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むせ返るような暑さ。 砂塵舞い散るこの地に、かつての『私』────はいた。 こんな所に来るだけならまだしも、ログイン時間の大半をこんな所で過ごしていたなんて。 正気の沙汰ではない。 出来ることならば、もっと過ごしやすい土地にいたいと思うはずだ。 だが、今はっきりと、心から言える。 モロクよ、私は帰ってきた!! 目が覚めたらラニメの世界だった。 〜06:厨のwisper(ささやき)〜 私の目の前では、見覚えのあるようなないような、そんな格好の商人風の人物が通り過ぎる人たちに向かい、熱心に何かを売りつけている。 よく見るとそれは、手の中にいくつも収まるほどの小さい、けれどきらきらと輝く宝石だった。 そういえば、ツデローヘーデムベトーン、じゃない、ジェムストーンもあんな綺麗な石だったよなぁ。 などと思いながらも、私は他の人たちと同じくそこを通り過ぎた。 あたりには、座ってくつろいでいる見覚えのある人たちなどいはしない。 つまり、お目当ての人物……『私』が所属するギルドのメンバーは、ここにはいない、ということ。 そう。 私は今、ロアン達と離れて、一人砂漠の街モロクへとやって来ているのだ。 彼らがゲフェンの宿屋にてイルガで遊んでいる時に、こっそりと。 いや、ねえ?ウサシンやネコシンは見たかったですけど、さすがにそれどころじゃないですよ。 当初の目的を忘れてはいけない。 元の世界に戻る。 それが叶わぬまでも、ゲームのサーバーに戻る。 それに…………それに、あのまま彼らについていけば、もれなくバフォメット様との戦闘イベントが待ち構えているのだ。 見逃してくれる展開になるのは分かっているけど……それに、 「いいぞベイべー! カタールを装備するのはアサシンだ!カタールを飛ばすのはよく訓練されたアサシンだ!ホント Ragnarok the Animationは地獄だぜ!フゥハハハーハァー」 なイルガ兄さんというのもなかなか見物ではあるかもしれない。けれど。 でもやっぱりバフォ様はヤバい。 出来ればお会いしたくないBOSSキャラです。 そんなわけで、私は一人、手がかりを求めてこうしている。 だけど…… 「無駄足……かな」 じっとりと湿った額を拭い、こぼす。 やはりここにも、たいした手がかりはなかった。 これは本格的にヤバいな。 もしかしたら、ロアン達アニメ主人公ご一行様と一緒にいろってことなのかな。 そんなの嫌過ぎる。 私は私で、絶対に元の世界に……できなくても、ゲーム鯖に戻ってみせる。もう彼らとも、会うことはないだろう。 ……と思っていた矢先のことだった。 (…………さん……) 『それ』は直接、私の頭の中に響いてきた。 (さん!) こ、これは……この甲高くもムカつく声は間違いなくロアンのもの。 そこにいないはずの人の声が聞こえるこの現象を、『幻聴』の一言で済ますほど、私はこの世界を知らないわけではなかった。 そう、これは。 wisがきた。 何てこと。 あのまま『アニメ通り』の展開に巻き込まれたくないから、こうして一人でさっさと抜け出てきたというのに。 大体なんでこういうところだけゲームに忠実なのか。 汗が流れ落ちる前にすっかり乾いて塩が吹き出るに任せている頭を抱える。 そんな私の様子がもちろんロアンに見えるはずはなく、何やら焦った風に言葉を続ける。 (さん、どこにいるんですか?僕たちと一緒にアルベルタに行きませんか?) 「あ、もうバフォ様イベント終わったんだ」 思わずぽろっと口に出して喋ってしまう。 そしてバフォ様どころかキーオ兄さんにも会ったんだ。 なんでこんなにストーリーを詳しく覚えているのかむなしくなりそうだったが、それはさておき。 ロアンに返事を返さなければならない。むろん、答えはノーだ。 どうやったらwis返信できるんだろう。とりあえず、強く念じればいいのかな。 私は目を閉じ、心に思い描く。強く。それは電波のように。 (ごめん、今転職試験中だから) 届いたかどうか確認する術はなし。 送った(つもり)として、私はフードをかぶり、歩き出した。 転職というのはあながち間違いではない。ここにも手がかりが無かった以上、他のあてを探すしかないし、そのためには少しでも強くなっておいた方が便利というもの。 幸い、これまでの……というか、あれっぽっちの冒険でも、なかなかに経験値は稼げていたらしく、取得予定スキルもほぼ使えるようになっていた。 足りないあと少しの分は、歩いて巡礼中に取ればいい。 さようならロアン、さようなら姫と厨房軍団。 そうして、モロク中央に向かって一歩足を踏み出した所で。 (えぇ〜そうなんですか?一緒に行きましょうよー!海もあるんですよ!?) がくり。 踏み出した足がずるりと滑り、大股開きの格好になったまま硬直する。 届いてたのか、wis。 しかも海って所を強調するのがまた下半身直結らしい。 (海水浴とか!あと、海岸でお昼寝とかもいいですよ!) (遊びに行く暇は無い!) ロアンの水着妄想(多分)を短く切って捨てると、体勢を立て直して再び歩き出す。 奴はまだ何か未練たっぷりにwisを寄越してきていたが、全て聞こえないふりをした。 聞くな聞くな。 AFKAFK。 半ば自分に言い聞かせるようにそう呟きながら、ピラ方面の出口までどうにかたどりついた。 プロンテラ大聖堂での転職申請は既に済ませてある。あとは巡礼を無事終えて、再びプロに戻り次の試験を受けなければならない。 ユーファが転職するのはもっと後だから、一緒に行くのもダメだしね。いやいいんだ、むしろそっちの方がずっといい。 と、そんな無駄なことを考えている場合ではなかった。 街の門を出る。あとはNPCのとこまで一直線だ。……とはいえ、右上に地図が表示されるわけではないので、しっかりしとかないと迷う可能性もあるけど。 砂混じりの靴の中。 それにもめげずにザリザリザリ……と歩いていく。 頑張れ私。もう少しだ、多分。 テレポ使えないのがこんなにつらいなんて。先達もこんな苦労をしながら転職していったんだなぁ…… そんな感慨に浸りつつ、さらにザリザリ進むと、前方に人影。 「つ・い・たーーーーー!!」 両手をあげてガッツポーズアコライト。 進む先で待っていたシスター服のお姉さんがぎょっとしてこっちを見ているが気にしない。 転職試験に内心点は無いからだ。 さっさと挨拶を済ませて巡礼の旅も終了だ。 あとはプロンテラに戻って二次試け (ソグラト砂漠……) …………ん? 今、何か、聞こえたような? 辺りを見回す。誰もいない。 シスターはきょとんとしてこちらを見ているから、多分彼女でもない。 しばし、ひと思案。 これもwisかもしれない。さっきのロアンみたいな。 誰かがソグラト砂漠に行くとか、きっとそんな感じなのだろうか? となると、wis誤爆か何かかな。その、相手方の名前が子さんとか、そんな感じで間違えたとか。 それなら、聞かなかったことにするのが一番いいかもしれない。うん、そうしよう。 私はそのまま、プロンテラへの道を急ぐことにした。 だがこの時私は気付いていなかった。 このwisが誰の発言か。 そしてこれから私を待ち受けている悲惨な展開を。 思えばこの時気付くべきだったのだ。 無事巡礼を終えた私は、再び砂漠をザリザリと歩いていた。 カプラサービスによる転送も今は使えない。ホント、巡礼は地獄だぜフゥハハハーハァーな気分だ。 モロクへ戻り、今度は反対側から外に出る。そこはやはり広大な砂漠がある。 北東方面へ行けばプロンテラだ。さっきの所とは違って、強いモンスターもいるからより一層の注意が必要……と。 腰に提げたチェインを触って確認する。 思えばこいつとも長い付き合いだ。 何のいわくも付加価値もないものだけど、これは私が──RO初心者だった頃の『私』が、ようやくアコライトに転職したばかりの頃に、ギルドの先輩からお祝いにと貰ったものだ。 今思えばもっといいモンくれてもいいのにという感じだが、それでも嬉しかった。みんなでMMOの楽しさを分け合っていたあの頃は。 こいつがいなければ、私の武器は素手とホーリーライトのみになってしまう。そんな大切な相棒とも、もうすぐお別れの時……転職したら、武器は本に変えるつもりだからだ。 もう久しく、そんな感慨に耽ったことはなかった。 ここに……ラニメの世界に来てしまってからというもの、やることといえばツッコミとツッコミと支援のフォロー、更に突っ込み。 MMOが楽しいものだということなんて、忘れていた。 「……帰りたい」 ふと、今まで歩いてきた方向を振り返る。 そっちにはあの懐かしいモロクの街がある。もし今引き返して、そしてもう一度ギルドメンバーを探して、見つけることができたら……そうしたら、例え現実には戻れなかったとしても、このアニメに縛られることなく、せめてもっと楽しい普通のRO生活ができるのではないか。 一歩、もと来た道を踏みしめてみる。 「…………」 だめだ。 帰っても、きっと同じだ。 なぜだかは分からないけど、そう感じた。 再び前を向く。 前方には森が見え始めている。 進もう。例えこの先、何があろうとも。 今は進むしかないのだ…… そう決意も新たにプロンテラに向かって歩き出した私の眼前に、『それ』は現れた。 「あ」 目が合う。 このマヌケ面はどう見ても…… 「さ〜ん!お久しぶりです〜!!」 そう言って私の方に飛び出してくるマヌケ面。 「げぇっ!!」 イヤな汗とともに、思わずそんな言葉が口から飛び出てきた。 そう、出てきたのは……姫と愉快な厨房ご一行! ………… かくて。 運命の扉は開かれた。 私は再び、こいつらご一行様と行動を共にせざるをえなくなってしまうのだった。 |


たまーに(?)本筋を外れます(*´∀`)
たまにホームシック。たまに真面目モード。
アニメ自体に整合性なさ杉。種かよ!って言いたくなるので色々省いてます。