柔らかい髪


外では、ZEUTHの最終作戦が始まろうとしている。
非戦闘員の私は、撮影係や他のメンバーと一緒に、UNステーションでバックアップの仕事を手伝っていた。
その途中、準備中の月光号に入った時のこと。

「レントン君、何してるの?」
いつもの格好と違う服を着て、ブラシを片手に鏡に向かってにらめっこしているレントン君の姿を見かけた。
「あ、さん」
「おめかしして」
「へへっ」
似合うよ、と言うと、レントン君は照れ笑いを浮かべて、でも前よりも少しだけ大人びた表情で言った。
「エウレカを迎えに行くんで、ちょっと気張っちゃいました」
「……そ、っか」
声が沈んだのが自分でも分かった。
「でも髪型がイマイチ決まらなくって……さん?」
「!な、何?」
「俺、おかしくないですか?格好とか、女の人から見て」
やや緊張した風に自分の体をぺたぺたと触っているレントン君は、やっぱり初恋真っ盛りの年下の男の子で。
その様子だけはまだまだ変わらないなと、少しだけ笑顔が戻ってきた。

この、好きな女の子のために一生懸命なレントン君が、私が好きになったレントン君だったから。
憧れのゲッコーステイトに入って、ZEUTHのメンバーにもなって、色んな経験をして、初めて会った時とは比べ物にならないほどかっこよく成長したけれど、その中身は一途にエウレカちゃんを想い続けるレントン君のままだから。

私は頭を振ってもとの笑顔を作るように努めた。
「そうだね、エウレカちゃんを迎えに行くんだったら、思いっきりかっこよくして行かないとね」
そう言って、レントン君の手からブラシを取り上げる。
さん?」
「座って。髪、セットしてあげる」
「ありがとうございます!」
途端にレントン君の表情がぱぁっと輝く。いそいそと前の椅子に座り、私のブラシを待っている。
ああ、やっぱり敵わないのかな。と私は心の中でひっそりと溜息をついた。
レントン君にこんな顔をさせるのは、やっぱりエウレカちゃんを迎えに行くからなのだろう。

想いを振り切る。
ひと梳き、ひと梳きごとに、自分の想いを少しずつ削るように、振り切ろうとする。
髪をひと房持ち上げて、そこにブラシを当てていく。単純な作業だった。
そっと触れたレントン君の髪は、くしゃっとしてて意外と柔らかいのだな、と今になって知ると、何故だか涙が出そうになった。
エウレカちゃんは、この柔らかさを知っているのだろうか。

「絶対に、エウレカちゃんを連れて戻ってきてね」
「え、は、はいっ!もちろんっす!」

そう念を押すように言った私の声が、少し涙ぐんでいたことに、おそらく彼は気付かないまま。



2009.01.23

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