いつもの風景


「おはよーっ! おはよー、おっはよー!」

輝明学園の朝。
やけに元気な挨拶の声が響いているその通学路を、柊蓮司は歩いていた。
奇跡的に、穏やかな登校風景である。しかも彼の周りには、赤羽くれは、緋室灯、そして志宝エリスという三人の美少女に囲まれて注目の的となっている。
他の男子生徒からは嫉妬の的。
ただし彼はある意味有名人でもあるので、周りに美少女がいようが魔王がいようが、そう心配するほどの大事には至っていない。

それに、柊には、この至福(?)の登校時間の合間、一瞬だけ楽しみにしていることがあるのだ。

「おはようございまーす!」
来た。
そちらに視線を向ける。輝明学園高等部の制服を纏った少女が柊に──正確には、柊を含む四人なのだが──に向かって微笑みながら手を振っている。
「おう、おはよう」
柊は手を振り返した。これこそが、彼が待っていた瞬間。毎日の激務を癒すほんの小さな幸せだ。
彼女について、あまり多くのことを知っているわけではなかった。同じ学校に通っていること、ウィザードであるらしいこと、柊の知る彼女の情報といえばそれくらいだ。
何年生で、何組にいるのかすら知らない。調べようかとも思ったが、そうするのは何だかストーカーのようで気が引けた。
それに今のままで十分幸せだ──そう噛み締めようとした所で、柊の目の前に黒塗りの高級車が止まり、窓から銀髪白皙の美少女がにっこりと微笑みを見せた。


「ちっくしょおおおおおおおおっ!?」

そんな柊の叫び声もむなしく、彼は少女──アンゼロットに拉致……もとい、同行する。
車の中で微笑みと共に差し出されたティーカップからは、ほわほわと白い湯気が立ち、かぐわしい香りを放っている。
「さて、柊さん。これからわたくしがするお願いに『はい』か『イエス』でお答えください」
「もういいよそれはっ!? でっ! 今日は何だよ!? 宝玉はいいのか!」
「今回は別の任務です」
「それこそ他の奴探せよっ!」
「駄目です。これは柊さんにしか出来ない任務ですから。そんなことより、ささ、紅茶をどうぞ」

アンゼロットに辟易しながらも、柊は車内に腰を下ろし、カップを受け取る。これもいつもの風景だ。
さっきの少女の挨拶と違って、嫌な部類に入るのだが。
嘆息し、何とはなしに下ろしていた視線を元に戻す。目に入ってきたのは、輝明学園の紫色の制服。
「今回は、こちらのさんと一緒に任務に当たってもらいます」
説明するアンゼロットの声も耳に入っては来ない。柊は目の前の少女──を見つめていた。目が離せなかった、と言ってもいい。

は柊を見つめ返して、にこりと笑った。

「おはようございます、柊さん。今日は、二回目ですね」
「おう、おはよう」

初めてだった。
きっちりと向き合って、挨拶を交わしたことは。

でも、これが。
これが『いつもの風景』になればいい、と。柊は思った。


2007.12.02

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