夜想曲〜闇の向こうへ〜
無音、緊張、殺意、憎悪、死、そして・・・闇。
その場を支配していたモノはそんな『黒い』感情だった。
賑やかな大通りから少し逸れたそこは、不気味なまでに静か。それなのに、体は危険信号を発している。
安息、などというモノには似ても似つかない雰囲気。
確かに、ここなら誰にも目撃されないな・・・男はそんなことを思い、諦めたように笑った。
その際に、口の端から赤黒い液体が滑り落ちる。
呼吸はすでに荒い。加えて、二酸化炭素を吐き出す間隔もまばらだ。
それもそのはず。その男は『血だらけ』だったのだから。
衣服の外から深く切り裂かれた腹部。歩くとき引きずっていただけの刺し貫かれた右足。夥しい血液が流れ落ち、肘から下がない左腕。
今こうして壁によりかかり、立っているのが不思議なくらいだ。
彼は残った右手で煙草を取り出し、火を付ける。
鉄の味に支配された口内に、煙がなだれ込む。勿論、味などしなかったが。
それでも、彼は煙草を吸い続けた。
――コツ・・・コツ・・・
不意に、漆黒の空間のから足音。
(放っておいても、俺は助からないというのに・・・)
そんなことを思い、再び男は笑った。
もはや、痛みなど感じない。
そして、もう体も動かない。
(チェック・メイト・・・だな)
短くなった煙草を吐き捨て、男は足音のする方に首を傾ける。
――コツ・・・コツ・・・
足音は近づく。
彼は『ほうっ』、と安堵の息をつく。
死への恐怖は、もう無い。
あるのは、開放への憧れ。
――コツ・・・コツ・・・コッ・・・
足音が、止まった。
「よう・・・。やっぱり、アンタだったのかい。」
陽気な口調で男は言う。
相手はただ無言のまま、男を見据えている。
「早く、楽にしてくれねぇか。その紅い『鎌』でよ・・・」
重傷の男の視線が相手の持つ大鎌に向けられる。
まるで静脈血のような、赤黒い鎌。
返り血がついていても、人間の血液の方がまだ明るく感じられる。
そんな『闇』と『血』を混ぜた色のような鋭利な刃物。
「そんな綺麗な顔してて・・・やることは死神のアルバイトか・・・。笑えねぇな」
男が漆黒の中に浮かび上がる相手の顔を見る。
髪の色は星を思わせる、銀。それをうなじで結っている。
その下にある顔は無表情。
ガラス細工を想像させるぐらいに整い、冷気、冷酷さを感じさせる。
鎌と同じ色をした瞳には、光が宿っていない。
「それが、僕の仕事ですから。」
よく通る声。綺麗だが、間違いなく男のモノ。
鎌を持った死神の声は、あまりにも甘かった。
「マスターの命令により、あなたを殺します。お覚悟を」
鎌を両手に持ちかえ、半身を引く。
黒いコートの裾が揺れた。
「覚悟なんてモノは・・・とっくに出来てるぜ」
男は静かに呟くと、目を閉じた。
もう目を開けているのも辛い。
このまま気絶できたら、どんなに楽だろう・・・。
しかし、男の体はそれを拒否していた。
血が騒ぐ。
あの男を殺せ。
無意識にそう告げてくる。
が、男はそんな感情をねじ伏せた。
(相手が、悪すぎるぜ。それに体も動かねぇ・・・)
目を閉じたまま、自嘲する男。
その時、突風が男の顔に吹き付けた。
迫り来る殺意。
叫び出したくなるような恐怖感。
噎せ返るような血の匂い。
そして・・・わずかに潜む、解放への喜び。
「・・・来世では、あなたに幸せが訪れますように」
一瞬で距離を縮めた死神が囁きながら鎌を振り下ろす。
男の肩から脇腹への一直線を赤黒い刃が通り抜ける。
結局、俺の人生は迫害と戦いしかなかったな。
それが、男の最後の思考だった。
コンクリートの壁に、血の花が咲く。
「安らかに、眠りなさい・・・」
死神は手で十字をきると、最後に小さく言った。
「Amen・・・」
私は、夢を見ていた。
とても懐かしくて、幸せだった頃の・・・悲しい夢。
辺り一面、白い空間。
白い天井の部屋に、白いベット。
それに横たわる、一人の男性。
私の、殺してやりたいほど憎くて、愛しい人。
その人が私の手を握り、呟く。
『心が、壊れる・・・』と。
その日から、その男の人は笑わなくなった。
泣かなくなった。
何も、感じなくなった。
だって・・・彼の心は、壊れてしまっていたから。
私はドアの開く音で目が覚めた。
