背中





 学校へと続く坂道を登っていく。少しゆっくりめに、一歩一歩と。 多くの同級生、下級生が私を追い抜かしていく。クラスメイトや部活で仲がいい人は、私に向かって。
 「おはよう」と言って。そうでない人は私なんかには見向きもせず、黙々と歩くか、隣の友達と談笑しているか。


 前方を見ると、ようやく坂の中腹まで来たようだ。 時計を見ると8時丁度、もうすぐHRが始まる。 私は歩く速度を少し緩めた。 横を通り過ぎる人はみな、遅刻しないよう小走りだった。 私だけはゆっくりと歩き、さっきよりも余計多くの人に追い抜かされる。



 声が聞こえる。
 2人・・・・いや、3人。
 何を話しているのだろうか、よく笑っている。 私は背中の辺りを、声が聞こえるほうをむず痒くしながら歩いていた。

 その声はだんだんと近づいてきて、私のすぐ後ろに。 彼らは私の横を通った。 私は焦点をまっすぐ前方斜め下のまま、目の端のほうで彼の姿をとらえた。
(おはようございます)
 テレパシーを送るように頭の中で言った。



 返事は返ってきたのだろうか?



 彼は歩く速度を緩めようともせず、彼の友達と談笑していた。



 返事は返ってはこなかったらしい。
 少しため息をついて、その背中をじっと凝視ながら私はゆっくりと歩き続ける。少し猫背気味で、それだから私と同じぐらいの背の高さのはずなのに、私よりも低いと思われているその背。たまにフワリフワリとゆれて、それはさながらどこかで迷子になった蝶の様だ。
 このまま歩いたら遅刻だろうか?前の背中が坂の終わりの角を曲がって見えなくなった途端、私は駆け足になる。








 前方を見ると、いつものように背をしゃんと伸ばして歩いとった。 いつ気がつくんだろうかの?それとも全然気がつかんか? 俺は話の内容に相槌を撃ちながら、綺麗に伸びたその背中に近づいていく。




(おはようさん)
 口には出さずに声をかけた。 勿論視線を合わすこともしない。
 俺の思いが、言葉じゃなくても届けばいいなって。

「嘘じゃろう?そんな冗談誰も引っかからんとよ。それからどうなったんじゃ?」
「それがさぁ・・・・・・」
 横をすれ違う。目の端で姿をとらえると、お前さんは少しうつむき加減で黙々と歩いていた。 まったく、その頭ん中には最近読んだ推理小説の犯人はだれかとか、自分のテニスのフォームのどこが悪いかとか考えてんじゃろな?それじゃなかったら数学の数式とか英語の単語とかかの?



 結局、返事のないままに通り過ぎた。 立ち止まって、振り返ってみようかと思ったけど、やっぱり止めた。



 背中のほうがもどかしくて、少し背中を揺らす。 明日の朝あったときは絶対に声かけようと思いながら、俺は坂を上りきって学校への角を曲がった。




2004.05.17


[モドリ]



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