. . . N o v e l s. . .

   Jet'aime☆Jet'aime
「頼みましたよ、トノサマ」
「ぶにゃ〜ん」
トノサマの返事に笑顔で頭を撫でる七条。
そのまま木上の人を眺め、笑みを浮かべる。
「トノサマも大好きでしょう?あの人のこと…」
「ぶにゃあ〜」
悪魔の笑顔で微笑む男と手を結んだ猫。
暢気に昼寝を楽しむ丹羽はその思惑に気づく様子もなかった。
(今です)
声には出さない視線の合図でトノサマが木の上に飛び上がる。
まるで忍者のような華麗な動きで丹羽のところまで辿り着いたトノサマは、しっかりと丹羽の上に乗り一声鳴いた。
「ぶにゃ〜お…ごろごろ…」
すりすりと丹羽に擦り寄るトノサマは幸せそうに喉を鳴らす。
丹羽もさすがに違和感に気がついたようだ。
「…ぅ…んん…。
 …何だ………う、うわー!」
叫び声を上げながら落下する丹羽。
地上に落ちてなお丹羽の上で気持ちよさそうにしているトノサマ。
一方の丹羽はピクリとも動かない。
落ちたショックで気を失ったわけではなく、猫によるショックで気を失ったらしい。
このくらいの高さからならば、命に別状は無いはずであるし、常人より丈夫な丹羽のことだから問題ないだろう。
「トノサマ、ありがとう。もういいですよ」
「ぶにゃ〜ん」
いつもは邪険にされている丹羽に懐きたいだけ懐いたトノサマは、ひらりと丹羽から降りその場を後にした。
「ホント、お利口さんですね」
トノサマを見送った七条はまだ意識の戻らない丹羽を見やる。
学園の王様と呼ばれる彼はしどけない表情をさらして、自分の届く場所に倒れている。
自ら作り出したとは言え、この機会を逃すつもりはない。
「邪魔者が現れないうちに、いただいてしまいましょうか」
それは今この場にいない邪魔者に対しての宣戦布告だった。
七条の手によってすっかり剥かれた丹羽の意識はまだ戻らない。
しかし、触れる手のひとつひとつに返される反応は愛されることに慣れた人間のものだ。
「散々あの人が可愛がってるってわけですか?」
笑顔の下で七条の瞳が怪しく光った。
「あの人の痕なんて、僕が消してあげますよ…」
丹羽を手を出そうと思ったのは、中嶋への対抗心では決してない。
純粋な恋心である。
王様と呼ばれる彼はその名の通り、獅子を思わせる風貌を持っていてガキ大将のような人間だった。
太陽のような彼の笑顔に惹かれたのは必然だったとか思えなかった。
しかし、丹羽には既にその片腕とも言われる中嶋がいた。
一方の七条は未だスタートラインにすら立っていない。
今、この瞬間から始めるつもりだった。


丹羽の胸にしなやかな七条の指がそのラインを辿るように這っていく。
「………ん、……ヒ、デ」
掠れた声が中嶋の名前を呼ぶ。
当然と言ったら当然なのかもしれないが、それは七条にとって芳しくない。
いつもよりもほんの少しだけ強い口調で訂正した。
「違いますよ、丹羽会長」
まだ寝ぼけているような丹羽の瞳をじっと覗き込む。
丹羽の黒目に七条だけが映っていた。
−−今、貴方を見てるのは僕だけですよ。
「……七条?あれ…俺なんで…」
「トノサマに驚いて木から落ちたんですよ」
「あーそっかー。…って何だよ、これ!」
意識を飛ばしていたにしては、それなりに早い状況判断だ。
自分を拘束するモノに気がついたらしい。
「逃げられては困るので縛ってみました」
「……はぁ?」
「さすがに丹羽会長の力を正攻法で封じ込めませんからね。
 申し訳ありません」
「な、なんのために……」
「ふふふ…わかっているのでしょう?」
七条の笑顔の奥で瞳が怪しく光る。
丹羽ならば、縛られた時点で何故かわかっているはず。
あの男ならそのくらいは教え込んでいるだろう。
今から七条が何をしたいかを理解できるくらいの知識は。
当然ピュアな丹羽を手にしたいと思ってはいるが、それが叶わないならば利用しない手はない。
「抵抗はしないでください。
 僕は貴方を傷つけたくありませんから」
反抗的な瞳を覗き込みながら、七条は丹羽の唇に自分のそれを軽く重ねた。