どうやら、あの人の帰りを待つ間にうたた寝をしてしまっていたらしい。
妙にぼんやりする意識。そして、言いようのない倦怠感が私の体を襲う。
頬には涙の跡。
泣かない、と決めても、無意識下の行動には逆らえないようだ。
私は急いで涙を拭いた。
「ただいま戻りました」
よく通る声が室内に響く。
暗い部屋の中で、私は声の主を探そうと視線を巡らせた。
ドアの前に佇む、黒い人影。
蒼い月の光に照らされた、銀髪の男性。
無表情の死神を見つけることが出来た。
「お帰りなさい」
私は微笑みながら、言う。
もう慣れてしまった冷たい現実。
夢の残り香を忘れ、血生臭い仕事に手を染める私がいた。
「それで、ちゃんと殺せたの?」
「はい。少々手こずりましたが、最後には」
私は、同族である亜人を殺す仕事に就いていた。
そう。私の体の中には人ではない血が半分流れている。
母は、間違いなく人間だった。
しかし、父は、人狼だった。
人を襲うようなことはしないし、争いを嫌っていた父は、変身さえしなければ普通の人間だった。
幼い頃から食べること以外の殺生をせず、平和を望んでいた父はもちろん同族から迫害され、何度も殺されかけた。
そしてある日、傷を負い、人狼の集落から追い出された父は都に逃げ、死を待っていた。
その父を母が見つけ、介抱したのが始まりだと聞く。
二人はやがて親密な関係になり、結婚し、そして私が生まれた。
なんてことのない、普通の家族だったと私は思っている。
獣の血を受け継いだ私でも変身することはなく、体の疼きは時間の経過と共に消え去っていたし、母は勿論、父だって肉好きなただの人間だったのだから。
しかし、私が十六の時・・・父と母が殺された。
どこからか父が人狼だという情報が漏れたらしく、母共々国の放った討伐軍に殺された。
・・・私が森に薬草を取りに行っている間に。
帰ってきた家の中は赤黒い液体がまき散らされ、噎せ返るような鉄の匂いと争いの跡が残っているだけ・・・。
私は絶望した。
大切な両親を失い、心は黒い感情に支配され始める。
必ず、仇を討つからね・・・。
墓前でそう誓い、私は泣かないと決心した。
二年の時が流れ、私は幾つかの魔法と剣術を身に付けた。
自分が強くなっていくことがとても嬉しかった。
その強さが、討伐軍を放った王を殺せるのだと思うと、笑いが止まらなかった事を覚えている。
でも、ある日・・・
――コンコン・・・
誰かが家のドアをノックした。
『どちら様ですか・・・?』
ゆっくりドアを開けた私の目に映ったのは・・・ざっと見て、二十人以上の甲冑を着た男たちだった。
先頭の男がなにやら紙切れを私の前に突きつける。
そこには・・・
『忌み子、クリス・ノクターンを抹殺せよ ヴィクス九世』
クリス・ノクターンは私の名前。
ヴィクス九世は王の名前。
つまり、両親たちの時と同様、国王が私を殺せと命令したのだ。
『こういうことだ・・・かかれっ!!』
白銀の甲冑たちが各々の武器を手に取り、雪崩れ込んできた・・・。
私は必死に戦ったが、人数の差もあり、とうとう追いつめられた。
悔しかった。
父と母の仇も討てず、自分も今こうして殺されようとしている現実が憎かった。
『大人しくしろよ・・・。そうすれば、楽に殺してやるからよ』
兜の下で隊長らしき男が低く笑う。
その時、私の中で何かが切れた。
溜め込んでいたモノが一気に吐き出され、口から罵詈雑言が飛び出る。
『だまれっ!!あんた達は私の両親を・・・何の罪もない両親を殺したくせに!』
動こうと思ったが、足に激痛が走り、その場にうずくまる。
それでも、私は彼らを罵倒し続けた。
『危ないのは父さんみたいな亜人じゃない!!心の闇を抑えきれなかった人間の方じゃない!!あんた達の方が・・・よっぽど危なくて、最低だっ!!』
『ちっ・・・この小娘を殺せ!逆らった奴は俺が殺す!!』
痺れを切らしたように、男が叫ぶ。
男達が詰め寄る。
私は、死を覚悟するしかなかった。
――ギィンッ
だが、男達の武器は私を襲ってこなかった。
恐る恐る目を開けてみると、一人の男性が私の前に立ちはばかり、攻撃を受け止めていた。
討伐軍と同じ白銀の甲冑を身につけていたが、私の命をこの男性は救ってくれた。
でも、何故?
