. . . N o v e l s. . . |
誘拐前日 |
今日は金曜日。時間は昼下がり。 いつもの成歩堂法律事務所。 しかし、いつもと違う人物がいた。 「あれ!?御剣じゃないか??」 ソファーでうとうとしていた成歩堂がすっとんきょうな声をあげる。 「いや…たまたま仕事が早く終わってな…」 本当は無理やり休みを取ったのだがそんなことはカッコ悪くて言えない。 「一緒に食事でもどうかと思って来たのだが、仕事は忙しいのか?」 ソファーで仮眠を取るくらい昼も夜も忙しいのだろうか。 少しの不安を抱えながら尋ねる。 「いや…その…むしろ逆かな」 頭をかきながら成歩堂は答えた。 「逆と言うのは…暇ということだな」 間違っているはずはないが、あえてもう一度確認する。 天才検事も恋人の前では弱気になるのだ。 …決して本人にその素振りは見せないが。 「…そうだよ」 ずばり言われて気分を害したのか、少し不機嫌そうになる。 「やっぱり、ひよっこだからね。まだまだ依頼も少ないんだよ おかげで家は引き払ってここに住む羽目に…」 「それでも、お前はここを守りたいんだろ?」 師匠のために…。 「ふっ…まあいい 今日はおごってやろう」 言いかけた言葉をしまってその話を終わらすために別の話にすりかえる。 まだ、記憶にも新しい。成歩堂の師匠のことはそっとしておいた方がいいだろう。 「本当か!?」 おごると言った途端、成歩堂の目がきらきらと輝く。 「ああ…何でもいいぞ。早く支度をしろ」 「ちょっ…ちょっと待て。事務所閉めちゃうから」 明日は土日だ、もう今日は開けないつもりなのだろう。 「わかった。外で待ってるぞ。」 「ごめんごめん」 10分ほど待った頃、慌てて成歩堂が外へでてきた。 「ちょっと資料が雪崩を起こしちゃって…」 「相変わらず整頓が下手なようだな」 あまり記憶にはないが、小学生の頃も整理整頓は得意な方ではなかったように思う。 「うわっ!!」 かなり慌てていた成歩堂は事務所の出口のとこで思いっきりつまづきそうになる。 『危ない!!』と思ったときにはすでに体が動いていた。 つまづいた成歩堂は自分の胸の中へと移動していた。 「危ないところだったな、大丈夫か?」 しっかりと成歩堂を抱きかかえたまま尋ねる。 「ああ…もう大丈夫だから…」 「ん…すまない」 人前でくっつくのを極端に嫌う成歩堂だから、こんな姿もさらしたくないのであろう。 抱いていた手をどかし、きちんと一人で立っているのを見届けてから少し離れる。 「あっ…御剣が悪いわけじゃないし…っとそうじゃなくて…ありがとう」 「急ぐのはいいがそんなに慌てるな…心臓がいくつあっても足りんぞ」 照れながら礼を言う成歩堂にもう気にするなの意味をこめて少し皮肉を言う。 「わかってるよ。ごめん」 何に対してのごめんなのかいまいちわからなかったが、気持ちは落ち着いたらしい。 「車を出そう。どこがいいんだ?」 「えっと……そうだなぁ…」 成歩堂は本気で悩んでいるらしい。 そんな姿もかわいいなんて思ってしまう。 自分でもおかしいとは思うがもう止まらない。 「とりあえず…おいしいものならなんでもいいや」 「わかった。ではまかせてもらおう」 二人でいれることに最高の幸せを感じつつ車を走らせた。 「ここでいいか?」 車を停めたのは馴染みの料亭の前だ。 ここは昔から贔屓にしているため少々の無理は聞く。 「どうした。中に入らないのか?」 店の前で固まってる成歩堂に声をかけてやる。 ほっておいたら、中には入らないだろう。 「高そうだけど…いいのか?」 奢ってやるといったのを気にしているらしい。 そんなことは気にしなくてもいいのに。 「ココは馴染みの店で値段もそんなに高くない。 