「ユーファ……よくそんなバナナばっかり食べられるね」
「え、どうして?おいしいのに」

いや、おいしいとかそういう問題でなくて。
主食にしちゃうのはいかがなものかと私は言っているわけなのだが、どういうわけだかこのお姫様……いや、姫アコはそんな空気は全く意に介さない。
加えて言えば……そんなユーファのバナナを食す口元を、ロアンが顔を赤らめて凝視している。

私、どっちかいうと牛乳派なんだけどなぁ。


目が覚めたらラニメの世界だった。
 〜02:正しい古木の枝の使い方〜


突然『Ragnarok The Animation』の世界に紛れ込んでしまった『私』──いや、私ことは、どういういきさつでか、アニメの主役パーティーでもあるロアン達一行と昼食をとっていた。
このプロ────いや、ゲーム中使われる通称で呼ぶのはよそう。『ルーンミッドガッツ王国首都・プロンテラ』、ここでは確かに、アニメやゲームでは見ることのできない、一般市民たちの生活が営まれていた。

先程から、タキウスによる不穏な波動電波講座が行われている。
私はというと、頼んだ質素なランチプレート(肉少なっ!)をつつきながら、ぼんやりと考え事をしていた。


ラニメ。
『私』はこのアニメの物語を、結末を知っている。
さらに加えて言えば、この話の登場人物たちがどれだけマヌケな行動をしまくっているのか、も。
制作側はゲームのことをなんにも知らないんじゃないか、とギルド内ではもっぱらの噂だったのだ。

まあ、ぶっちゃけ言ってしまうと。


こんな所にいたくない。


「……あー、私ちょっと行きたいところがあるから」
静かに席を立つと、三人の目(一人は目隠しだけど)が一斉にこちらを向く。
ユーファはつまらなさそうに、タキウスは話を中座されて少々むっとしたように。
そして、ロアンは興味津々に「僕も付いて行きます!」とでも言わんばかりの顔で。

さん、どこ行くんですか?よかったらお供しますよ!」
……やっぱり。
「いい、いらない。一人で行きたいから」
さらりとかわし、笑顔で手を振ってその場を後にする。
ロアンがしばらくこちらを見ていたが、その直後にユーファに何事かを詰め寄られて、私の後を付いて来ることは無かった。



「さて、どうしたものか……」

露店の立ち並ぶプロンテラ大通りを歩きながら、私は一人頭をひねっていた。
この世界から出ようにも、手段が無い。そもそもログアウトできないのだ。
Escキーもダメ、Ctrl+Alt+Deleteもダメ、コードを引き抜くなんてもってのほか。
私の目の前に広がるのは、パソコンのディスプレイではなく、嫌になるほどの精巧でリアルな、この風景。
「あーあー、パソ触りたいよーアコ服窮屈ーせめてゲーム版の方ならー……」
ぐちぐちと言いながら人ごみの中を歩く私は、見る人が見れば相当おかしな奴だと思われただろう。
しかし、この人の多さでほとんど目立たない。
それを幸いに、私はまだ続けていた。
「っていうか人多すぎ……何これ過疎鯖使ってると思ったのに!」

ついに耐え切れなくなり、人の波に酔ってしまう前に、私は適当な路地へと身を潜めた。


昼だというのに少々薄暗いそこには、何人かの人影が集まり、何かを話し込んでいた。
中央に、女──格好を見るに、ローグなのだろう。
そして両脇に控えるようにして、二人の男が立っている。
一人は、酷く痩せたブラックスミス。もう一人は、逆に太ったシーフ。

女は手に、小さな棒のような物を持っていた。
それをおもむろに地面に落とし、上から────


「あーっ!!」
「ん!?」
「げっ!!」

思わず私は声を出していた。
目が慣れてきて、だんだん見えてきた彼らの顔……これまた、ラニメの登場人物。
準レギュラーの三人組だったのだ。

そして、つい今しがた女が落としたものこそ。


「枝っ! 枝を使う気だな!!」
「ちっ、ばれちゃしょうがない…おいお前達!ここは一旦……」
「わーっ、リアル枝ってこんななんだー!何が出るかな、何が出るかな?」
「……アンタ、止めないのかい?」