『くっ・・・タナトス、何故邪魔をする?!』
隊長が吼える。
『・・・何故でしょう。この少女が罪を犯していないと知ったら、体が勝手に動いていました』
静かに。タナトスと呼ばれた男は言った。
『裏切りか?裏切りは同罪だぞ?!』
『確かに。でも、僕は罪のない人間を殺すほど野蛮じゃありませんよ』
そういって彼は兜を脱いだ。
銀髪が風に舞う。
彼は再び己の武器――深紅の鎌――を構え直し、言った。
『どうしても、と言うなら・・・この僕が相手になります』
討伐軍が逃げ帰った後、彼は私にこう言った。
『恨むなら僕を恨め。殺したいのなら僕を殺せ。君の両親を殺したのは間違いなく僕らだから。その代わり・・・君は普通の人として生きろ』と。
その日から私は強くなるのを止めた。
泣いてしまったから。
彼の胸で泣いてしまった私は・・・ただの十八歳の女に戻ってしまったから。
そして、私はこのタナトスを憎み、愛するようになった。
それからの日々は、まさに蜜月だった。
彼と暮らすことで忘れかけていたモノを思い出し、笑い、幸せを見つけつつあった。
両親の仇を打てないのは悔しい・・・いつか、そのことで私は憎しみに焼かれ、恨みに焦がれるのだろう。
でも・・・それまでは彼と一緒にいたかった。
幸せに揺られていたかった。
何かを忘れてしまわないように。
心の闇に喰われないように。
一人の人間として、生きていきたかった。
なのに・・・何故人生とは上手くいかないモノなのだろう。
再び、不幸の刃と悲しみの賛美歌が私を襲った。
『ノー・マインド』
それが、彼のかかった病気の名前だった。
その名の通り、心が壊れ、無くなる。それだけだが、恐ろしいモノ。
奇病で対処法がないため、彼は横たわるまま死を待つしかなかった。
日を追うにつれて、少しずつ感情を失ってゆくタナトス。
そんな彼を見ているのは、辛くないはずがなかった。
病の床で、彼はこう言った。
『逃げろ・・・。僕が死んだと知ったら・・・ヴィクスは追っ手をよこすだろう』
確かに、彼の言うとおり。
彼がいたお陰で私は討伐軍に追いかけられずに済んでいた。
彼は部隊の中でもかなり強い方らしく、鎌を武器にすることから『ジョーカー』と呼ばれていたらしい。
彼に恐れをなして、ヴィクスは追っ手をよこさなかったと考えるのが妥当であろう。
彼がいなくなれば、ヴィクスを足止めするモノは何もないのだ。
そう、私はもう・・・弱かった。
彼無しでは生きられないほど。だから・・・
『心が無くなったら・・・あなたを私の人形にする』
彼を操り、亜人を倒す仕事に就く。
同族を殺すことで、周りの警戒心を解く。
私が生き抜くためにはその方法しか残されていなかった。
仕事の報告を終え、タナトスは自分専用の椅子に座り、目を閉じる。
彼は仕事以外の時はいつも座って眠り続けている。
その様子はかつての彼がうたた寝をしているときとそっくり・・・もとい、同じ。
私はふぅっ、と息を吐いた。
「心が戻ることは・・・もうないのにね」
眠っている彼を見るたび、私は自分に言い聞かせる。
淡い希望を持ち続けてはいけない。
持ち続ければ、裏切られたときの衝撃も大きい。
だから・・・
――ゾクッ・・・
突然、背筋に何か冷たいモノが走る。
「あ、あ、ああ・・・」
