまうと、身体は勝手に織姫の柔らかさを感じようとする。
雨竜自身も、元々色事には疎い。生来のストイックさととっつきにくさが、彼の周りに女っ気を寄せ付けなかったし、
自らも、「色事は修練の妨げ」と避けて通ってきた。
こんなことなら、多少慣れておけばよかったかもしれないな、と、雨竜は、皮肉っぽく内心で呟いた。

織姫が、居心地が悪そうにもぞもぞと身動いて、雨竜は、現実へとたちかえった。
いつまでもこんなところにいても仕方がないと、正常な結論に至る。
「さ、そろそろ……」
出ようか、と、雨竜がいいかけたところで、また、誰かの足音が響いた。数は、一人。多分死神だろう。
雨竜は、聞こえない程度に小さく舌打ちをする。
不思議そうな顔をする織姫を制して、やり過ごそうかどうしようか考えた。
一人なら、多分、問題なく相手にできる。織姫には、ここに隠れていてもらって……。
そこまで考えた、雨竜の思考が、ぶつりと途切れた。
近づいてくる死神は、確かに一人。
しかし、その霊力は、圧倒的だった。
肌が一斉に粟立ち、背筋を悪寒がかけあがる。
とてもではないが、一人で太刀打ちできる相手では、ない。霊力も、殺気も、格が違う。
織姫も、同じことを感じているのか、腕の中で微かに震えていた。
壁の隙間から、顔を出して確認しようかとも思ったが、実行するには至らなかった。
殺気の範囲に不用意に近づけば、容赦なく斬られる。それは、予想ではなく、確信だった。
狭い壁の隙間で、息を殺している間に足音は、悠然と近寄ってくる。
「……っ」
織姫が息を呑み、雨竜の服を掴んだ。
震えるその手を、雨竜は、きつく握り締めてやることしかできない。
かえって、真っ向に対峙していたら、もう少しましだったかもしれない。半端に隠れたまま気配を察知してしまったせいで、 どうにもこうにも動けなくなってしまった。
織姫は、ただひたすらに雨竜にしがみつき、雨竜は、織姫を抱きしめることで、本能的な恐怖と重圧に耐えていた。

足音の主は、二人に気付く様子も見せずに、きたときと同じように悠然と去っていった。
薄暗い闇の中で、二人は同時に息を吐き出し、示し合わせたように顔を見合わせる。
雨竜の心臓が、先程とは別の意味で大きく脈打った。
日のささない壁の隙間。薄闇に慣れた目に映った織姫の顔は、ひどく艶めいて見えた。
潤んだ瞳、極度の緊張から解き放たれて紅潮した頬、長く伸ばした柔らかい色の髪は、汗で白い首筋に張り付いている。
薄く開いた唇に、ひどく惹きつけられた。
そうと意識しないまま、雨竜は、織姫の唇に、自分の唇を重ねていた。
深く、浅く、角度を変えながらなされる口付けに、織姫も抗いはしなかった。ただ、苦しげに硬く目を閉じて、雨竜の服を掴んでいる。
ためらうこともなく、雨竜は、織姫の口腔に舌をさしこんだ。
「……っ」
苦しげに、織姫の喉が鳴るが、その音は、高く鼻にかかっていて、まるで雨竜を煽り立てるための嬌声のようだった。
服を掴んでいた織姫の手が、ためらいがちに雨竜の首に回る。雨竜の鼻腔を、甘く暖かな香りがくすぐった。
その、香りに、正常な思考はどこかに吹き飛んだ。
雨竜の細く骨ばった指先が、Tシャツの上から、織姫のふくよかな乳房をまさぐり出す。織姫は、ぴくんとふるえるだけで、抵抗はしない。
まるで待ち望んでいたかのように、押し付けてきた。
唾液の混ざり合う感触が、二人の理性を焼き切る。
狭い壁の隙間に、衣擦れの音と、微かに漏れる声と、荒い息遣い、そして、追い詰められたオスとメスの、本能だけが満ちていった。




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