星に願いを                   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも同じ空を見上げている。

時を忘れ、ぼうっ、と座ったまま。

空いっぱいの星を見上げている。

流れ星を待ち、夜風に身をまかせながら。

時折それを見つけては、柄にもなく願い事を言ったりする。

それに気づき、ふと微笑む自分がいる。

そして…

夢のように儚い物語を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺にとって、図書館に寄るのは日課になっていた。

大学帰りに特に何もすることがないと、こうして読書にふける。

別に、遊びに行きたくないわけではない。単に金がないのだ。

バイトの給料日もまだ先だし、この歳になってまで親に金をせがむのはみっともない。

故に、こうして本を読んでいるというわけだ。

家は暑いしな。

「さてと」

気付けばもう五時。そろそろ帰らねばならない時間だ。

俺はリュックを背負うと、本を返し、入り口へ向かった。

その際に受付係の女性が俺に小さく会釈する。

俺も小さく頭を下げ、図書館を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外は暑い。

七月も後半にさしかかり、まさに真夏と言ったところだ。

じりじりと照りつける日光に、額に汗を浮かべずにはいられない。

「あ、夢人」

不意に俺の名前を呼ぶ声がした。

「なんだ、夏美か。何のようだ?」

「何だとはなによう。万年金欠学生の夢人に臨時バイトの話を持ってきてあげたのに。」

なに?!

「臨時バイトだと?」

「うん。明後日からの星祭りで星アメを売る人がいないから、バイトを雇うって。」

星祭りとはこの町で毎年夏に行われるお祭りのことだ。

高見台にある神社で縁日を開き、一年の幸せを祈るという、キリスト教と仏教が混ざったようなものだ。

そして星アメとはいわゆるリンゴアメの進化系だ。

星形にくりぬいたリンゴを棒に刺し、べっこう飴でコーティングしてひやしたもの。味はリンゴアメと大差ない。

「時給は八百円、やりたい人は町長の所へ来い、だって。」

「うーん…バイト代高いのに、どうして誰もやんないんだ?」

「だって…」

俺が尋ねると、夏美はちょっと申し訳なさそうな顔をした。

「もう、やるって言っちゃったから」

「は?誰が?」

「私と、夢人。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、俺は公民館の調理場にいた。

クッキー用の型でリンゴを星形にカットし、棒に刺してべっこう飴につける。

それを冷蔵庫の中に置いてある発泡スチロールに刺す。これで一つ完成だ。

値段は三個で百円。

安い割にバイト代が高いのはそれだけ量が売れる、と言うことなんだろう。

しかし…

「一日で五百個っていうノルマは…ちょっとキツ過ぎじゃないか?」

俺は手を止め、夏美に言った。

すでに五十個出来上がってはいるが、今日中に終わるかどうか。

「うーん、通りでバイト代が高いわけだ。私もこんなに作るとは思わなかったから…。ごめんね、夢人」

苦笑し、俺に言う。

う、まずいこと言ったかな。

「別に怒ってるワケじゃねぇよ。ただちょっと、不安になっただけだ。」

「うん…ありがと」

俺は止めていた手を動かし、作業に戻る。

夏美もそれに続いた。

こうしてこいつと作業するのも久しぶりだ。

夏美とは、付き合いが長い。

小学、中学と同じ学校、高校は別だが、隣の学校だ。

幼馴染みと言うより、腐れ縁に近いものがある。

昔はコイツとは色々一緒に作業したものだ。

委員会や実行委員、キャンプ、etc…。

想い出を共有したと言っても過言ではない。

しゃり、しゃり。

次に使うリンゴの皮を剥いている時に、ふと声が耳に届いた。夏美の声だ。

「ねぇ、夢神様って知ってる?」

「?何だそりゃ?」

「えっとね、この前お祖父ちゃんから聞いたんだ。この町に伝わる言い伝えみたいなもの」

夏美は微笑み、続けた。

「星祭りの時に夢を与えてくれる神様が降りてくるんだって。それが夢神様。その夢神様に会えると、願い事が叶うらしいの」

「へぇ、そんな言い伝えがあったんだ」

「中々ロマンチックでしょ?」

「まぁね」

夢神様、か。

どの町にも言い伝えはあるものだと思ってはいたけど、この町にそんな言い伝えがあるとは。

夏美はそういった伝説や神話、言い伝えを鵜呑みにする方で、信憑性を疑うといったことを知らない。

まぁ、話好きの爺さんの影響もあるんだろうけど。

一方俺は、そう言った類のものをあまり信じていない。

現実に起これば、『ああ、本当だったんだ』と思う程度だ。

現実主義になるところが俺の悪いところでもあるのだが。

「夢人」

「ん?」

「夢神様に会えるといいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作業が終わり、帰路についたのはもう夜だった。

