. . . N o v e l s. . .

   誘拐
『ナ…ナルホド君が!!』

慌てて飛び込んできたその影をみて驚いた。
「君は…真宵君か?」
風変わりな衣装は確かにいつも成歩堂の隣にいる真宵の姿だった。
しかし、真宵がここに来るのは珍しい。
というよりむしろ初めてだったはず。
「成歩堂に聞いてここに?」
「うん。ナルホド君から何かあったらここに…ってメモを預かってたんです」
自分は彼に信頼されているということなんだろう。
けして顔には出さないが喜びをそっとかみしめる。

…………ん?

「そういえば、真宵君。成歩堂がどうかしたのか?」
「あーーーーーー。忘れてたよ。あのね 落ちついて聞いてね」
『落ち着くのは君では…』と思いつつもきちんと頷く。
「了解した」
「あのね ナルホド君がね 誘拐されちゃったんだよ!!」
「…………」
「あのーミツルギ検事?」
不審そうな真宵に覗き込まれる。
「いや…とりあえず 順をおって話してもらってもいいかな?」
「たまには遊びにと思って昨日事務所に行ったんだけどね
 事務所にいなくてね、今日も戻ってこなくて…
 今まで そんなことなかったのに!!」
「…それで誘拐だと?」
「うん!」
「泊まりで出かけた…とかはないのか?」
「わかんないけどナルホド君のことだから事件に巻き込まれてそう…」
あまりにも単純な理由にちょっとめまいすらする。
この子にいつも付き合わされる成歩堂も苦労するな…。
「わかった…とりあえず探してみよう。」
反論はやまほどあるがこういうときは何も言わないのが一番。
こんなことも昔の自分では考えられないことだったが…。
「おおー ありがとうミツルギ検事。
 やっぱりナルホド君が頼れっていうだけのことはあるね」
「それじゃ 何かわかったら連絡する」
「真宵君は…事務所で待っていたまえ」
「はい。よろしくお願いします」
「…誘拐とまだ決まったわけではないしな」
「えっ?」
「証拠がない…だろう。だからそんなに心配しないでいいと思う」
「わかりましたー」
大きな動作で思いっきりお辞儀をして真宵はあっという間に帰っていった。
心配するな…か。
これも多分昔の自分だったら言うことはなかっただろう。
変わって行く自分を感じながら御剣は奥の部屋に入っていった。


「とりあえず 起こしておくか…」
誰にも聞こえないような声で小さく呟く。
いつも自分が睡眠を取るベッド。
しかし、今日はいつもとは違う人物がそこで寝ていた。

「成歩堂…そろそろ起きれるか?」
「ん…ん…」
まだ眠いのか、少し寝返りをうっただけで起きる気配はない。
自分でもまさかこんな彼の姿を見ることになるとは思わなかった。
素直でまっすぐな彼の良き友になりたい。とは思っていたが、
いつの頃からだろう、誰にも渡したくない。もっと近くにいたいと思い始めたのは…。
何分くらい見つめていたんだろうか。
ふと彼が『ミツルギ…』自分の名前を呼んだ。
起きたのか…そう思ったがどうやら違うらしい。
まだ目は開いてない。
「やだよ…やめて…」
どうやらまだ夢の中でその上、自分に襲われているらしい。
嫌とはいいつつも艶っぽく色づいた頬。
きっと目が開いていれば、その目は潤んでいることだろう。
どうやら夢の中でも感じてしまっているらしい。

昨日、あれだけのことをやったのに…。
夢に見るなんてまだ足りないのか?
成歩堂が起きていたら『そんなはずないだろ!!」と
思いっきり突っ込まれそうなことを考えつつ。
御剣は本格的に彼を起こすことにした。
『私はこのまま見ていてもいいのだが…
 早く起こさないと彼の機嫌が悪くなりそうだ…』

