目が覚めたらラニメの世界だった。
 〜04:ゲフェンの夜〜


「はぁ……やっと着いた〜」
額に流れる汗を拭いながら、私はゲフェンタワーを見渡せる小高い丘の上に立っていた。
先日プロンテラで知り合ったロアン達『ラニメの主役ご一行』に強引に付き合わされ、プロからゲフェンまでの長い道のりを徒歩で横断してきたのだ。

いや、それはもう筆舌に尽くしがたい苦労がありました。
途中出くわす様々なモブにもかかわらず、収集品を拾うのに手一杯のマーヤにぼーっと突っ立っているだけのユーファ。
戦っているのはロアンだけというなんとも心もとない一行に、必死で援護をする私……かと思えば、敵を全て倒した後でsp切れの私を差し置いて、ユーファがロアンにヒールをかける。
感謝してくれといわんばかりのユーファに、ご丁寧にも毎回お礼を述べるロアン、さらにはspの尽きた私に青ポーションを売りつけるマーヤ……とまあ、それはそれは見事なコンボ。

お前らその連携を普段の戦いに生かしてくれよ、と思わずにいられない。

そもそも、なんでカプラサービスを使わずに歩いていくのか。
メインは場所を決めての狩りなんだから、移動くらいはさっさと済ませたいものであるのに。
それはパーティーでの行動に絶対の決定権を持つお姫様アコライト、ユーファの、

「それじゃ冒険にならない」

の一言によるものなのだった。
おかげで私は、慣れない野宿を何日も体験することになったのだ。
いや、私……このミッドガルドの住人たる『私』のキャラクター、ならばそれのある程度心得はあるのだろう。
しかし、『私』自身……現代日本人でただのプレイヤーに過ぎない『私』は、こと野外生活においては全くのド素人だ。ロアンには「何でも頼っていいですよ」などと言われたが、彼のその瞳の奥にはなにやらやましいものが見え隠れしていた。
それだけならまだいい。
「あの」ユーファにまで「たん、外での冒険は初心者なのね」と言われてしまうことがどんなに悔しいか。
己のレベルをわきまえず、グラストヘイムなんぞに無理言って連れて行ってもらった奴なんかに。


そんなわけで、そびえ立つゲフェンの塔を我が目にした時の感動といったら、アコライトに転職した時以上のものだったのだ。
この先もアニメのシナリオ通りだとすると、この不安なメンバーとのちに合流するタキウスとでゲフェンダンジョンに突入しなければならなくなる。
しかし…その前に、私にはやらなければならないことがあるのだ。

せめて、ラニメではなくROの世界で生きたい。
ご存知の通り、『私』の意識そのものは、Ragnarok Onlineのいちプレイヤーのものである。『私』の元いるべき世界は当然ここではない。
しかしこのだって、元々はアニメ鯖(ラニメのことね)ではなく、普通のゲーム用のサーバーにいた存在なのだ。
せめてだけでも、元の世界に返してやりたい。彼女とはそう長い付き合いではないが、そこまで愛着を持つまでには『私』はこのゲームにはまり込んでいた。


日が沈む様子を眺めながら、私たちはゲフェンの街へと入っていった。


翌日。

「マーヤ」
「ん?なあに、お姉ちゃん」
「マーヤもGD行くでしょ?」
「じーでぃー…?えっと、お兄ちゃんたちと一緒にダンジョンには行くよっ」
私の発した単語に少々疑問を感じながらも、呼び止めたマーチャントは元気よく答えた。
「だったら、昼のうちに緑ポーションを仕入れておいて欲しいの」
「いいけど…なんで?」
「GD…ゲフェンダンジョンには、毒を持つモンスターがいるの。私もユーファもまだ解毒の魔法が使えないから」
……ホントはもっと難敵がいるはずなんだけどね。ハンターフライという超絶ASPDを誇る赤蝿が。
ともかく、両手を顔の前で合わせると、マーヤは快く返事を出した。
「分かったよお姉ちゃん、じゃ今日は緑ポで大もうけだねっ!」

