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朝。 小鳥のさえずる音で目を覚ます。 柔らかいベッドからむくりと起き上がると、朝の薄あかい日差しが目を直撃する。 思わず手をかざし、窓のひさしに手をかけ────気付く。 目が覚めたらラニメの世界だった。 〜01:プロポタ一丁!〜 おかしい。 『私』の暮らすワンルームマンションは、きつい西日の差し込む立地条件のかなり良くない場所にある。 おかげで夏場などはカーテンを掛けっぱなしにしてあるのだ。 そして、西向きに窓のあるこの部屋に、東からの朝日など昇ってくるはずが無い。 ならば今は朝ではなく夕方なのかというと、それがそうでもないらしく、漂う空気は至って爽やかな朝のものだ。 「…………まさか」 『私』は、今度は今まで体を横たえていたベッドに目をやってみた。 簡素ながらも清潔な、ビジネスホテルのシングル並の大きさの白い木製ベッド。 これまたおかしい。 『私』の部屋のベッドは少し高い位置にあるパイプ式のベッドで、シーツはストライプ柄のはずだ。 さらに慌ててベッド以外のところも見回してみる。 フローリングの綺麗な床と、備品らしきチェスト以外に目立ったもののない、片付けられた小さな部屋だ。 青色のカーペットの上にゲームや漫画、仕事の書類などが散乱している『私』の部屋とは大違い。 「えーと……」 違いは、他にもあった。 ゆっくりと、自分の体を見下ろしてみる。 柔らかいが、しっかりとした生地でできた、白いゆったりとしたローブのようなものを着ている、『私』…… こんな服持ってないぞ。 『私』はいつも、仕事から帰ってきたら着替える間も惜しんでパソコンのスイッチをつける。 そしてわりとかっちりめのスーツ姿のまま、ログイン作業を済ませ、その合間にコンビニで買ってきたカップラーメンにお湯を入れる。 そして昨日は……確か昨日は、「明日から有給」という嬉しさのあまり、寝る間も惜しんでパソコンに向かい──── 「……そして気が付いたらここにいた、と……」 呟き、さっと青ざめる。 一体ここはどこなのだろう。 窓の外を見てみると、まるで日本の住宅街とは思えない様相を示している。 カートを引いた人たちが、街道に沿って露店を出していた。 「とりあえず、顔を洗って来よう」 混乱した頭のまま、『私』は洗面所へと向かった。 そして取り付けられた鏡を見た瞬間、『私』は更なる驚愕の事態を知ることになるのだった。 「────────っ!!!」 上手く声が出ない。 「かっかっ、顔が……っ」 絞り出すようにそれだけ吐き捨てると、ようやく呼吸ができるようになり、『私』は息を荒げたまま『私』の──そう、鏡に映る私の顔を、正視した。 普段会社勤めなどしているため、『私』は髪を短く切り揃えている。 そこは由緒ある大きめな会社で、『私』は真面目な社員であるため、当然染髪などの行為はしていない。日本人らしい、真っ黒な髪の毛だ。 しかし。 鏡に映る私は、昨日まで見慣れていた『私』の顔ではなかった。 成人女性としてはわりと平凡だった顔つきは、まるでどこかの国のお姫様のような可憐な少女のそれに。 日に当たってもなお黒かった短い髪の毛は、後ろで一つにまとめられて、鈍く光るサークレットを付けた明るい金色に。 おそらくスーツ姿のまま、パソコン前で眠ってしまったであろうその服装は、露出度の低い白く清楚な修道服のようなローブに。 この格好をした人……いや、正確には『キャラクター』を、『私』は知っていた。 「…………アコたん……」 思わず、その『キャラクター』の総称、その愛称が口をついて出てくる。 そう。 この格好は、『私』が今最もはまっているゲーム、『Ragnarok Online』の、アコライトと呼ばれる職業のキャラクターがする格好であった。 まさか。 まさかまさか。 「これが俗に言う『目が覚めたらROの世界だった』ってやつですか……」 さっきからあまり回転数の上がらない頭を総動員させて、論を急いでみる。 この髪型にサークレット、そして服装は、紛れもなくアコライト……しかも『私』の使うキャラクター、『』だ。 やはり『目が覚めたらROの世界』に来てしまった人は、その人の使っていたキャラになってしまうのだ。 ……と、感慨に耽っている場合ではない。 ここに来てしまったのが私──『』だけなのか、それともそうでないのか。 「みんなを…探さなきゃ」 もしかしたら、ギルドの他の人たちも私と同じ目に遭っているのかもしれない。そう考えると、いてもたってもいられなかった。 私は部屋を飛び出し、廊下を渡って階段を駆け下りた。どうやらここは二階建ての宿のような所だったらしい。 「それにしても、ここ、どこなんだろう……?」 意識がなくなる前、確か『私』はギルドの溜まり場のあるモロクの宝石商人の近くにいたはずだ。 しかし、窓の外を見た限りでは、街の地面は石畳が綺麗に敷き詰められていて、砂漠の街といった感じは全く無い。あの地面の模様は、もしや──── と、建物の入り口の前に、一人の女が立っていた。 動きやすそうな服装をして、手にはなにか応急処置用のキットのようなものを持っている。 あれは、もしかして。 「……ナミさん?」 「あら?あなた、昔私の手助けをしてくれた子ね?まあ!アコライトになったんですね、おめでとう!」 私がナミさんと呼んだ女性は、そう言ってにっこりと微笑む。 そうか、やっぱり。 この人は、ノービス時代の貴重なスキル、<応急手当>を教えてくれるNPC。 そして、ナミさんの存在で分かったことが一つ。 ここはプロンテラ、左側の宿屋だということ。 なんでこんな所に! 挨拶もそこそこに宿を出る。 