「成歩堂…そろそろ起きろ…」
小さな声で声をかけて、起きないことを確認する。
ここで起きられたら楽しみがなくなってしまう。
「お姫様は…確か王子様のキスで起きるんだったな…」
呟きは寝ている成歩堂には届かない。
御剣の顔にいつもの笑顔が浮かぶ。
「起きないんだったら、実力行使に出させていただこう」
まだ、頬の赤い成歩堂の顔をじっと眺める。
ずっとほしかった存在、誰よりも一緒にいたいと願っていた。
その彼は今自分のすぐそばにいる。
いや、もう手を伸ばせば触れることができるのだ。
ゆっくりと手を伸ばすと、そっと頬を触る。
すべすべとした感触がゆっくりと手に馴染む。
いつまででも撫でていたいとも思うがとりあえず彼を起こさなくてはならない。
寝ている成歩堂にすっと身をかがめて顔を近づける。
そのまま顎を優しく上げ、うっすらと開いている唇にそっと口づけた。
最初はただ触れるだけだったが成歩堂はどうやら起きないらしい。
起こすためなのでな…悪く思うなよと心の中で微妙に詫びながら今度は深く口づけた。
開き気味になっていた唇の更に奥、歯列を割って舌までも蹂躙する。
上顎を少し舐めると体がびくっと動いた。
ココはいつも感じているんだったな。
寝ているときでさえ自分の行動で感じている成歩堂を見ているのはやはり嬉しい。
成歩堂の舌を自分の舌で絡め取り舌の感触を楽しもうとしたその時。
「う? み…みつるぎぃ??」
ようやく目が覚めた成歩堂が現在の状況に気づいた。
「やっと起きたか…なかなか人間とは目の覚めないものだな、ここまでやって…」
「わーわーわー!! そ…それ以上は言わなくていい!」
成歩堂は何をされていたのか聞きたくはないのだろう。
照れてオーバーリアクション気味になってしまうもの御剣からすればかわいい反応だった。
いや、ここで成歩堂に見惚れている場合じゃないな…。
にやけそうになるのを必死に抑えながら、成歩堂に例の話をする。
「ええっ!!僕が誘拐されたって!?」
「昨日から事務所にいなかったから真宵君はそう思ったらしいぞ」
「でも事務所にいないから誘拐って…」
「彼女のそういうところは君もよく知ってるだろう」
「そうだね…」
がっくりと肩を落とす成歩堂。
今はほとんど真宵の保護者感覚なのだろう。
「で…なんて言ったんだ真宵ちゃんに?」
「と、いうと?」
「だから僕が事務所にいなかったのはここに昨日からいたわけであって…
 その理由を教えたのかな…って…」
成歩堂は赤くなりながら言いにくそうに言った。
「ただいただけではないがな」
そういうリアクションを返されると少しいじめたくなる。
「う…」
より一層赤くなった顔を見ながら御剣は話を続けた。
「彼女には何も言ってない。
 ただ『探しておく』『見つかったら連絡するだけだ』」
とりあえずいじめすぎるのはかわいそうなので少し安心させてやる。
「そっかぁ…」
あからさまに安心したようすでため息をつく。
「やはり誰かに知られるのはいやなんだろう?」
 私は…誰に知られてもかまわないんだがな…」
少し自嘲気味になってしまったセリフ。
成歩堂は驚いてこっちを見ている。
それが少し恥ずかしくて話を軌道修正した。
「で、彼女にはなんて説明すればいいんだ?
 それとも自分で説明するのか?」
「えっ…えっと…」
突っ込みは得意な成歩堂だが言い訳はあまりうまくない。
「そうだな…財布を落として帰れなかったというのはどうだろう?」
「そっ…そんな言い訳恥ずかしすぎるよ…」
「しかし、他に何か思いつくのか?」
「……思いつきません」
どうやら観念したらしい、本当のことを知られるよりもましといったところか。
「では『君は少しでかけたものの、途中で財布を落として帰れなくなった。
 で歩いて私の家まで来て、今は疲れて寝ている』というのでいいな」
「あんまりにもまぬけじゃないか…」
「しかたないだろう?それとも自分で話をするか?
 まぁ…君が話をしたらばれるのは時間の問題だろうがな」
「…」
無言の返事は異議なしだ。
「では、連絡してこよう」
事務所で心配しているであろう真宵君に連絡を取るために御剣は寝室からリビングへと移動した。

「…というわけなので、今日は成歩堂を預かることにするから」
「では…失礼する」
あの作り話を真宵は納得したらしい。
手短に話を進め、御剣はまた寝室に戻った。

「真宵ちゃん…なんか言ってた?」
「いや…『しょうがないなぁナルホド君はー』とだけ言っていた」
「そっか…んじゃ帰ろうかな」
帰り支度をはじめようとする成歩堂に一言だけ告げる。
「真宵君も帰るそうだ」
「えっ、そうなのか?」
「ああ、疲れて寝てると言ったら、『あたしも帰ります』と言っていた」
「そうか…」
「というわけで財布でも買いに行こうか?」
「えっ なんで??」
はてな顔をした成歩堂に説明する。
「君は財布を落としたんだろう?なのに前の財布があるのはおかしいじゃないか」
「あっ…そういえば…」
「やっかいな証拠は隠してしまうに限る」
「み…御剣…」
少し慌てたようすの成歩堂に言ってやる。
「安心しろこれは裁判のための証拠ではないからな。
 さあ行くぞ、早く支度をしろ」


「あっ…御剣…」
「なんだ?」
支度をする成歩堂がその手をやめて御剣を呼んだ。
「あのさ…さっきのことなんだけど…」
「さっきのこととは?」
さて、成歩堂がそんなに気にするのは何のことだろう…。
「あの…誰に知られてもかまわないってやつ…」
ああ…あれか…。まだ気にしてたのか…。
「すまない。あれは失言だった忘れてしまってかまわない」
「えっと…そうじゃなくて、僕は…確かに誰かに知られるのはいやなんだけど…さ。
 でもそれは世間一般では受け入れてもらえない関係だからであって、
 後ろめたいって気持ちも確かにあるんだけど
 でも、もしさ、周りに言わないと御剣と別れなきゃならない…とかって言うんだったら、
 言わないとならないなとかって思ってて…ああ、なんかうまく言えないな
 ごめん。忘れてくれ」
照れながらもはっきりという成歩堂の言葉で恥ずかしながらも胸が熱くなってしまった。
「いや…それでいいと思う。今の世の中じゃ男同士は容認されていないからな。
 とりあえず二人の秘密でいい」
「うん…うん」
何度も頷く成歩堂を見ながらこれでいいんだと再度納得した。
成歩堂は世間体を気にしてはいるが、御剣のことは更に大事だと思ってくれている。
『ありがとう…』
「えっ、なんか言ったか?」
「いや、何でもない」





その後、またまた成歩堂法律事務所に遊びに来た真宵に
新品の財布を見られ、大笑いされた成歩堂がいた。

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