辺りは漆黒の闇に覆われ、街灯と月光だけが頼りだ。

「真っ暗だね」

夏美が笑いながら言う。

俺はそれに小さく頷いた。

「ねぇ」

「ん?」

夏美が俺の方を向き、口を開く。

「夢人は、夢神様に何か叶えて貰いたい事ってある?」

「…どうした、突然」

「何となく、だよ。で、どうなの?」

俺は顎に手を当て、うなった。

神様に『金をくれ』ってお願いをするのも何だか気が引ける。

かといって、『幸せになりますように』とか言うのも馬鹿馬鹿しい。

だって、俺は生きているだけで幸せだと思っているのだから。

俺は恵まれている。胸を張ってそう言えるのだ。

でも、あえてわがままを言うのならば…

「好きな人と、ずっと一緒にいられますように…かな」

「え…」

「ん?どうした?」

夏美は何故か驚いている。

俺は首をひねるばかりだ。

「な、何でもないよ」

「そっか。夏美は?」

「え?」

「何か願い事でもあるのか?」

「あー…うん。」

「何?」

夏美は俺の方を見、くすっ、と笑いながら…

「教えてあげない」

囁くように、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浴衣を着た人々が、町を行き交う。

勿論、浴衣だけではないが大部分の人が浴衣だということに俺は驚いていた。珍しいこともあるもんだ。

しっかし、

「何でお前まで浴衣なんだ?」

「ん?」

星アメの残数を数えていた夏美が手を止め、俺の方を見る。

こいつも今日は浴衣を着ていた。

青地にアサガオの刺繍が入ったものだ。

「だって、着たかったんだもん♪」

「さいですか」

嬉しそうだな、夏美のヤツ。

この分なら、星アメ売りも早く終わりそうだ。

五百個あったアメがもう既に百個前後になってるんだから。

「すいませーん」

あ、客だ。

「はい、いらっしゃいませー」

客は俺の顔馴染みの人だった。

良く行く図書館の、受付の女の人だ。

長い髪を今日は結い上げ、やはり浴衣を着ている。

「あれ、君は?」

「どうも、いつもお世話になってます」

俺は軽く会釈した。

「へー、君が今年は星アメ売りやってるんだ」

珍しそうに女の人は言う。

「はい、そうなんです」

「そっか。ねぇ、君知ってる?」

「何を、ですか?」

「この町に伝わる、言い伝えの話」

「夢神様、ですか?」

「そうそう」

女性は嬉しそうに笑うと、続けた。

「この前初めて知ったんだけど、夢神様って星アメが大好きなんだって」

ズルッ…

さすがにそれは嘘じゃないかな…。

「でね、星アメを売る人には必ず幸せを授けてくれるんだって。」

随分いい加減な言い伝えだな、ヲイ。

「そうなれば、いいですね」

「そうだね、きっと幸せになれるよ。あ、忘れてた。星アメ五つください。」

「ありがとうございます、五百円になります。随分買うんですね?」

「私ひとりの分じゃないよ。旦那と、子供の分。あとはお土産だよ。」

「へぇ、じゃあ今日はご家族で?」

「うん。あ、涼」

女性は何かに気付いたように手を振る。

それを見、子供連れの男性が近づいてきた。

気の良さそうな、長身の人だ。

「潤、いつまでかかってんだ。明と晶がわめいてるぞ?」

「ゴメンゴメン。はい、これ」

彼女は男性と子供にアメを手渡す。

「あとは、お婆ちゃんにお土産ね」

『うんっ!』

子供たちは声をそろえて言う。

双子、かな?

「じゃあ、君も頑張ってね。それと…」

「?」

女性は含み笑いをし、

「夢神様に、会えるといいね」

歌うように言い残し、雑踏の中に消えていった。

夢神様に、か。

みんな信じてるのかな。何か不思議な感覚を覚える。

「さてと、飴を売り終わったら星でも見に行くか。」

「あ、私も行きたいな」

ちょこん、と夏美がひっついてくる。

「ああ、いいよ。じゃあ、早くアメを売っちまうか」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもと同じ空を見上げている。

時を忘れ、ぼうっ、と座ったまま。

空いっぱいの星を見上げている。

流れ星を待ち、夜風に身をまかせながら。

時折それを見つけては、柄にもなく願い事を言ったりする。

それに気づき、ふと微笑む自分がいる。

そして…

夢のように儚い物語を思い出す。

今日は、二人で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗だね」

「ああ」

夏美がうっとりとしたように呟く。

「夢人、よくここに来るの?」

「んー、たまに、かな。ここは良く流れ星が見えるからな」

「そっか」

束の間の沈黙と共に、再び空を見上げる。

ふと、ひとすじの流れ星が流れた。

「あっ…」

小さく、夏美が声を上げる。

「あれ…」

次は俺が声を出した。

「すごい…」

夏美も再び声を出す。

それもそのはず。

流れ星は、ひとすじじゃ無かったから。

次々と、空を駆けてゆく。

まるで流星群、まるで星のお祭りのように。

まったく、これだけあれば願い事を言うのにも困らないだろうな。

密かに俺は苦笑する。

「これって、夢神様の仕業かな」

明るい声で、夏美が言う。

そんなわけ無いだろ、とは言えなかった。

「そうだな」

笑いながら、俺は頷く。

「願い事、してみようか」

「うん、そうだね…」

小さく呟き合い、俺たちは声に出していった。

『好きな人と、ずっと一緒にいられますように…』

流れ星…いや、夢神様には聞こえただろうか。

そんなの分からないけれど、俺はこの願いが叶うと信じたい。

この夏の、まるで幻想の様な出来事を…。

アメ好きの神様がくれた大切な贈り物を…。

俺は、この先ずっと覚えているだろう。

両手を重ね、俺はこの流れ星に祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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