. . . N o v e l s. . . |
天国までもう少し |
暖かくて、くすぐったくて、優しく包まれているのが心地好い。 まるでゆりかごに揺られる子供のよう。 その心地好さが、このまま眠っていたい気にさせる。 「そろそろ起きらどうだ?」 優しげで少し低い男の声。 聞いたことがあるような、聞いたことがないような… 眠りを必要とする頭は思い出すということを拒否している。 …知ってようが知らなかろうがどうでもいい。 ただ、このまま寝ていたい。 「……いや…です…」 「なら、まだ寝ていろ」 誰かが起き上がろうとする気配。 嫌だ。この心地好さを手放したくない。 ギュッとしがみ付くと軽く笑われたような気がした。 「いっちゃいや、です…」 「………わかった、ここにいる」 少しの沈黙の後、返事と共に頭を撫でられる。 こんな風に頭を撫でられたことが今まであっただろうか。 その行為はこんなに安心をくれるものだったんだろうか。 ふわふわとした気持ちのまま、僕は再び眠りについた。 -------- 目が覚めて、ギョッとした。 一人で寝ているはずのベッドに人がいて、 ましてそれがあの中嶋だということに混乱する。 「起きたか」 さもそれが当然だというような、そんな口ぶり。 僕はわざとらしいまでの笑顔でそれには答えず、自分の疑問を口にする。 「……何で貴方がここにいるんです? ここは僕の部屋のはずですが?」 「お前が放さなかったから、戻れなかっただけだ」 僕が…放さなかった?この人を? 夢だと思っていたことは……現実。 僕がしがみついていたのは、この人? あの心地良さを思い出し『そんなはずはない』と自分に言い聞かせる。 違う、違う。あれがこの人のはずがない。 この人は僕をあんなに優しく抱いたりなんてしない。 体に残る初めて抱かれたときの記憶。 この人はただ僕を屈服させるために陵辱した。 それからも、繰り返されるあの行為。 愛なんて感じたこともない。それはただの屈辱を生む行為。 それに…僕には愛されるなんて必要ない。 郁の側にいられれば、いいのだ。 この人からの愛なんて欲しくもない。 「しがみついてきたし、『行くな』とも言われたな」 「覚えがありません」 「ふん、そうか」 口の端を上げて中嶋がシニカルな笑顔を見せる。 「僕はこれから授業です。 出て行ってください」 「臣、今夜も待っていろ」 「……」 返事なんてしなくても中嶋はきっと来るのだろう。 黙ったままの僕をチラリと眺めると、 置いてあったジャケットを取り、そのまま中嶋は部屋を後にした。 一人部屋に残されて、体が細かく震え始めた。 自分で自分を抱きしめるように両腕でしっかり抑える。 あの人が怖いわけじゃない。 怖いのは心地良いと感じてしまった自分の心。 そして、いつか中嶋の愛を欲してしまうかもしれない自分自身。 「僕は……大丈夫…です」 自分に言い聞かせるように呟いて、僕はバスルームのドアを開けた。 |
<< Back |