体ががくがくと震え、心の奥底から何かが吹き出してくる。
「ま、また・・・」
彼が心を失ってから、度々この衝動がわき起こるようになった。
獣の、本能。
私の体の中に流れる、半分の獣の血。
人を殺すようなところまで行かないが、この衝動が来ると・・・
私はタナトスが、欲しくなる。
「あうっ・・・」
震えが激しくなり、私は床に膝をつく。
もはや、理性では抑えきれない・・・。
「タ、ナトス、ベットまで連れてって・・・」
「・・・はい」
私の声に呼応し、彼が立ち上がる。
私を抱きかかえ、ベットまで運び、おろす。
「はぁ・・・はぁ・・・」
息が荒くなり、顔が火照る。
そして、いつものように・・・
「タナトス、私を・・・抱きなさい」
彼に命令を下した。
「準備はいいか?」
小声で男が呟く。
その言葉に数人が頷いた。
「よし・・・いけっ!」
男が目の前の扉を蹴り、開ける。
「な、なに?!」
「『チュール』ッ!!」
女性の声と男達が発した呪文はほぼ同時だった。
黒いローブを身にまとった男達の手から銀色の鎖が飛び出す。
捕縛魔法、チュール。
魔力で切れない鎖を作り出し、相手をとらえる。
それに捕まったら術者がほどかぬ限り逃げられはしない。
その鎖が椅子で寝ていた男を捕らえた。
腕、足、胴体、首にそれぞれ鎖が巻き付いている。
「タナトスッ!!」
女性が悲鳴に近い声を上げた。
「よし、よくやった」
男が低く笑う。
「何なんだ、お前らは?!」
強い口調で声を上げる女性。
シーツで身を隠し、男達に向き直る。
「忘れたのかい?俺の顔を」
ゆっくりと、男の顔があらわになる。
「お、お前は・・・」
「そうさ、久し振りだな?クリス・ノクターン」
友人に再会したような口調で元討伐軍隊長は言った。
「待ってたぜ・・・この時をな!!」
込み上げてくる笑いを抑えきれず、男は笑った。
気の狂ったような笑い方に、クリスは嫌悪を覚えずにいられなかった。
「お前らのせいで俺は討伐軍を首になったのさ。小娘一人も殺せない奴、というレッテルを貼られてな」
「今更・・・何をしに来た!?」
「簡単な事よ」
男は捕らえられた死神を指さし、
「お前とこいつの首を持って、もう一度討伐軍に入るのよ。魔物を殺せて金が貰えるなんて・・・俺にはたまらねぇ仕事だからな」
嬉しそうに男は言う。
「そんなことさせるか!!」
それを聞き、クリスは枕元に置いてあった剣に手をかける。
引き抜こうとしたところで、再び男が口を開いた。
「おっと、動くなよ。動けばこいつが死ぬぜ?」
親指で縛られているタナトスを指す。
それを合図にするように、首に巻き付けてある鎖が引っ張られる。
「くうっ・・・卑怯な!!」
クリスは仕方なく剣を投げ捨てる。
ガシャン、という音を立て、剣は床に転がった。
「くくく・・・それでいい。じゃあまずは・・・」
ゆっくりと、確実にクリスに歩み寄り、
「きゃっ?!!」
シーツをはぎ取った。
彼女は情事後のせいもあり、一糸まとわぬ姿になった。
「色々と、楽しませてもらおうか」
そこから先はまるで悪夢のようだった。
十数人の男に代わる代わる犯され、私は身も心もずたぼろになった。
好きでもない男達に抱かれる嫌悪感、怒り、憎しみ。
そんな男達に輪姦されながらも、快感を覚えてしまう自分の体。
頭が、真っ白になる・・・。