マーヤは嬉しそうに、跳ねながら市場へと駆けて行った。
その背中を見送り、私は彼女とは反対の方向に歩いていく。

目の前には、高くそびえる塔が一つ。
ゲフェンタワーの最上階、『魔術師ギルド』と呼ばれるそこを目指して、私は一人静かに入っていった。
……が。


「アコライトが何の用だい?」

それは塔に入る寸前に聞こえてきた。
振り向くと、そこには犬を連れた女性が一人、立っている。
周りにちらほらと見える魔術師達は、彼女の姿を見て少し驚いているようにも見えた。
うん、分かる。
この人たちも、アニメとゲーム、両方にいるのだ。それなら、何かが分かるかもしれない。

この世界のこと、ゲーム側の…『Ragnarok Online』の世界のことが。

「お犬様……じゃない、マリアさんにカトリーヌさん。ちょうどお聞きしたいことがあったんです」
「おや、私たちのことを知ってるのか?」
口を開いたのは、女性ではなく何と犬の方。
しかし『私』は驚きはしない。
この犬……じゃない、マリアさんは魔術師ギルドのとっても偉い人(?)なのだ。
おまけに犬であることをからかうと、ゲフェンダンジョンに強制ワープさせられてしまう。

……まあ、今はそんなことはどうでもよろしい。
とにかく私は、彼女たちに向かいことを話し始めた。
ただし、一部を除いて、だ。さすがに『私』が三次元の世界からやって来たプレイヤーだ、などと言えるわけがない。

だが、収穫は大してなかった。

「何を言ってるんだ、この世界はこの世界だよ。それとも何かい、あんたはこの世界とよく似た並行世界からやって来た…とでも?」
「……まあ、言ってしまえばそうです」
「にわかには信じがたいが、あんたが嘘を言っているようには思えない……」
「あ、それはもういいんです。この世界のことは、自分でも色々調べてみますから…それで、私が聞きたいのはとあるウィザードのことなんですが……」

軽い落胆を覚え、私はやっと本題に入った。
実は、まだ『私』は、『私』以外のプレイヤーがこの世界に入り込んでしまっているのかもしれない、という可能性を捨て切れないでいた。
そもそも、『私』が──ゲームのキャラクターであるはずの『』が、アニメ側の世界にやって来ていることすらどこか不自然なのだ。きっとどこかで、二つのラグナロクは繋がっている……それは私の僅かな希望ですらあった。

私はマリアさん達に、知り合いのウィザードのことを聞いてみることにした。『彼女』は、『私』の所属するギルドのマスターでもある。当然、『彼女』はここで、ウィザードへの転職をおこなったのだ。
ウィザードの名前と特徴を細かく話す。しかし、やはりいい返事はもらえなかった。
「ウィザードと言っても何人もいるんだ。赤毛の女だというだけでは特定できないわ」
「そうですか……」


ぺこりと頭を下げると、私はとぼとぼと塔を後にした。
ともあれ、これで私がゲフェンにいる必要は無くなったわけだ。

もうこのままばっくれちゃおうかな〜……どうせGD狩りもイルガたんとジュディアさんが来て助かるわけだし……
と、そこまで考えて。
やっぱり行こう、そう思い直す私がそこにいた。


萌えアサシンを生で見るチャンスを逃す手はない。
自分で言った言葉で思い直すとは、私もまだまだね……
そう思いつつ、私はマーヤを探しに市場へと駆け出した。
イルガたちが来るのは明日。今夜の突入を何とか切り抜けたのちの再度挑戦時だ。なら、今日ではなく、明日に備えて準備をしておいた方がいい。

とりあえず、ファイヤカタナは今のうちに買わせておこう。
そして私は、今夜の突入を辞退し、明日に万全の体勢を整えられるように調整すべきだろう。
「やっぱり、この間のエル買っとけば良かったかな……」
遠くに見える鍛冶屋の煙を横目に、私は露店めぐりを開始した。


今回は、ちゃんと買っておこう。




短いですが、キリがいいのでここまでで。今回はちょっと本編から外れたところです。
ちょっとずつ世界の謎(?)というか、ゲームに戻るにはどうしたら…
というのを小出しにして行こうかと思います。
そんなわけでGD突入一回目はパスして(笑)次回はイルガ兄さん登場です!

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