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星が還る場所 アンゼロット宮殿。 今、ここに残っているのは世界最後のウィザード達。彼らはこれより、一人の魔王と共に、決戦の時を迎えようとしていた。 天空に突如として現れた二つの月。それらが重なる時、『常識』という名の世界を守る結界は完全に常識外のもの……すなわち、ウィザードやエミュレイターを消し去ってしまう。ただ一人、二つの月を生み出した大魔王ルー=サイファーを除いて。 そうなればもはやかの魔王に対抗する手段を持つものはいなくなってしまう。ここに残る魔法使い達は、彼女に対する最後の手段なのである。 それゆえ、作戦成功率は半分を切る、と世界の守護者は言い切った。 だから今のうちに、大事な人に別れを告げておけ、とも。 「柊さんはいいんですか?くれはさんとお話しなくても」 「あ、ああ……俺はいいよ。だって、俺は絶対還ってくるからな」 「……そうですか」 珍しく気遣いを見せるアンゼロットのすすめも断って、柊は一人、宮殿の一室に残っていた。 (……) 宮殿の窓から星空を見つめながら、柊は心中呟いた。 大事な人に連絡?そんなものはとっくにやったのだ。ベール=ゼファーの言により、世界結界が強化され常識の力が強まっている、と知ったその時、既に。 そして返事は来なかった。 は『勇者』と呼ばれる、ウィザードの中でもある種特殊な存在だ。世界結界がその力を維持するために生み出す、防衛装置。それが勇者。 結界が強化された現在では、そのための防衛力──達のような『勇者』は必要ないということか。 (ふざけんな) 拳を握り、窓を叩く。 これからの戦いに勝利し、無事に戻ってこられなければ、世界を救うどころかもうと二度と会えないのだ。そんな事態を許せるはずが無い。だから、別れの挨拶をする必要は無いのだ。 事件を解決してから、元通りになった世界で、元通り還ってきたと会えばいいのだから。 やがて、それぞれの用を済ませていた灯達が戻ってきた。 そして一行は、ルー=サイファーの待つ二つの月へ──…… 人目に隠れてこっそりと出した相棒、“神殺し”の力を持つらしい自身の魔剣を再び月衣にしまうと、柊は学校への道を急いだ。 戦いが終わり、世界結界も元に戻った。つまり、消え去っていた他のウィザードや魔法なども元通りになっている、ということだ。それならばもうすぐ、あの輝明学園の門をくぐる直前くらいに、会えるはずだ。 勝って還ってきた時再び会いたいと、彼が心から求めてやまなかった、世界を守護する運命を背負った少女。理不尽にも、その守るべき世界によって消えていた少女。 柊の大好きな、少女。 「……」 柊は少女の姿を探した。が、それらしき影は見当たらない。一抹の不安がよぎるその背後で、 「柊さーん、おはようございまーす!」 やけに明るい、懐かしい声がした。 「……!」 「…………え?」 振り返り、柊は人目も憚らずを抱き締めた。 「ひ、柊さん!?何かあったんですかっ!?」 「還ってきたぜ、……俺は還ってきたんだっ!!」 うろたえるをよそに、柊は少女を抱き締めたまま、感激に咽んでいた。周りにいた他の生徒達が何事かと足を止めたが、男女のうちの一人が柊蓮司だと分かると「なんだまた柊か」といったような表情で、何ごともなかったかのように再び歩き出す。 還ってきたのだ。自分も、も。 あんな事件があったというのに、何も無かったかのような顔をして、自らを生んだ世界の理不尽さにも気付かず、こうやって腕の中におさまってくれている。 このぬくもりが世界を救った証だ、と柊はの肩口に顔を埋めた。 はというと、わけが分からず抱き締められたまま、ぎこちない手つきで柊の頭を撫でては「お……おかえり?」と首を傾げていたという。 2008.03.08 |