あいくるしい


「蓮司くーん!」

その呼びかけは、柊にとって久々の再会を意味するものだった。
「……レン!?」
「久しぶり、蓮司君」
「お前、どうしてファー・ジ・アース(こっち)に……?」
突然の再会に驚く柊に、現れた少女はにこりと笑ってみせる。
「実は、こっちで任務があってね。今はその帰りだよ」

柊レン。
柊蓮司ととてもよく似たこの少女は、いわゆる並行世界の住人である。『ガイア』という異世界において、柊や達と同じく世界を守るため戦うウィザードだ。
ちなみに柊とはある事件がきっかけで知り合って、今日会ったのはその時以来だ。

レンは柊の隣で一連のやり取りを黙って見ていたに目を向ける。
「で、この子は?蓮司君の恋人?」
「なっ、こ、恋……えーと」
「後輩です」
「後輩、ねぇ……」
ぺこりとお辞儀すると、レンはいまだしどろもどろしている柊を半眼で見遣った。
彼女の目には、柊が非常にもどかしく映ったのだろう。
一瞬の後、レンは柊から目をそらし、に向き直ると手を差し出す。
「ま、いいか。ボクは柊レン。よろしく」
「あ、はい。です」
「えっ!」
が同じく自己紹介して差し出された手を取った瞬間、レンの目が見開かれる。
「君が……、なの?」
「は、はい……」
「そっか。それじゃあ……分かるなぁ、蓮司君の気持ち……」
「…………?」
レンは僅かばかり顔を赤くして、再び柊を見た。ちなみにまだ『恋人かどうか』と聞かれてその答えに詰まっているらしい。
レンが彼を見る目つきには、先程よりも同情の念がたっぷりと含まれている。
が、からしてみれば、何がなんだかよく分からない事態。

「あの……お二人って、同じ名字ですけど、兄妹なんですか?」
そして出てきた疑問といえば、てんで見当外れのもの。
二人はしばらく呆気に取られた後、吹き出した。
「え、違うんですか?」
「うーん、なんというか、兄妹よりもっと近いというか……?」
「えぇっ!?」
少し困った表情でレンが説明しようとする。兄妹よりも近い関係とは、まさか。は驚き、身を乗り出した。
すぐさま柊のツッコミが入る。
「ちょっと待て!変な説明すんじゃねえ!」
「ふふ、だいぶ苦戦してるみたいだからさ、蓮司君」
「…………」
どうやら、レンの台詞はわざとだったらしい。溜息を吐いて、柊はレンとの関係を一から説明しなおした。
アンゼロット曰く『安直魔法かくかくしかじか』というやつである。

「……なるほど。並行世界の柊さん……」
やっと飲み込めたはレンをまじまじと見る。確かに二人はよく似ている。主八界以外にも異世界があるとは知らなかったが、レンが並行世界の柊だというのには納得がいった。
「それで、レンさんは柊さんを名前で呼んでるんですね」
「まあな、どっちも柊だし」
「ややこしいもんね」
頷くに二人は苦笑する。特に柊は、普段から良くて名字、悪くてフルネームで呼ばれることが多いのだ。レンの「蓮司君」は新鮮な響きだろう。
その新鮮な響きがなんだか羨ましくなって、はぽつりと漏らした。
「……いいなぁ、なんか」
「へ?」
呟きは柊にも聞こえたらしく、彼は不思議そうに首を傾げていた。

柊にしてみれば、何を今更、といった感じである。
の漏らした呟きのことだ。
彼女はくれはのことも、灯のことも、そしてついさっき会ったばかりのレンのことですら(柊蓮司と混同して紛らわしいからだろうが)名前で呼んでいるのだ。
この上柊本人のことを名前で呼んだって、別におかしいことは何もない。はずだ。
一応、(本人があまり自覚が無いとはいえ)恋人同士……でもあるのだし。柊だって、のことは名前で呼んでいるのだから。

軽い口調で言う。
「だったらよ、お前も名前で呼べばいいじゃねえか」
「え?いいんですか?」
「ああ」
「だって、幼馴染のくれはさんでさえ『柊』って呼んでるのに……」
このことはにとって意外な提案だったらしい。最初に目を見開いて驚き、そして今ここにいない幼馴染に対する遠慮がちな態度が彼女を俯かせている。柊は嘆息して続けた。
「くれはは昔からああなんだよ。幼馴染は関係ねえし、それに……」
そこで言葉に詰まる。はじっと見つめたが、微妙に視線をそらされて。
それを「大丈夫だ」とでも言いたげに、レンがの肩を叩いた。
「……それに?」
聞き返すの言葉にやっと柊の口が再び開いた。

「それに、俺がそう呼んでほしい……っつったら、おかしいか?」
一瞬の沈黙。
少しだけ固まった後、は首をぶんぶんと横に振り、それから顔をほころばせた。
「おかしくないですよ。ひい……じゃない、ええっと」
慣れない呼び名に僅かに戸惑う。そして躊躇いがちに、
「……蓮司、さん?」
「…………!!」

そうが呼んだきっかり三秒後、柊の顔は耳まで真っ赤になっていた。

「うおおおっ……なんか、この異常な雰囲気に……っ」
心臓を押さえて浅い呼吸を繰り返す柊に、は少しだけ俯いた。
「やっぱり……駄目ですか?」
「そんなことないさ、ね?蓮司君」
「お、おう……」
レンが宥めて、ようやく柊は落ち着きを取り戻した。それでもまだ少し赤い頬のまま、に向き直る。
「ホントは呼び捨てでいいけどよ……まあ、いいか」
「さっきの呼び方だと、新婚夫婦みたいだったしねー」
「れ、レンっ!?お前っ……」
目の前で繰り広げられる兄妹喧嘩のような二人のやり取りに(二人は本当に双子の兄妹のようだ)、は小さく笑った。


「そういえば、レンさん」
「何?」
「レンさんの世界での私って、どんな人なんですか?」
「えっ、そ、それは……っ」
の素朴な疑問に、途端にレンは赤面する。先程、に『蓮司さん』と呼ばれて真っ赤になっていた柊と、それはそれは似通った表情。
「……レンさん?」
「あぁっ、ど、どーでもいいだろっ、もう!」
「何怒ってんだ?」
「うるさいよっ、蓮司君っ!」

ひとしきり怒鳴った後。
「……結構、かっこいい男の子だっていうことだけは、確かだよ」
「そうなんですか」
隣の柊は、何故レンがそんな焦っているのかがよく分かっていないみたいだったが、はなんとなく、合点がいった。
つまり、
「あっちの世界でも、私と『ひいらぎさん』は仲が良いんですね?」
「……う、うん」

いまだわけが分からず首を傾げている柊と、恥ずかしそうにしているレンとを交互に見遣り、は再びくすりと笑う。
平行世界とやらでも、きっと楽しくやっているのだろう、と。
そしてますます、いとしく思った。


あいすべきひいらぎたち。


2009.06.05

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