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枝騒動の翌日。 プロンテラ中央西に宿を取り、その日の疲れを癒すべく、眠る。 目を覚ましても、やはり見慣れた『私』の部屋に戻っているなんてことはなくて──── 私、は、人知れず溜息を吐いた。 目が覚めたらラニメの世界だった。 〜03:とどめラッキーヒット〜 「あああっ!エル安い……っ」 翌日もプロンテラ大通りは大賑わいを見せている。さすがは首都とでも言わんばかりだ。 そんな『人が集まるところ』なので、自然と商店も活気付いている。 「どうだいアコさん、安くしとくよ!」 「う〜」 そして私は今、気晴らしにと出かけた露店にて、大変困ったことになっているのだった。 買い物したい。 私、の財布には、この世界に入る前に『私』が徹夜で狩りをしたその稼ぎが全部入っていた。どうやら意識を失う前に精算だけはきちんと済ませていたらしい。さすが『私』、抜け目がない。 しかしそれを幸運と言うのかどうか。それはまだ分からないのだ。 ここはゲームの世界じゃない。 ここで買い物をしてしまって、万一元に戻れた時に『金だけ使ってアイテム持ち越せませんでした』……みたいなことになってしまったら一大事だ。 ううう、でもこのエルニウムは安いよなぁ…… 確か一週間ほど前に価格調査した時り5kほど安い。はっきり言って買いだ。 まだまだ防具精錬の心もとない私にとって、これはチャンス。い、いやしかし。 「……ちゃん…」 「う〜ん、でもカード代も貯めときたいし〜……」 「お姉ちゃんっ」 「エルダcなら私でも手が届くんだよね……ちょうどsサクレも……あ〜……」 「も〜、お姉ちゃんってばぁー!!」 「!!え、えっ!?」 いきなりずしりと背中が重くなる。 見れば、私の背には金髪の少女がおぶさって……というか、ぶらさがっている。 「な、何!?」 「えへへっ、やっと気付いた。ねーマーちゃんのとこも見てってよぉ〜」 「ええ〜……」 目が合う。 自らをマーちゃんと呼ぶ少女は、なるほど確かにマーチャント……商人の格好をしている。 しかしそれにしてはやけに幼い風貌と、くりくりっとした大きな目玉とあいまって、「実は商人のコスプレしてるただの子供じゃねーの?」とも思えてくる。いや、私のもコスプレみたいなもんだけど。 「え、ええと、何があるのかな……?」 引きつり笑いをしながら少女を下ろして聞いてみる。 既に先程まで話していた別の商人は、『こいつは買う気が無い』と判断したのか、別の客を相手にしていた。 少女は私の言葉を聞き、それはもう嬉しそうにカートの中をごそごそと探る。 「えっとねー、これなんてどうかな?お姉ちゃんきれいだから絶対似合うよ!」 そう言って自信たっぷりに少女が取り出したもの、それは…… 「……ナンデスカソレハ」 「え?何って……ガスマスクだよっ!」 なんともあっけらかんに笑う少女は、その手に似合わない無骨なフォルムのマスクを持っていた。 それはまるで、一度装備したら死ぬまで取れない、常に口から「シュコーシュコー」と呼吸音が聞こえてきそうな物々しい外見の──ガスマスク。 「こ、こんなのいらないしっ!」 「ちぇーっ、かっこいいのになぁー」 「まったく……それより、もうちょっと一次職でも気楽に使えるものとか消耗品とか……」 「うーん、それならー……」 そう言って再びカートをあさり始める少女。 もう何が出てきても驚かないぞ、と身構えた矢先、少女は少し恥ずかしそうにこちらを向いた。 「あのね……商品仕入れたいから、一緒に下水に行って欲しいな〜」 商いの世界は、かくも図々し……あ、いや。かくも要領のいいものだったとは。 