思わず興奮して見入ってしまった私を、ローグは怪訝そうな顔つきで見つめた。
彼女が使おうとしていたのは、『古木の枝』。使うとランダムにモンスターを一体召喚できるアイテムだ。
召喚、といっても、出てくるのは通常のモンスターと変わらないから、モンスターが現れた後は、そいつを倒すことになる。
『私』がよくいたモロクでも、たまに枝祭りが行われていた。

……たまーに、高レベルモンスターが出て、全滅の憂き目に遭ったりもするんだけど。


ともかく私は、呆れた顔をするローグ達三人に向かって言った。
「別に止めませんよ。枝なんてよくあることだし。いいの出るといいですねっ!」
にこりと笑み、再び枝に注目する。

……あれ?

こんなシーン、どこかで見た気が……

「なんかよく分かんないけど、アンタ面白い奴だね。気に入ったよ。……それじゃ行くよっ!!」
そんな私の疑問などに気付くはずもなく、三人組みはあらためて、古木の枝を折らんとした。


ぱぎりっ……


そんな微妙な音を立てて、枝が踏み折られる。
ああ、思い出した。あのシーン。
でも、出てくるのはアレだし、二次職二人もいれば大丈夫だよね、多分……


煙が立ち昇り、召喚モンスターが姿をあらわす。
ゼンマイを体に巻いた、砂時計のような体型。
アルデバランの時計塔ダンジョンに出現する『時計塔管理者』だ。
しかし、これは予想以上に……

「で、でかいっ!?」
私を含む四人は、その巨大なモンスターを揃って見上げた。
あまりの巨大さに、時計塔管理者が少し動いただけで、周囲の建物が破壊されていく。
「あ……そうか、ゲームじゃないから、モンスターが来たらこうなっちゃうんだ……」

私のその呟きが、彼らにとっての合図となった。


「ひぃぃーっ!!に、逃げろぉーっ!?」
「ま、待ってくれよ姐さぁーん!!」
「え?ちょ、ちょっと!?」


何と言うことだろう。
彼らは枝を使い、モンスターを出すだけ出しておいて、すぐさま撤退を始めたのだ。
だからアニメの管理者戦には出てなかったんだな、あいつら。

幸か不幸か、路地を出てすぐの場所は店を開く商人達で賑わっていて、モンスターは逃げてゆくそちらを見るのに気を取られこちらまでは攻撃の手は届かない。
しかし、安心してはいられない。
これがゲームなら、プロを溜まり場とする高レベルギルドやらパーティーやらが集まって、管理者程度ならすぐさま撃退してくれるだろう。

しかし、ここは『Ragnarok The Animation』だ。
そんなことしてくれる人たちはいない。
主役である一次職、剣士のロアンを活躍させるために。


もちろん、一次職である彼らが管理者相手に苦戦することは必至だ。
ならば、少しでも戦力は多い方がいい。

私は管理者の暴れている中央広場へと駆け出した。
っていうかなんで協力しないのよ、ここの二次職は!!


「<フロストダイバー>!!」


駆けつけたその時、ちょうどタキウスの魔法により時計塔管理者の巨躯が氷に包まれる。
よしっ、いいぞタキウス!とりあえず実力はあるみたいだ!

そして今のうちに私が支援魔法を……かける!……だってユーファは姫アコだから。
「<ブレッシング>!」

祈りを捧げるポーズで、まずは自分に『祝福』の魔法をかける。
これは実は結構重要なことなのだ。
アコプリの支援スキルは、一定時間が経つとその効果が消えてしまう。しかし、他人にかけた魔法がどれくらいで切れるか、いちいち時間を見て確認などしていられない。
だから最初に自分にかけておくと、自分のスキル効果が消えたその直後が、仲間にかけたスキル効果の消えるとき……というわけだ。

