――― 雨竜×織姫 著者:きじ様 ―――
「微笑みだけ、小さく」
包帯が昼休み近くになると、薄い灰色へと変わっていた。爪が割れるほど
『弓』を引いたせいだ。致し方ない。
放っておいても良いと思ったが、どうも気になる。僕は、軽く昼食を口にしてから、保健室へ、包帯の替えを貰いにいくことにした。
「雨竜くん」
一人、廊下を走ってくる。……織姫さん。
彼女は照れ隠しのように笑い、どうしたの?と聞いてきた。
「いや、包帯の替えを……」
「あたし、替えてあげるよ。一緒に行こう?」
いらない、と言いかけた瞬間、その双眸に射抜かれた。
柔らかく、だけど寂しそうに、彼女は微笑んでいた。
「痛かったでしょう?」
しん、と静まった保健室は、不思議と静謐さを感じさせる。また同時に、 その異形さを見せる器具達と、医学書が重々しさを兼ね備えている気がする。
西洋医学。そして、東洋医学。
……どこかで聞いたような構図だ。どこかの……、馬鹿を思い出す。
くそっ。
ベッドに僕が座り、向かい合うように織姫さんが椅子に座る。道具の入った金属製のトレーを膝に置く。消毒液が鼻をつく。
「まずは右から……」
織姫さんの手は、思ったより細かった。
するすると解かれていく指に、微かな痛みが蘇ってくる。少し、爪の間から血が溢れる。徐々に痺れも現れる。ガーゼに消毒液を染み込ませ、手を包んでいく。うっ、と僕が呻いたのを聞いていたようで、くすりと笑った。
「……痛かったでしょう?」
「傷くらい、別に……」
「ううん、傷だけじゃなくて」
いつもとは違う、彼女がいる。……まるで。
「あの……人と、何かあったんでしょう?」
「何が、言いたいんだ?」
「えっとね、うーんと……」
ぐいぐいと巻く右手の包帯が、端から緩んでいく。おまけに間隔があきすぎてガーゼがちっとも固定されていない。彼女はそれでもお構いなし。
「何て言えばいいのかなあ?うんと、上手く言えないんだけど……」
包帯止めを傷口上で固定し、彼女は笑った。
「雨竜君は、一人じゃないってこと、かな」
「何故?」
肩にかかる細い髪を、すと払った。
僕を見据える目が、『僕』を突き抜けた、『誰か』を見ていた。
「すごく、仲良くなれると思うんだ。だって二人、似てるんだもん」
少し、照れたように笑う。
これは、何だ?
僕は、奴を守った。絶対殴ってやる、と。
僕は、自分を正当化したかっただけだと、知った。
僕は、弱い。
ここにいる自分は、何かを正当化しようとしているんだ。
やめてくれ、僕は、思い知らされたんだ。
このままじゃ……。
彼女の手を振り払い、立ち上がる。
その瞬間、右の包帯がばらけ、織姫さんの膝にへばりついた。
「……雨竜、君?」
「僕は、お友達ごっこするために、あんなことを、……したんじゃない!」
彼女の顔が見れず、窓から見えるグラウンドに目をやった。
「……僕は、あいつに、勝つために……」
彼女が、僕の右腕を取る。
ぷつり。
僕は、彼女をベッドに押し倒した。襟元を押さえていた両手は剥き出しで、血が、彼女のシャツに滲んでいった。
激痛で、力が入らない。
……これ以上、僕は、僕を、辱めたくない。
「苦しいの……?」
刺すような、痛み。彼女が添えた、細い指。
「僕は、あいつに負けたんだ!だけど……」
唇を噛む。僕のこわばった頬を、彼女は両手で包んだ。感情に任せたことにはっとして、僕は離れようとした。が、織姫さんの手は、全てを掴んで離さないでいて……。
頭の中で、さっき聞こえた包帯の切れる音が、聞こえた気がした。