「うーん……まあ、あいつらといるよりはいっか……」 「ホント?わーいやったぁ!!」 二つ返事をした私の周りを、少女はぴょんぴょん飛び跳ねる。 余程嬉しかったのだろう。 見たところ、下水でソロができるとも思えないし、まあたまには養殖するのもありかな、と思い、私は少女に付いて行くことを決めた。 「じゃあよろしくね。私は。って呼んでくれていいよ」 「うん、よろしくね、お姉ちゃん!」 少女はにっこりと満面の笑みを浮かべ、スカートの端をちょんとつまみ、首をかしげるようにして軽くお辞儀をした。 「マーチャントのマーヤです!マーちゃんって呼んで下さいです!」 「うん、よろし……」 そこまで言って、はたと気が付く。 マーヤかよ!! つくづく私はラニメの主要人物との遭遇率がなんでこんなに高いのか、そのことを少しばかり呪った。 まあ、とりあえず、だ。 「いい?まず私が一発殴るから、そいつを徹底的に叩く!」 「おっけいっ!」 「じゃあいくよ……<ブレッシング>!」 ブレスIAを二人分かけて、ひたすら下水で殴る。 うーん、養殖するのって気分いいね〜。ギルドの先輩プリさんもこんな気分を味わってたんだろうなぁ……そう思うと何だか感慨深いものがある。 しかし、至福の時はそう長くは続かなかった。 「ギャー!何コレ湧き過ぎ、修正されるね!!」 「きゃぁ〜お姉ちゃ〜ん!お姉ちゃんが〜!!」 そう、この時私は失念していたのだ…… プロンテラ地下水道──通称、下水。 ここの出没するモンスターは、おもに盗蟲などの昆虫系……ぶっちゃけ言うとゴキ○リ系ばかり。 そしてこいつらは、一匹が攻撃されていると次々と寄ってきて、同胞と戦っている人間を攻撃する修正がある、リンクモンスターだ。 VITに割り振っている剣士とかならともかく、弱っちいアコや商人が好んで入る場所ではないのだ。 いわんや、その外見をや。リアルで見ちゃったよ〜でっかいゴ○…… ……薄れゆく意識の中、私はこの時初めて、この世界に来たことを恨んだ。 しかし、悲劇はそれだけでは終わらなかった。 「ね、ねえお姉ちゃん……あ、あれ……」 震える手でマーヤが彼方を指差す。その顔には、驚愕を通り越して固まってしまいました、と書いてある。 必死に自ヒールしながらそちらに目をやる(どうでもいいけど、ゴ○叩くの手伝ってよ…)。そして見たのだ。 薄暗い下水の中に、まばゆき金色の光を。 「き……金ゴ○キターーーーーーーっ!!」 「あ、アイツ、強いの!?」 「強いも何も!ここのボスだしっ!!」 既に半分パニックになりつつある、私とマーヤ。 彼女の指差す先にいたものは、黄金蟲と呼ばれるMVP──ボス、のような存在のモンスターだった。 焦りを必死に抑えつつも、私は叫ぶ。 「と、とにかくハエの羽で飛んで!入り口のとこで再合流、ね!」 「う、うん!分かった!」 咄嗟の判断で、私はここを去ることにした。 マーヤも撤退させ、この場を後にする。幸いにも、黄金蟲は他の冒険者に向かっていっている。今のうちだ。 「<テレポート>!」 唱えると、私の体は淡い光に包まれ、次の瞬間には別の場所に立っていた。 「しかし……ここ、一階だよね……?なんでMVPが……」 その疑問に、答えるものはなかった。 しばらくの後。 私たちはまだ懲りずに、下水で超湧きにもめげず、養殖狩りを続けていた。 しかし、もうさすがに限界だ。さっきから頭がくらくらする。きっとこれがsp切れの感覚なのだろう。 「うぅ〜こうなったら……」 同じく横でゴ○にほぼ袋叩き状態の憂き目に遭っているマーヤは、何事かを呟くとピンク色の物体を放った。 あれは……ポリン? 