Lost Love



SCENE1

 抑えきれないほどの気持ちを、もうどうすることも出来なくて、口にしてしまった。
「とてもスキなんです。」
 手のひらでラケットをギュッと握り締めた。手のひらは汗ばんでいて、握ったグリップは妙に温かくて気持ちが悪かった。
「その・・・本気で好きなんですけど・・・・」
 彼の表情を様子見る。彼は少し困ったような顔で、私の斜め後ろのほうに視線を寄せていた。何も言わない彼の、返答が怖くなって私は話を切り上げた。
「すみません。今のは冗談です。」
 彼は緊張が解けたようにほっとため息をついて、じゃあ練習再開、とコートに向かった。私はその後姿をゆるゆると追いかけた。ラケットを持ち替え、手のひらの汗をズボンでぬぐって。




SCENE2

 後ろから抱きつくと、彼はビクッと体を強張らせたが、すぐにその緊張は解けて、私に問いかけた。
「どうした?」
 私は、首を振って彼の質問には答えなかった。ただ、抱きついたその両手を肩の辺りに持ってきて、彼の首元を強く手握った。
「少し疲れました。寝てもいいですか?」
「疲れたなら、保健室に行き。」
「面倒で。あそこここから遠いいじゃないですか。」
「じゃあ、俺が運んじゃろうか?」
 私はまた首を横に振った。
「眠たい。」
「もうすぐ部活はじまるからな。」
「わかってます。」
 彼の肩は普通の人間くらいに暖かくて、普通の人間よりかは多少筋肉がついていて硬かった。眼鏡が肩先に当たるので彼は少し煩わしそうに肩を振った。私は彼の首元においた手を緩めて下に下ろす。
 部室にはいまだ誰も来ない。
 彼は数学のテキストを開いて、因数分解の式を解いている。目の端でシャーペンを追いかける。あ、また、一問間違えた。

「スキですよ。」

 呟いた声に、彼は知らない振りをした。
 私は悲しくて、寂しくなって、彼の肩先に多少の涙をこぼした。




SCENE3

「気持ち悪い。」
そうですか・・・・・
「お前さんがそんなん思ってたなんて、もうダブルスやりとーない。」
監督のオーダーによってはまたやることになるんでしょうが。
「さっさと向こう行き。」
 私はきびすを返した。 喪失感で足元がふらふらして、一歩・一歩歩くのが精一杯だった。 彼が私に視線を向けていなくてよかった。
 こんな落ちぶれた姿、とても貴方には見せられない。




SCENE4

「友達ですよね?」
「ああ、友達、大事なダブルスパートナー。」
「スキですか?」
「好感はある。だけどそれ、スキとはチィッと違う。」
 階段の下から彼に呼びかけた。
「友達として?」
 彼の声が頭上から降りかかる。
「友達として。」
 私は彼のいないほうへ、落ちた。
 いっそ、嫌いといって欲しかった。誰か別にとても大事な人がいるといって欲しかった。 スキなのにスキじゃない。それってあまりにも残酷でしょう?
 私は落ちながら、慟哭して、より下の世界へ塩辛い雨を降らせた。





***




 夢っていうのは逆夢が多いと誰かが言っているのを聞いたことがある。 私のこれらもすべて逆夢であることを願いたい。
 最近、仁王君に振られる夢ばかり見る。 その状況は多種多様で、甘いものを見せられた後でどん底へ突き落とされたり、彼の反応がとても辛かったり。 普段の生活ではいつもと変わりはないのだけれど、振られる夢だけは頻度が増してきて、最近、どうにも耐えられない。 思い切って告白してしまおうかと思ったこともある、そうすれば否応なしに結果がでて、私も楽になれるのだろう。 だけど、あの、夢の中の思いを考えると、あまりにも辛辣でどうしようも出来なくなる。
 まったく、後ろからも前からも追い詰められている。





 そのうち、糸がぷつりと切れた。
 それは突然。

「あの、話があります。少し待ってもらえますか?」
 夕練後、私は去ろうとしていた仁王君の肩を掴んだ。
「なんじゃ?話の内容によっては腹減ってるから、さっさと帰るけど。」
 私は首を振った。
「すぐに済む話です。」



 どうして今言う気になったのだろう。
 それはまったくの突然。
 きっと少しづつ溜められてきて、鬱積したキモチが、一定ラインまでに達したのだろうか?
「私の言いたいこと、わかりますよね?」
「いや、わからん。」
「わからないですか?」
「ああ。何が言いたいんじゃ?」
 歯がゆくて、口を開いたり閉じたりしてみた。 彼はきっとわかるはずだ。こんなにあからさまなのだから。 一言が出てこない、せっかくここまで来たのに。
「・・・・わかってください。」
「だっての。わからんものはわからん。」
 彼は怒ってはいない。いつか見た、困ったような、おかしいような顔をして私の様子を伺っているようだ。
「わかってください、こんなして、言いたいことといったら一つですよ・・・」
「・・・・わからん・」
「ホントに?」
「・・・・・・わからない。たぶん・・」
 私も彼もしどろもどろになってきた、わたしが一言言えばすむ話だけれど、その一言が出てこなくて。
「こうして、言いたいこと、わかんないでしょうか・・・・・・」
「わからん。たぶん・・・・・・わかるような・・・。」
「わかるんですか?」
「あ。いや、たぶんじゃ。」
「わかるんですね?」
「・・・。はい、わかりました・・・・・でもそーゆーんであっとるん?」
 私は一息ついた。いよいよ、気持ちが伝わってしまったのだ。
「あってます・・・」

「だから。誰か好きな人が出来ても、私には相談しないでくださいね。」
「・・・・そーゆー考え方なのか?柳生は?」
「あ、まあ。はい。」
 少し空ぶった気がした。
「ありがとさん、でもな・・・・」
 ああ、やっぱりか。
「俺、恋愛とか上手く出来んし、つきあっても面白くないと思う。むしろお前さんのこと、傷つけるだけとぉよ。」
「あ・・」
「ほんと、ありがとさん、でも、このままの関係でお願いします。」
「・・・・・・・・わかりました。」





「泣くかもしれません。」
 私が呟くと、彼は困ったように笑った。いつも、ニヒルな笑いばかり見てるから少し以外だった。彼は本当に優しい人だった。
「私は日直なので校舎に戻りますね。それではまた明日。」
「ああ、また明日。」





 泣くかもしれないと思ったが、涙の一滴もこぼれなかった。代わりといってはなんだが、トイレに行きたくなってきたので、夕暮れの校舎の中を一人でトイレに向かって歩いた。
 まったく、涙がこぼれなかった。夢の中で何度もシュミレーションして泣き崩れたはずなのに、私はケロリとしたまま校舎の戸締りの点検に回っていた。

 冷静な自分と、取り乱して自分とがいるはずだったのに、私はいつもの私ただ一人だけ。

 スキだったのになぁ・・・・・・・
 こんなにもスキだったのに、何で涙が出てこないんだろう。
 明日から、練習やりづらくなるかもしれないですね。
 でも、私が気丈に振舞ってればそんなこともないんですかね?
 練習やりづらくなったらやだなぁ。強くなれない。
 ・・・・
 ・・・・・
 なんだ結局、自分もテニスの事ばかり考えている。
 振られたはずなのに悲しくないですしね。





 スキでした、仁王君のことが、とてもとても。





2004.06.17


[モドリ]



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