眼鏡を投げ捨て、その彼女の唇に重ね合わせる。小さな悲鳴を上げ逃げようとするが、痺れる手で頬を捕らえた。彼女は、もう逃れようとはしなかった。
血のついてしまったシャツのボタンを外して、右手で彼女の乳房に触れた。
シャツを引き出し、背に左手を伸ばしてホックを外そうとするが、指が言う事を聞かない。
散々てこずっていると、織姫さんは身体をよじり、自分から外した。ふっと右手が軽くなった。少し、汗ばんでいる。
服を押しのけ、その手に余る乳房に口を付けると、堪えていた吐息が漏れた。
親指で、乳房の先端をさすると、鼻にかかった「鳴き声」をあげる。
「……んんっ、……」
彼女は左腕で口を塞ぎ、声を殺していた。僕は何故だかそれをほどいた。
「……誰も、来ないよ」
「……やっ、うんっ……。ぁんっ」
スカートをたくし上げ、股関節の辺りをなぞると、声が跳ね上がった。その 嬌声としか感ぜられない音色に、僕の知らない『僕』が目覚めていく。
「足、開いて」
耳元で無粋な言葉を囁き、そっと秘部に指を当てる。
ぎゅうっと目をつぶり、身体を強張らせている彼女の額にキスをし、湿ってしまったそこを擦る。ちゅ、と柔らかな肉の感触が分かる。
「はっ、……んん、あっ……やあっ」
締め付けられる、胸の奥に渦巻く『それ』。
気づきもしなかった感情に、僕自身が驚いていた。こんなことが、あるものかと。
その中心より、少し上の辺りに触れた時、彼女の身体が跳ねた。
「……い、やぁ……」
「……いや?」
くん、と揉んでやると、ああ、と仰け反る。汗と体液で濡れた布切れを腿から引き降ろし、桜色に上気した肉の襞をなぞる。腹側の盛り上がった場所。
「ああっ!……っ……んんっ!」
にちゃ、くち、と水音が聞こえる。顔をゆがめ、頬が火照っている彼女を、僕は見たことがなかった。こんなに、いやらしい彼女。
「い……ゃあ……、はうっ……!んんっ!」
くっ、くっ、と別の生き物のように蠢く。
大きな目で見つめ、子供のように無邪気に笑う、いつもの「井上織姫」という人物はいない。快楽に溺れゆく女がいる。
それが僕には鮮烈で、そして僕も、溢れ出そうになる『誰か』への感情を昇華せんとしているのだ。
僕は、傲慢な人間だと思う。「はけ口」といえばそれまでだ。
だけど、それと並行する『それ』が、どうしても分からない。
「……ごめん、僕」
荒い息遣いの彼女は、もう一度、僕の頬に触れた。それに導かれるように、もう一度口付けをする。舌を絡ませ、お互いが、お互いを貪る様に。唇が離れると、そのまま僕の首にしがみついてきた。
僕は熱を持ち続けている塊を、そおっとあてがう。
しがみついたままでは、どうしても入れることは出来ないのだが、「離れて」と言えなかった。……嬉しかったから。
「いっ……痛っ、ううんっ」
僕の背に爪を立て、彼女は呻いていた。
「ごめっ、……僕」
「ああああっ」
入った瞬間、全部が消えた。
「くっ、……うっ……」
「ああっ、はうっ、……あっ、あっあっ」
……くそ、もう……。
「ああっ、ぁはっ……んんんっいやっ、ああっ」
「……好きだ、ううっ」
どくん、どくん……、自分の身体が脈打ち、少しだけ震えが走った。
二人とも息をするだけで、声を出せないでいた。
織姫さんが、僕の汗ばんだ髪を梳く。それが、とても心地よかった。だけど……。
「ごめん、……僕は」
「……大丈夫」
そっと囁いた。そして、何がだろうね、と笑った。
僕は、ふっと笑っていた。
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