確かに今出てきたピンクいのは、RO世界再弱のモンスターでマスコットキャラ(ド○クエにおけるスライム、ポ○モンにおけるピ○チュウ)として知られているポリンだ。きっとペットにしていたのだろう。 「ポイポイちゃん、お願いね!」 マーヤの指示通り、ポリンは大急ぎで去って行く。救援を求めに行ったのだろう……さすがはアニメ鯖、ペットと飼い主の別行動なんてものが実装されているとは。 ともかく、今は生き残って救援を待つことが大事だ。ゲームとは違って、ここでは死んでもセーブ地点に戻してくれる…なんてことは無さそうだし。 そして、救援は意外にも早くやって来た。 「こっちだ!……あれ?さん?」 「なんだ、やられそうになってたのってたんだったんだ……」 何気に失礼なことを言うこのお姫様を連れたデコ剣士。 救援はロアンとユーファの二人だった。 あっさりとゴ○の群れを撃退したロアン。もちろん、姫様の支援はてきとー極まりないものだ。 さすがは肉壁というか、主人公補正というか、チートというか…… 「ともかく助かったよ、ありがとう」 「お兄ちゃん怪我してない?ポーションあるけど買う?」 一応お礼を言ったが、マーヤは全くマイペースなもので、支援アコ二人がいるこの状況であえてアイテムを売りつける。 その根性にはお姉さんもびっくりだ。 私を除く三人は、初対面ということもあり、お互いに自己紹介した後で行動を共にすることになった。 これで生存率も大幅上昇する。剣士様々だ。 ところが、現実はそう甘くは無かった。 「そっちへ行ったぞ!」 何やら声が響いてきた。かなり緊迫した様子の…… ふとそちらを見遣る。と。 「金ゴ○またキターーーーーーーーっ!!?」 思わず叫び声となって外へ放出される、私の驚き。 そう。 どうやら先程見た黄金蟲が、再びこちらへやって来たのだ。 その背後には、たくさんの冒険者も見える。おそらくここまで追い詰めたのだろう。 だが追い詰めた先に、(彼らからしてみれば)ヒヨっ子同然の一次職パーティーがあるとは予想していなかったに違いない。 「ユーファ!」 叫ぶと同時にロアンが走る。 彼の背を追うように、ユーファが支援魔法をかけた。 「<ブレッシング>!!」 スキルがかかると同時に、ロアンは一旦こちらを向いてポーズを取る。 はっきり言ってそんなことしてる余裕は無いっつーの。 「ロアン!一人じゃ無理よっ!!」 私は慌ててロアンの後を追った。 剣士一人ではあまりにも無謀すぎる。 それに、彼は見えていないのだ。 黄金蟲の後ろで、未だ攻撃を加え続けている他の人たちがいるのを。 「うぉおおおおおっ!!」 そんなことを知らずに、ロアンが吼えた。 ちょうど運良く、敵は向こうの攻撃に気を取られロアンから目をそらしていたのだ。 一瞬の隙をついて、ロアンは蟲の腹に剣を突き立てた。 「た、た、倒した……」 それは、あまりのことに呆然とするしかない事実だった。 ロアンの一撃が、なんと止めを刺したのだ。 横殴りで、とどめ…… 「おめでとう!」 「やったな!」 「え……」 しかし、他の人たちは怒りもせず、ロアンを称えていた。なんて人が良いんだろう。 まあでも、本人が気にしないなら、いいんだけど。 ともかく、なんでこんな浅いところにボスモンスターがいたのか、その謎は解けなかったけれど、それもきっと何かの『仕様』なのだろうと割り切ることにしよう。 「あれ?これ……」 そして、そんなことを呟きながら黄金蟲カードを拾い上げるロアンが目に入り、私は一瞬、彼に殺意を覚えた。 なんて運の良い野郎だ。 |


初ボス初MVPでカードドロップなんてよっぽどの確率です。
アニメとは微妙に展開が違いますが、これが私の精一杯の譲歩です。
だってありえなさ過ぎなんだもん……