そんなに固くならなくでも大丈夫だ」 「そ…そうか」 まだ、納得はしていないらしいが一応了解はしたらしい。 成歩堂を伴うと暖簾をくぐった。 「いらっしゃい。…おや御剣くんじゃないか」 「おひさしぶりです」 気さくに話し掛けてきてくれるのはこの店の店主。 誰にでも好かれるタイプだか少し頑固な料理人といったところである。 「いやいや、本当に久々だねぇ。元気だったかい?」 「おかげさまで。ご主人もお変わりないようで安心しました」 「そっちは…お友達かい?」 「ええ…友人の成歩堂です」 「成歩堂。こちらはここの店のご主人だ」 実はあまり他人に成歩堂を紹介したくないのだが、この店には今後も来ることがあろうと思われる。 紹介しておいて損はないだろう。 「はじめまして。成歩堂です」 「これはご丁寧にどうも。ゆっくり楽しんでいってください」 さっきまでは緊張していたようだが、気さくな感じで安心したのだろう。 成歩堂は極々普通に挨拶をしている。 「で、御剣くん。席はどうするかい?」 「奥空いてますか?」 奥と言うのはこの店の座敷席のことである。 完全に個室になっていて、人の目を気にせずに静かに食事をとることができるこの場所がかなり気に入っていた。 「空いてるよー。どうぞー」 奥に通されると、成歩堂が感嘆の声をあげた。 「うわーりっぱな部屋だなぁー」 広さは8畳ほどでそんなに広くはないが、二人ならば十分だ。 中の装飾も趣味のいい落ち着いたもので統一されていて、障子を開けると見える外の景色も見事なものだ。 「料理はいかがなさいますか?」 「主人にまかせる。飲み物も合うものを適当に…」 「かしこまりました」 部屋に案内してくれた仲居に注文をする。 とりあえず料理はまかせてしまって問題がないのは実証済みである。 「で…最近どうなんだ?」 あまり自分から話を振るのは得意ではない。 が、食事に誘ったのは自分なのだから…と思い話を振ってみた。 「さっきも言ったけど…暇…だね。 僕みたいなひよっこの弁護士やっぱり頼りないのかな」 笑いながら頭をかいてはいるが、その瞳は少し悲しそうに見える。 「…そんなことはないと思う…」 「えっ?何で?」 「ひよっこでまだまだ経験が浅いというのはわかるが、 頼りないというのは違うと思う。 現に…君は…頼りがいがあった…」 例の事件の時、成歩堂に助けられた。 成歩堂のおかげで全てのものから解き放たれたのだった。 「御剣…」 照れくさくて成歩堂の顔を見るのもつらいがこれだけは言っておきたい。 「少なくても私は君のことを頼りになる人物だと思っている。 だから、君は自分の信じるようにやってみていいと思うぞ。 あくまでも、私の意見だがな」 「あ…ありがとう。僕も御剣のこと頼りにしてるよ。 何か頼ってばっかりって感じなのかと思ってたけど そう思ってくれててうれしいよ」 大人の男が二人して顔を赤くしている。 はたから見れば相当不思議な光景だったと思うがそんなこと気にしてられないくらい幸せだった。 「あはは…なんか妙にしんみりしちゃったな。 さて、今日は御剣の奢りだから気がすむまで食べさせてもらうよ」 「ああ 好きなだけ食べていい」 しばらくすると大量の料理と日本酒が運ばれて来た。 うまい料理に成歩堂も満足してるようだ。 暖かい部屋で冷たい冷酒を飲むのは気持ちいいものなのだが 今日は車で来てるため、少しだけでやめておく。 代わりに成歩堂に勧めることにした。 「これは私の一番好きな酒だ。飲んでみるといい」 「うん…」 キュッと飲んだ成歩堂の顔が笑顔になる。 「うまい! すごい飲みやすいなこれ」 「だろう。私の分まで飲んでいけ」 「いいのか?」 「遠慮はするなといったろ。