「くぅっ!」
「あっ・・・いやぁ・・・」
最後の男が、私の中に汚らしい液を吐き出す。
生暖かい液体が内部を移動し、思わず泣き出したくなった。
私はそのままベットに倒れ込む。
思考がおかしくなりそうだった。
何も考えられなくなり・・・最後にわき上がってきたのは・・・
くろい、くろいしょうどう。
殺してやる。
殺す。
ころす。
ころす。
ころすころすころすころすころす・・・・・・・・・。
「絶対に、殺してやる」
吐き出すように、言う。
「ん〜戯れ言を言うのは勝手だが、聞いてやる余地はないんでな。おい」
元隊長が部下に合図を送る。
部下は歩み寄り、剣を引き抜く。
白刃に月光が反射した。
「この小娘を始末しろ。男は俺がやる」
こくり、と頷き、剣を振り上げる。
終わるのか?
またこのまま・・・終わるのか?
今度は誰も助けてくれない。
今度こそ、ほんとうに。
『ま、て』
誰かが。
誰かこの男達以外のモノが口を開いた。
無論、私ではない。
それと同時に
――ズッ・・・ゴキッ
「ぐ、ぎぃやああああああああっ!!!」
品のない、無様な悲鳴が上がった。
恐る恐る目を開くと、そこには囚われていたはずの死神が鎌を持って立っていた。
残忍な笑顔を貼り付けて。
「馬鹿な?!『チュール』が破られるはずがない!!」
団長の悲鳴に似通った声。
気付くと、私を殺そうとしていた男が見つからない。
それもそのはず。男は首と胴体が別々になったまま横たわっていたのだから。
『その女の血は俺のモノだ。貴様らのような汚いサルどもに渡すわけにはいかん』
ゆっくりとタナトスが告げる。
いや、あれは彼じゃない・・・?
「ひっ・・・助けてくれぇ!!」
『悪いが戯れ言に付き合う暇はない。おとなしく、眠れ』
距離が、つまった。
「ひっ・・・ぐあ・・・」
『お前には血塗られたノクターンがお似合いだ』
男の胸を切り裂き、死神が再び笑いながら言う。
『Amen・・・』
そこから先のことは、ほとんど覚えていない。
気付けば私はベットに一人佇み、部屋にはおびただしい量の血液と深紅の鎌が転がっているだけだった。
その時、置かれた状況に気付く。
今度こそ。
間違いなく。
絶対に。
私は、独りになってしまった。
闇に紛れ、私は彼とよく来た場所に立っていた。
湖を見下ろせる丘が、彼の一番お気に入りの景色だったからだ。
右手には色とりどりの花束。そして左手には彼の持っていた大きな鎌。
すっかり血に汚れ、今はみすぼらしい姿になってしまったが、切れ味だけはまだ錆び付いてはいない。
私は静かに笑い、湖に花束を投げ入れた。
そして、鎌を首筋にあてる。
自然と笑いがこみ上げてくる。
タナトスに会える。
そう思うだけで、笑いは止まらなかった。
・・・この時点で、私も心が『壊れて』いたのかも知れない。
けど、そんなことはどうでもよかった。
ぐっ、と力をいれ・・・
「大丈夫。次は独りにしないからね」
私は、死んだ。
『ふむ、やはり喰らうなら女の方が良いな。男は不味い』
明るい口調で『鎌』は言った。
『さて、次はどこにいるかねぇ。俺に血を吸わせてくれる奴は。』
くくくっ、と笑うと、鎌は虚空へと姿を消した。
残った余韻をぬぐい去るかのように風が吹く。
それはまるで、血塗られた夜に響く、ノクターンに聞こえなくもなかった。