貴方がくれるもの


貴方からのプレゼントを、石段に座って待っている。

なかなか来ない待ち人を想って、は何度目かの溜息をついた。吐き出される吐息が、白くくもってはすぐに消えていく。
「……寒い」
小さく呟いた声も、僅かに震えていた。
もう12月も終わりにさしかかった今日、空気は冷たく澄んで、の座る石の階段もまるで氷のようだ。
ふと、上を向くと、灰色の空から何か白いものがひらひらと舞い落ちる。
「雪……」
どうりで寒いわけだ。は肩に落ちてきた雪に視線を落とした。布地のコートにゆっくりと融けていく。
ホワイトクリスマスだな、と思うより先に風が吹いてきて、は腕を抱きぶるっと身を震わせた。
その時、やっと待ち人は現れた。


「おーい!」
遠くから呼ぶ声が聞こえた。コートも何も羽織っていないその男が身に纏っているのは、と同じ輝明学園の制服。それもあちこちボロボロで、ここに来るまでに何があったのか、普通なら想像もつかないだろう。
だけどは知っていた。彼──柊蓮司がそんな状態になってしまっている、そのわけを。
は立ち上がると、柊に向かって手を振ってみせた。
「柊さん!来てくれたんですね」
そして嬉しそうに、心から微笑んでみせる。一方の柊は疲れと申し訳なさの微妙に入り混じった、複雑な表情をしていた。
「悪ぃな、……かなり遅れちまった」
「そんな、いいんですよ。任務で忙しいのは分かってますし……こうやって時間をとってもらえただけでも」
「まあ、約束だったからな。クリスマス、一緒にって」
「はい!」
健気にも待ち続けていて、しかもそんな言葉までかけてくれるに、柊は僅かに頬が熱くなるのを感じた。先程まで走っていたことによるものではない、これは純然たる『照れ』というものだ。
それを悟られたくなくて、柊は頬をかきながらそっぽを向いた。


「あ、そうそう。これ、プレゼントです」
「おう、サンキューな。……で、俺からのなんだが……」
石段に二人並んで座る。石はやはり氷のように冷たかったが、先程よりはマシだとなぜだか感じられた。
が赤と緑の包装紙で綺麗にラッピングされたプレゼントを柊に差し出すと、彼は一瞬嬉しそうに顔をほころばせたものの、すぐにばつが悪そうに、プレゼントを手に持ったまま言いよどむ。
「……?」
「あー……その、悪い。実はプレゼント、選んでる暇がなくてよ……」
首を傾げるの前に出されたのは、デパートで売られているケーキの箱。しかもかなり小さめの。
「ケーキ、なんだけどよ。お前、甘いもんって大丈夫だったか?」
小さく呟く柊の声に、は満面の笑みを浮かべた。
「……はい!ありがとうございます、柊さん!」


それから、柊はがケーキを食べる様子を横で見ていた。
見られながら食べるのは嫌じゃないか、とも思ったが、彼女が気にしていない風なので、そのまま隣に座っていることにした。
プラスチックのフォークを片手にケーキを食べるの表情はとても幸せそうで。柊の顔にも自然と笑みが漏れてくる。
「そのサンタ、食えるんだぜ」
「あ、知ってますよ。砂糖菓子なんですよね……甘ーい……!」
「あれ?もったいないから取っておく、とか言わねえのか?」
砂糖で出来たサンタクロースを頬張る。ふと昔のとある出来事を思い出し、柊はぼそりとたずねてみた。するとはさも当然というように柊に向き直り、
「だって、柊さんからのプレゼントですよ。食べない方がもったいないです!」
「…………」
呆気に取られる柊を置いて、は再びケーキに向かった。が、ふとフォークを止めて言う。
「そういえば、柊さんはケーキ、食べないんですか?」
「え、ああ、俺はここに来る途中で食ったから……だからいいんだよ」
視線をそらす。そういえば、前にもこんなことがあった。そして同じように聞かれて、同じように答えた。
本当はひとつしか買ってなかった、というのも本当だ。

だけど、そこからが違った。

「駄目ですよ、クリスマスにはケーキを食べないと!……はいっ」
が笑顔と共に、ケーキのひとかけらが刺さったフォークを柊の口元に差し出していた。
もしも甘いものが苦手だったとしても大丈夫なように、クリームのついた部分は器用に避けて。
だが柊は、別に甘いものは嫌いなわけではない。だから、フォークは受け取らず。
「あー……じゃあ、一口だけもらうわ」
「はいっ、どう……ぞ……?」

沈黙。
差し出されたフォークを持つの手を柊は掴んで押しとどめた。
かわりに、彼女の口元についているクリームを舐め取ってやる。信じられないくらいの甘いくちどけが、舌の上でとけていった。
「……あぅ……なっ……」
「俺、別に甘いもん嫌いじゃないぜ。だから気ぃ使わなくていい」
あとには、真っ赤になって固まっていると、こちらも赤くなりつつもそんなくさい台詞を言ってのける柊が残された。
そして少しの間があいて。
「私も……甘いものは、嫌いじゃない、です……」
そう言って顔を上げるの言葉が、合図だった。
ケーキよりも甘いものが欲しい。二人ともそう思った。そして。


貴方がくれるものは、それは、
サンタの形の砂糖菓子の乗った、クリスマス用のショートケーキ。
ゆっくりと流れていく、優しい時間。
そして、ケーキよりも甘い甘い、くちづけ。

みんな、大切な人からのプレゼント。
だから、残すなんてもったいない。



こちらは2007年クリスマスフリー配布夢です。特に期限はありません。
御自由にお持ち帰りください。

2007.12.23

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