ほら飲め」 成歩堂があまりにも嬉しそうな顔をしていたので、思わずどんどんついでしまったが どうやら成歩堂はそんなに酒に強くなかったらしい。 私だったら一人で一升くらい軽く開けてしまうのだが、やっと一升開けたとこで撃沈してしまった。 「大丈夫か…成歩堂」 「らいじょーぶ。らいじょーぶ」 全然大丈夫そうに見えない…。 口調は舌足らずだし足元はおぼつかない。 とりあえず会計を済ませ、肩を貸してむりやり車まで連れてきた。 こんな成歩堂を一人で事務所には置いていけない。 「みちゅるぎぃ?」 考え込んでいたのを不思議に思ったのだろう。 成歩堂が舌足らずな口調で聞いてくる。 「今日はこのままうちに行くぞ」 「……」 返事がないのは異議なしの証拠。持論を思い浮かべ酔っ払いを連れて家へと帰途についた。 車を駐車場に停め、後ろを振り返る。 後部座席にはべろべろに酔っている成歩堂の姿。 一人で歩けないことは容易にわかる。 「降りるぞ」 一応声をかけて、車から引っ張り出す。 ほとんど力のない体を引きずるようにして部屋へと運んだ。 本当だったら抱き上げて運んでみたい所ではあるが、 しっかりとした男性の体躯を持っている成歩堂の体では少々難しかった。 部屋にはいり落ち着く暇もなく、成歩堂をベットに寝かす。 どうやら、御剣に引きづられてる間も寝ていたらしい。 いつものスーツ姿のままでは寝苦しいだろう。 そう思い、ジャケットを脱がせネクタイを解こうとした、その瞬間成歩堂の目が開いた。 開いたといってもぱっちりと…ではなく。うっすらと、と言った感じだ。 「起きたのか?」 「う…ん」 さっきよりも酔いは覚めてはいるようだがいつもとはだいぶ違う。 まだまだ、酔いの覚めていない様子である。 「みつるぎぃ…のどかわいた…」 「ちょっとまて、今持ってきてやる」 すぐさまキッチンに行き、ミネラルウォーターを持ってくる。 「一人で飲めるか?」 「だいじょーぶー」 妙に間延びした返事に一抹の不安を覚えたが、 本人が大丈夫と言うのだから大丈夫なんだろう。 体を起こしてやり、ミネラルウォーターを渡した。 が…やはり酔っ払いの言うことは信じてはいけなかったらしい。 成歩堂は見事に自分の着ていた服にこぼしてしまった。 「つめたい…」 「早く脱げ!」 幸いなことにベッドは濡れていないが成歩堂の服はびっしょりと濡れている。 「みつるぎぃ…ぬがせてー」 普段は絶対にそんなことを言わない。 酔いのせいだとはわかっているが…。 素直に甘えてくる成歩堂は恐ろしいほど可愛かった。 同じ年の男だとは思えないくらい可愛かった。 もしかしたら今までも酔ったらこうなっていたのだろうか。 本人は御剣が初めてだと言っていたが、酔うとこうなるのでは実際襲われていてもわかりそうもない。 どろどろとした嫉妬の波に飲み込まれそうになったが、このままでは風邪をひかせてしまう。 とりあえず濡れた服を脱がせ、布団にくるんだ。 「今、何か着るものを…」 「やだー。ここにいろよぉ」 服を取りに成歩堂から離れようとした瞬間抱きつかれた。 …まさかこれは誘っているのか、成歩堂。 しかし、酔っ払いを襲う趣味はない。 「このままでは風邪をひく。な、成歩堂」 「みつるぎとくっついてればあったかい」 なんとか服を着せようとしたがあっさりと断られてしまった。 これは…もう…我慢できそうにない。 「いいんだな?」 「いいよ」 酔ってるとは思えないようなしっかりとした返事だったように思えたが、 もう自分を止めることはできなかった。 ******* そして、次の日。 まだ成歩堂は起きてこない。 起きてきたら聞いてみるつもりだ。 今まで他人の前で泥酔したことがあるかを。 |
<< Back |