軽い余韻を残して、静かに離れる唇。
七条は開かれたままの丹羽の瞳が変わったことに気付いた。
「抵抗しないんですか?」
「抵抗したってヤんだろ?」
「それは抵抗の対策として、こうしてるわけですから」
当然ながらやめるつもりは無いし、今更開放するつもりもない。
七条の指先が野生の獣を拘束する紐をそっと撫でる。
肌に触れるか触れないかの瀬戸際の感覚が丹羽の情欲を揺り起こす。
「…だったら、せめて気持ちよくしろよな」
高圧的な言葉に見え隠れする若干の見栄と虚勢。
ほんのりと染まる頬と目元の赤さを七条は見逃さない。
あまりにも可愛らしいその態度に七条は小さな悪戯を仕掛けた。
「こんなにすんなりお許しをいただけるとは思いませんでした。
 中嶋さんには内緒の方がいいですよね?」
案の定、中嶋の名前を出された丹羽が少し反応する。
「あーヒデか…黙ってた方がいいよなぁ…」
「お仕置きは怖いですか?」
「ん、まあな…」
口を濁す丹羽に七条は笑顔を絶やさぬまま、追い討ちをかけた。
「あの人のことですから、えげつないことをされるのでしょう?」
「えげつないって…そりゃ、あんまりにも…」
中嶋を庇おうとする言葉を七条は簡単に遮る。
「ふふ、事実ですから」
「し、知ってんのか!?」
「それはナイショです」
慌てふためく丹羽の腹に跨った七条は指を一本立て、楽しそうに笑う。
うろたえる丹羽には、その背中に黒い翼が確かに見えた。
「郁ちゃんには、言うなよ…」
「誰にも言いませんよ」
ノートパソコンに保存してある画像を西園寺と共に見たことを隠し、七条は唇で丹羽の首に軽く触れた。
「ん……ふっ」
小さい喘ぎが丹羽から漏れる。
どこもかしこも開発され切った体。
七条は耳に舌を這わせながらそっと囁いた。
「僕を感じていてくださいね。
 愛してますから…」
「えっ……七条?」
丹羽の瞳が丸く開かれる。
「愛してますよ、丹羽会長」
「ちょ、ちょっと待て、お前それ…」
「愛してるから、貴方とこういうことをしたいに決まっているでしょう?
 気が付かなかったんですか?」
「………だってお前、郁ちゃんが好きなんだろ?」
「郁は僕の唯一無二の友人です。
 僕は好きでも無い相手とはこういうことをしたいとも思いませんよ。
 あの人とは違います」
断言した七条の目は笑っていなかった。
「結構、お前って熱い男だったんだな」
「そうですよ。
 これから色々知ってください、僕のことを」
再びにっこりと微笑んだ七条に丹羽もつられて笑ってしまった。
笑ったままの唇が丹羽の唇を捕らえる。
閉じた丹羽の唇をノックするかのような七条の舌の動きに、丹羽は抵抗することも無く少し口を開く。
ゆっくりと入り込む七条の舌が丹羽を思うままに蹂躙する。
まるで全てを奪いとろうとするような七条に丹羽はただ翻弄された。



気だるい雰囲気の中、丹羽が七条の名前を呼ぶ。
肌蹴たシャツを羽織っただけの丹羽はほとんど体を動かさない。
事後の処理を手早く済ませた七条は笑みを浮かべる。
「七条…悪いな…」
「気になさらないでください。
 それよりも臣と呼んでいただけませんか?」
「ん……臣…」
甘い空気が二人を包む。
七条が丹羽に唇を寄せようとしたその瞬間、一番聞きたくない人間の言葉が浴びせられた。

「会計部の犬は、泥棒猫も兼ねていたようだな」

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