参った……なんでモロクにいたのにプロくんだりにまでやって来ているのか、このアコさんは。 いや、そもそもどうやってここまで来た?いや、もしかしてこの世界での私は最初からプロにいたということになっているのだろうか? 私は考えることをすぐに放棄した。 なにせ、ギルメンを探そうにも、自分が何故こんな所にいるのかを検証するにも、手段が無い。 私の左手は無意識のうちに、Alt+G──つまり、ギルドウィンドウを開こうとしていた。けれど、左手は虚しく空を切るだけ……そんなことできるわけが無いのだ。 「ああ、どうしよう……」 幸いにして、声を出すことはできる。 これでともかく連携時の文字入力によるタイムラグはなくなるな、などと、軽く現実逃避に陥っていたところ。 私は、唐突に『事件』に巻き込まれることになったのだ。 「そこのアコライト、待ちなさい」 「え?はい?わ、私のこと?」 声に振り向くと、そこには目隠しをしたマジシャンの格好をした女性が立っていた。一次職のくせにどこで手に入れたんだ、そんなレア。 目隠しのおかげで目元はよく分からないが、女性はすっと通った鼻筋と形のいい顎の持ち主で、一見して美しい外見だということが見て取れる。 彼女は私に声をかけた後、さらにつかつかとこちらに歩み寄り、言った。 「あなた……2日前にゲフェン東の森で、わたくしにモンスターを押し付けていった人ですね。わたくしはあなたを探していたのです」 「……はぁ?」 「冒険者としてのルールを守らないのは最低です。でなければ、あなたも不穏な波動に囚われてしまいますよ」 ちょ、ちょっと待て。 確かに、モンスターを他人に押し付けて逃げる行為──いわゆるMPKは、マナー違反だ。 しかし、2日前のことを根に持ってプロンテラまで追いかけてくる、普通!? しかも、何故こんなに断定口調なのだろう。それに、不穏な波動って……一体どこから電波を受信したのか。 こんな奴が同じサーバーにいたなんて、信じられない…… 「待ってよ、それ、私がやったって証拠はあるの?」 驚き呆れていたのも束の間、私はマジシャンに聞き返した。 私……『私』は2日前は、いつものごとくピラミッドでちまちまとソルスケさんを狩っていたのだ。ゲフェンなどに行った記憶は無い。 しかしマジシャンは強かった。 「証拠?……気配で分かりますよ、独特のにおいでね……」 「……はぁ……?」 も、もうだめだ。 私は頭の配線のどこかがぷちんと言う音を聞いた。 「あのね、そんな適当な理由でハイそうですかってMPK認められるわけないでしょ!だいたい、私は2日前はモロクにいましたし、あなたのようなマジさんにも会った覚えはありません!」 「わたくしはタキウス。マジさんではありません」 口早にそう捲くし立てても、やはりマジシャン──どうやら『タキウス』というらしい──は私の言うことなどただの言い訳程度にしか捕らえていないらしく、さらに電波な発言が飛び出し──── かけたところで。 タキウスと名乗ったマジシャンは、突然に顔の向きを変える。 瞬間、まるで私の存在などはじめから無かったかのように。 彼女の視線(?)の先には、三人組の男女がいた。 「そう、わたくしはずっと、あなたたちの後を追ってきたのです。あなたたちは山脈で狩りをしていたわたくしの収集品をうばっていったのです」 おいおいおい。 この女、どこまでしつこいのか。 私は三人組にまたさっきのようなマナー議論を押し付けているタキウスの姿に恐怖を覚えるとともに、既視感をも覚えていた。 この人、どこかで見たような…… 「冒険者のルールを守らないのは最低です!」 またもさっきと同じようなセリフを吐くタキウス。 そう、確かに私はこの女を知っている、はずなのだ。 もちろん、この鯖内ではない。ログイン中にこんなのに出会ったら、それこそ強烈すぎて忘れるはずもない。 この諍いは、割って入った剣士とアコライトの二人組みと、ペコ騎士によって一旦止められる。 三人組は退散し、私はなし崩しに彼らと食事を共にすることになってしまった。 そして私の記憶は、そこでやっとタキウスのことを思い出す。 タキウスに続き、後からやって来た二人が名乗る。 剣士の少年の方はロアン、アコライトの少女はユーファとそれぞれ名乗った。 「それで、あなたのお名前は?」 ロアンが私に注目……というよりは、私の胸に注目した。それを横目でユーファが睨みつける。 コイツ、下半身直結か……まためんどいのに出会ったものだ。この乳、どうせドット絵の偽乳なのに。 そして、ユーファはユーファで見るからに姫アコ。 まさに最悪の厨房博覧会である。 ……と、いつまでも口を開こうとしない私を不審に思ったのか、いつの間にか三人の視線が集中していた。 私は気を取り直し、あらためて自己紹介することにした。 「私は。よろしくね」 嘘だ。本当は意地でもよろしくなんてしたくない。 だって、思い出してしまったのだ。 こいつらは、ROの……Ragnarok Onlineのプレイヤーキャラクターではないことに。 そう。 『私』が紛れ込んでしまったのは、『Ragnarok Online』ではなく────『Ragnarok The Animation』の世界だったということに────!! 「さん!素敵な名前ですねっ!」 「よろしくね、たん」 何が悲しくて姫に私のギルド内でのあだ名を呼ばれにゃならんのだ。 『私』に降りかかったこの試練は、世のどんな『目が覚めたらROの世界』にいた人たちよりも重いものだと実感する昼下がりであった。 |


唐突に始まった連載。Ragnarok The Animationです。
マイナーですっ!そしてヒロインさんはめちゃめちゃ嫌がってます(笑)
多分私もこんな状況嫌になります。