. . . N o v e l s. . .

   つばさ
朝起きて自分の隣にいる存在に安堵する。


どうやら彼はまだ眠っているらしい。
自分に寄り添って眠る姿が愛しい。
朝起きて、彼が一番初めに見るのが自分だというのは何とも言えない喜びを覚える。
彼にとって唯一無二の存在であるかのように思えるからだ。


『おはよう』
ぱちっと目を開けた彼が笑顔でいう。
今日の目覚めはいいようだ。
「よく眠れたか?」
『うん。みつるぎはよくねむれた?』
「うむ。いつもより私も深く寝た気がする」
『そっか、よかった』
彼は心の底から嬉しそうに笑う。
きっと、表情を隠すことなど知らないのだろう。
表情を隠すように生きてきた自分とは正反対だ。
そんな彼だからこそ、自分は惹かれたのであろう。
『…おなかすいた』
そんな時、彼からの催促が入る。
「ああ・・朝食にしよう」
『いっしょにつくろう』
「わかった」

着替えを済ませ、キッチンに向かう。
包丁の小気味いい音や、熱したフライパンの上に落とした卵の焼ける音が、
静かな空間に響いている。
しかし、彼の声がそれらの音を掻き消した。
『あちっ』
「だ・・大丈夫か!」
どうやらフライパンに触れてしまったらしい。
彼の指が赤くなっている。
すぐに水で冷やせば、大丈夫だろう。
付いていた火をとりあえず消し、シンクの水を流しっぱなしにして彼の指を浸す。
「もう、痛くないか?」
『すこしいたいけどだいじょうぶだ』
冬の水は冷たいので、火傷には効果的だった。
しかし、一応処置はしておくべきだろう。
「薬を取ってくる」
『へいきだよ』
「これからひどくなるかもしれない」
自分でも過保護だと思ったが、万が一ということもある。
常備してある薬箱の中から火傷に効く薬とバンドエイドを取り出すと、キッチンへと急ぐ。
さっきと同じ状態で待っている彼の指を掴むと薬を塗り、バンドエイドを貼り付けた。
「これで大丈夫だろう」
『みつるぎはしんぱいしょうだな』
「お前に対してだけな…手冷えてしまったな…」
火傷には効果的な水は彼の指のぬくもりまで奪ってしまっている。
そっと手を握り込み自分の体温を移す。
自分の手が冷たくなるが、それは彼の手が暖かくなった証拠だ。
『ありがとう、もうだいじょうぶだよ。
 さぁ、あさごはんのつづきつくろう』
ゆっくりと手を離し、はんなりと笑う彼。
「そうだな、腹が減ってるんだったな」
笑い返し、再び朝食の準備を始めた。









『ピンポーン』
急にドアホンが鳴る。
こんな時間に誰だろう・・。
妙な胸騒ぎがしたが、出ないわけにはいかないのでインターホンを取った。
「はい、みつるぎですが・・?」
「あっ 御剣検事? 真宵です」
出たのは彼の事務所の助手の真宵だった。
「真宵君か…今、開ける少し待っていてくれ」
すぐにオートロックを解除する。
しばらくすると真宵が息を切らして走り込んできた。
「み・・御剣検事…!」
「どうかしたのか?」
真宵は不思議そうな顔をしてこっちを見ている。
「えっ・・いやイトノコさんが、
 御剣検事が仕事をずっと休んでるっていうから心配で確かめに来たんだけど・・」
「糸鋸刑事が…ふむ…。
 私はてっきり成歩堂に用があったのかと思ったが…」
「えっ!!!」
不思議そうな顔が今度は一気に青くなった。
「成歩堂がいるのがおかしいのか?
 何なら呼んでくるが…・」
「待って!御剣検事。よく聞いて。
 なるほどくんはね交通事故で死んじゃったんだよ…・」
「はっ? そんなわけないだろう?
 成歩堂はずっと私と一緒にいる」
朝から彼女は夢を見ているのだろう。
急にそんなわけのわからないことを言わないで欲しい。
「なるほどくんは…もういないんだよ?
 先週一緒にお葬式いったでしょ?」
「先週? そんな記憶はない」
当たり前だ。先週も今週も成歩堂はずっと一緒にいる。
来週も再来週も永遠に自分と一緒にいるのだ。
「しっかりしてよ…
 もうなるほどくんはこの世には存在してないんだってば」
何故だろう…心が悲鳴をあげている気がする・・。
「申し訳ないが…帰ってくれないか」
彼女をここにいさせてはいけない。
体の一部がそう叫んでるようだった。
「御剣検事…・」
「話なら今度ゆっくり聞く…だから…」
不思議なことに今度は目から涙が流れてきた。
特に悲しいことなどないはずなのに…。
泣く理由などないはずなにの…。
「わかった。帰るね」
「すまない」
「またね…」
帰る姿も確認しないまま、鍵を閉める。
とにかく、彼と話がしたかった。
いや、彼の存在を確認したかった。


「成歩堂!」
叫んびながら彼がいるはずのキッチンの扉を開ける。
…が、彼はそこにはいない。
きっと、他の場所にいるに違いない…。
バスルーム・寝室・リビング・トイレ・書斎…全ての部屋を覗いたがやはり彼の姿はなかった。
「どこに隠れているんだ?」
ここにいるはずだ。絶対に今日の朝だってちゃんと確認している。
自分を落ち着かせようと思えば思うほど気持ちが焦ってくる。
「早く出てきてくれ。成歩堂!!」
早く返事を聞かないと自分が壊れてしまいそうだった。


『ここだよ…』
「成歩堂!!」
がっくりと崩れ落ちた体に彼の声が響いた。
やっぱりいるじゃないか…。
「成歩堂。いるんだったら早く声をかけてくれ…」
しかし、振り向いても彼の姿は見えない。
『みつるぎ…よくきいてほしい。
 ぼくはまよいちゃんがいったとおり
 もうこのよにはいないんだ』
「そんなことは信じられない。証拠をみせてくれ!」
『しょうこなら…きみがみてるとおりだろ?
 ぼくにはもうすがたがない』
「しかし、声は聞こえるではないか!」
『きみにもわかっているんだろ?
 ぼくがもういないこと…」
(もうやめろ)そう言いたかったが何故か声が出ない。
『さいごにこれだけいいかったんだ。
 あいしてるよ。みつるぎ』
目から涙が止まらない。
今までに聞いたどんな言葉よりも重い『愛してる』の言葉だった。
「最後だなんて言うな…これからもずっと一緒にと約束したじゃないか」
『これからもずっとみてる。きみのこと。
 だから…さよなら…』
声がどんどん遠くなる。
ここで納得したら本当に彼はいなくなってしまう。
そう思った瞬間、笑った成歩堂の顔を見た。
そして、全てを納得した。
彼はずっと見ててくれるのだろう…。
これからも一緒にいてくれるのだろう。
その背に白い翼を生やしたままで…。

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