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瞳に映る 『それで、卒業証書なんですけどどうも学園内部のダンジョンの奥深くにバラバラに捨てられてるみたいで、回収にはかなりの時間がかかるかと……』 申し訳なさそうに電話口から聞こえてくる恋人の声を、柊は黙って聞いていた。 『私も探しに行きたいんですけど、ここのところ冥魔の出現でそうも言ってられなくなって……すみません、柊さん』 「あー、いいっていいって。どうせこっちは魔剣が返ってくるまで休業状態だしな」 やがてぽつりと出てきたその言葉は、それまでの柊からは想像もつかないような穏やかな声だ。 これは別に、『恋人と電話しているから』というだけの理由ではない。 柊蓮司。 彼は遂に、念願の卒業という夢を叶えたのだ。 ただちょっと、卒業証書が行方不明になり、それが現在は輝明学園内部ダンジョン通称『スクールメイズ』にniceboat.状態でばら撒かれているだけのことで。 彼は今、平穏だった。 シャイマールを巡る戦いで魔剣を破損し、現在ウィザード業は休業状態。することといえば、日当たりのいい場所で椅子に座って猫を撫でては、と連絡を取り合うこと──結構、自堕落な生活である。 だが、去年の忙しさを鑑みるに、これくらいの穏やかな時間は与えられて当然だ、と柊は思うのだ。 傍若無人な世界の守護者にこき使われることもなく、幼馴染に秘密をばらされる心配もなく、護衛対象のはずだった少女が実は魔王だったりすることもなく、どこかのぽんこつな魔王に平穏を荒らされることもなく。 こうやって電話口から愛しい人の声を聞く生活があったって。 今の幸せを噛み締めるように、柊は目を閉じた。瞼にふさがれた彼の瞳には、ここ数週間ほど会っていないの姿がぼうっと映る。 時刻はもう深夜。柊は欠伸を噛み締めると、再び口を開いた。 「ま、当分は手を貸してやれねえけど……お前なら、大丈夫だ」 『はいっ。柊さんの分までがんばりますよ』 すぐに返って来る溌剌とした答え。瞼の裏のの表情もにっこりと笑っているのが柊には分かった。 「そっか。じゃあ俺、そろそろ寝──……」 『あ、柊さん』 「……ん?」 彼がぼやーっとしていられたのはそこまでだった。 『私、明日からラース=フェリアに行くことになりました』 「…………は?」 『だから、ラース=フェリアに行って、対冥魔作戦に参加するんです』 「な、何で!まさかアンゼロットに……」 『いえ、それは関係なくてあっちからの要請なんですけど』 だからしばらく会えなくなっちゃいますねーなどとあっけらかんと言うに、柊の表情はどんどん渋くなっていった。 とて、もう歴戦のウィザードだ。いちいち自分がついててやらないと任務が出来ないなんてことはなく、既に独自にいくつもの仕事をこなしている。 何より今の柊には魔剣がない。ウィザードとして活動できる状態ではない柊がついて行っても邪魔にしかならない。もちろん強引について行こうなどという気は柊にはさらさらなかった(それがウィザードというものだ)が、それまであった平穏の一角が明日からはぽかんと穴が開いてしまうのだ。 その感情を『寂しい』と言うのだということを、鈍感な柊は気付く由もない。 「そうか……頑張れよ」 『はい!ちゃっちゃと片付けて、またすぐに柊さんとこ行きますね!』 それだけ言うと、それまでの長話が嘘のように電話は切られた。 予感は、あった。 主八界を覆う冥魔の影のことは、アンゼロットからも聞いていたし、くれはや灯も独自に任務についている。柊が現在活動していないのはひとえに魔剣がないためだ。 もそうなるのではないかという予感だって、常に柊の脳裏にはちらついていた。ただ急すぎる。彼女が赴くのも、柊がそれを知ったのも。 それでも予感はあった。 なぜなら柊の瞳に映るという少女は、決して別れを告げたわけではないのだから。 そして予感は当たったと気付いたのは、その次の朝。 早朝五時に叩き起こされた柊は、緋室灯によってアンゼロット宮殿へと招かれた。 そこで彼は、オーバーホールした彼の相棒である銘無き魔剣と、新たな任務を与えられた。 『ラース=フェリアへ行け』──と。 危険な任務だというのは重々承知だ。だからいつものようにはいかイエスで答えさせてもいいものを。柊は苦笑しつつ、珍しく深刻な表情で告げるアンゼロットに答えてやった。 「特別に、今からくれはさんを……」 「いいよ別に。前にも言っただろ?俺は絶対帰ってくる、だから別れの言葉なんていらねえって」 「しかし……」 「なあ、アンゼロット。がラース=フェリアに行った、っての、知ってるよな?」 「え?ええ、はい。ラース=フェリアのロンギヌスより報告は来ていますが、それが何か……」 「だったら何も心配はいらねえ。『大切な人』への挨拶は昨日とっくに済ませたし、それに今生の別れってわけでもねえ」 首を傾げるアンゼロットにまた少し笑ってやって、柊は預けてあった魔剣を手に取った。 そして彼は、世界を越える。 きっと、一足早くたどり着いたあの少女が、自分を迎えてくれる。自分が彼女を待たずにやって来たのだと知ったら、はどんな顔をするだろうか。 その時こそ、改めて彼女のその驚いた顔を自らの瞳に映すと信じて。 Continued by NIGHT WIZARD 2nd & SEVEN FORTRESS Mobius... ……会ってませんね。直接見てませんね。でも柊の瞳に映るのはヒロインだけ!という感じです。 この後、柊は『空砦』、ヒロインは『オペレーション・オーバーロード』もしくは皆さん思い思いのセッションに…… 2008.10.26 |