私は再度祈りを捧げ、凍ったモンスターに斬りかかろうとするロアンに支援をかけた。
「<ブレッシング>!!」
ロアンは一瞬光に包まれ、剣を握る手に一層の力が込められる。
<ブレッシング>──祝福の魔法は、人に普段以上の力を与えるスキルなのだ。

ロアンの剣が、氷に包まれた管理者をとらえる。
そして、そこから小さく入ったひびが、どんどん大きくなっていき、そしてついに────


ピキ…ピキッ……

そんな音とともに、タキウスの張った氷の結界は破れ、再び時計塔管理者はその姿を現す。


……って。
「ああー、バカ!ロアンバカ!!」
思わず叫ぶ。
むやみに氷を割るバカがいるか!!

あーあー、いるよねこういう奴。なにもこんなところだけリアルに再現しなくても……
とまあ、そんなことを思っているうちに、敵が攻撃を再開する。
そのとばっちりは、後ろの方で詠唱中だったタキウスが食うことになった。

……きっと水属性になった管理者にライトニングボルトで大ダメージ……の予定だったんだろうなぁ。
しかし同情はできない。

目隠し買う前にフェン買えよ!


そう言いたかったが、これでも彼女も貴重な戦力だ。
「<ヒール>!」
駆け寄ってタキウスに治癒をかける。たいしたダメージではなかったらしく、外傷はそんなに見えないが、なにせマジ子の体力だ。そんなに耐久力があるわけでもなかろう。
「タキウス、大丈夫?FDしてもすぐ割られちゃうから、ボルトで……」

彼女を起き上がらせ、顔を確かめる。
その目には、装備されていたはずの目隠しはなく、代わりに深い色をたたえる綺麗な瞳が二つ……
「た、タキウス…さん……?」

こ、これはもしかして。

「目隠し!目隠しがないと!だめなのわたくし!目隠しがないとだめなの!!」


あああああ、やっぱりぃぃぃぃぃ!!


こ、この糞マジ!
目隠しがないくらいでガタガタ抜かすな!!

と心の中だけで言っても、タキウスはこちらの世界に戻ってくる様子はとんと見せなく。
「しょうがない、とりあえずこれで……」
私にはまだ、異常状態から立ち直らせるスキルはない。
まあ、『これ』がキュアーやリカバリーで治せるものかどうか、怪しいもんだが。
ともかく私は、懐からハンカチを取り出すと、タキウスの目をそれで塞いで路地裏に押し込んだ。
これでもないよりはマシだろう。

こんなことをしているうちにも、ロアンが管理者とほぼ一対一で戦っているのだ。
まったく!市内での枝テロくらい、横殴りしたっていいんだよ!?
「<速度増加(インクリース アジリティ)>っ!」

再び、ロアンに支援スキルをかける。
……といっても、所詮一次職、アコライトができるのはここまでだ。
アンゼルスを取っていればもう少しスキルはかけられるのだろうけど……私のアコ育成計画ではそれは後回しになっている。どうせキリエのために2レベル止まりだしね。

ともかく、<速度増加>のかかったロアンは、先程よりも動きが俊敏になる。その速さで敵を撹乱して……ああ、やっぱ剣士一人じゃきついか。
タキウスがファイヤーウォールでもかけられればいいんだけど、残念ながら彼女は既に戦線離脱。
やっぱ馴染みの目隠しじゃないとダメなのか……がっくしだ。


結局、駆けつけたプロンテラ騎士団の協力によって、時計塔管理人は倒されたのであった。

それまでに破壊された建造物などを見て、私は「枝は街中で使わないようにしよう」と決意するのだった。
…………それを生かせる日はくるのかどうか、この状態では如何ともしがたいところだが。


「……」
「ユーファ……もう終わったよ?」
「え?…あ、そ、そうね……」

この戦闘の跡をぼーっと見つめるユーファに、私は心の中で「なんかしろよ!」と吐き捨てたのは、言うまでもない。




これを書くために、友達から「氷を割るとは一体どういうことなのか」を詳しく聞き込みました。
ロアンは馬鹿だということが分かりました。
それはそうと、早速ヒロインさんが火病りかけているのが気が気でなりません。

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