. . . G i f t . . .

   満月
夜の闇は、全てを覆い隠す。その中空に浮かぶのは――


 ふと、気づいたことがある。
 呼吸も静まり、熱に浮かされたような時間が過ぎ去ると、そこにあるは闇。暗さに慣れた瞳は、お互いの肌や表情、部屋の中のものを微かに浮かび上がらせて。
「…どうして」
 なんとなく問いかけると、身を起こした中嶋は、答えるように視線を七条へと落とす。
「必ず、消すんですね」
「…そうだな」
 ふつりと途切れる会話。こういう関係になってからも、二人が無駄な会話を続けることはあまりない。正確には、どちらかが無駄と思う会話を、だけれど。
 今は、中嶋の方が返事をする気がないようだった。七条も、どうしても理由を聞きたいと思った訳ではなく、気紛れに思いついた問いだったため、そのまま口を噤む。

 ただ、意外だと。七条はそんな風に思う。
 逢うのはいつも夜。夜の逢瀬は当たり前だ。昼と夜とで別の顔を持つ二人だからこそ。おそらく、互いに陽の光の下でこういった関係を重ねたいとはあまり思っていない。それでいいと互いに感じている。
 大抵、中嶋が七条の部屋をふらりと訪れる。既に七条がベッドに入っている時間帯の時もあれば、今日のように、寮の点呼のすぐ後という時間帯の時もある。
 決まりごとは、夜、というあやふやな枠のみ。そして彼は気紛れに、七条の都合には構わずに、好きな時に好きなように行動しているはずだった。
 そんな中嶋が、必ず部屋の電気を消す。タイミングに差こそあれ、情事の後に目に映る光景が必ず闇に包まれていれば、そこにだけ表れる一貫性にすぐに気づく。
 彼の性格からして、例えば身体を繋げる時には、皓々と照らす蛍光灯の下でわざと相手を煽るような真似をするのではないかと。
 自分の知っている中島英明という男はそういう男だ、と確信しているからこそ、少し不思議に思っていた七条の耳に、不意に、小さな声が届いた。

「…髪が」
「え?」
「…髪が、映える」
 一瞬あとにその言葉の意味を理解し、七条は柄にもなく頬に熱が集まったのを自覚した。もちろん、自覚したからといってどうすることもできず。
 からかいの理由にされるかと危惧して身構えたけれど、彼は何も言わなかった。
 薄闇で見えないのかもしれない。ただ、これだけ傍にいて、体温の上がった身体に気づかないはずもない。それでも。
 どういう意味か、小さく笑った中嶋が、ぎしり、という軋みと共にベッドから離れた。
 窓を開け、桟に寄りかかり、煙草に火を点ける。
 それきり、七条の存在すら忘れたかのような横顔は、近寄りがたい程の静謐さを湛え。
 ベッドに横たわったまま、ぼんやりと、まるで絵のような風景を見ていた七条は、ふと瞬きをした。
 白い光に浮き上がる、四角い景色。
 斜めから彼と、その周囲を照らすのは、満月の光。
『……あの日もそうだったな』
 先程の、触れ合う前の、何かを思い出したような低い声が蘇って、あぁ、と七条は溜め息を漏らした。
 無言のままこちらを見遣る中嶋に首を振り、何でもないと返しながら、心の中で再び溜め息をつく。

 今夜は、満月。闇を白く照らすのは、満ち月のささやかな光。
 彼を彩るその光を見たのは。ひと月前の、七条の誕生日、その日だった。

「…今日はもう終わりなのですか?」
「…何のことだ」
「いえ、さすがのあなたも、一晩中がっつくような若さはもう既に失いつつあるのかと思いまして」
「言ってくれる」
「連日の、丹羽会長のお守りで、疲れているのかもしれませんね」
 喉の奥で笑った中嶋が、短くなった煙草を潰す。
「…珍しいな。お前から誘ってくるとは」
「お誘いに聞こえましたか?」
「どちらでも構わんが」
 少なくとも俺はその気になった、と告げる中嶋が覆い被さってきて。
 遠慮なく肌の上を滑る手が自分の髪に触れるのは、たぶんお互いに理性より本能が勝った頃なのだろうと。
 僅かに笑みを浮かべた七条は、苦味の残るキスを受け入れた。


 夜の闇は、全てを覆い隠す。中空に浮かぶは――月。
 ――満月の、夜に映えるは、同じ色を宿した、髪。

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