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「──ごめんなさいっ!!」 ドック内にやけに威勢のいい謝罪の言葉が響いた。 言った方である少女、は必死の表情で腰から上をくの字に折り曲げているが、言われた方──すなわち、大空魔竜のメカニック達、サコンをはじめとする頭脳労働班は、少々引き気味に苦笑を漏らしていた。 「いや……原因は分かったし、機体にも君の体にも問題はないのなら、それで構わない。しかし……つくづくやることが極端だな、君は」 「う……」 「まあいい、機体は元の状態に戻しておこう」 「あの、私手伝います!」 腕をぐっと握り胸元で掲げて見せる。 の意気込みにサコンは苦笑し、頭に手を置いてやる。 そして、一言。 「あまり心配をかけさせるなよ」 慈しむような声がの耳にすぅっと入っていった。 「……はい」 頷き、跳ねるように機体のもとへ走って行く。 ちょこちょことしたの動きを見て、メカニック陣は少しの間だけほのぼのとそれを見守るが、やがて忙しなく動き始めた。 第十二話 スカル・エンブレム 火星を脱出した大空魔竜の中のひとコマだ。 バーム星との会談が失敗し、達は火星入植者を連れて、今は宇宙空間を航行中なのだ。 火星では、散々な目に遭った。 が、それは交渉を持ちかけてきたバーム側にとっても同じことだろう。 会談の場で不可解に起こった、バームの代表リオン大元帥の暗殺。 即座に交渉は決裂し、怒りのリヒテル提督によって、地球側代表の竜崎勇が撃ち殺された。 話はそれに留まらない。 会談の行われていた基地のすぐそばで、バーム軍との戦闘が起こったのだ。 バームの軍勢は迅速だった。 まるで、最初からこうなることを予想していたかのように。 一方の大空魔竜隊はといえば、のヒュッケバインの戦力を欠き、足並みの揃わぬまま基地を撤退せざるを得なかった。 父を奪われた竜崎一矢の叫びが、赤き大地に虚しくこだましていた。 そして今に至るわけだが……父を殺されたはずの一矢は意外にも落ち着いていた。 の知っている普段の彼以上の穏やかな印象を受ける。 「なんか、雰囲気変わりました?一矢さん」 まだまだ調整の進まないヒュッケバインのコクピットから顔を覗かせ、はぽそりと言う。 「うーん、僕は彼と会って少ししか経っていないから、以前どうだったのかは知らないけど。雰囲気で察するに原因は女性……だね」 「……えっ?」 独り言のつもりだったが、唐突にそう返される。その誰かが、機体のすぐ下にいる気配をは感じ取った。 下に視線をやる。赤の上着を纏った一人の男が、こちらを見上げていた。 「やあ。君が君かい?」 そう言ってウィンクを一つ。男の外見も手伝ってか、気障っぽい動作の一つ一つにも隙がなく、自然に見えた。 「は、はい……そうですけど」 「いや、噂には聞いていたが、大空魔竜の問題児がこんな可愛らしいお嬢さんとはね……」 「どっ……どこから聞いたんですか、そんな話っ!?」 「立場上、情報収集は怠らないことにしているんだよ」 「私が言いたいのはそういう……っ!?」 男が誰なのか問う前に、怒涛の攻勢によりはあたふたとわめき始める。 いわく、問題児ってどういうことですかとかいきなり可愛いとか言わないでくださいとか、おもにそういったことをだ。 だがいくら叫んでもこの男が動じないので、余計に必死になり、思わずコクピットから身を乗り出して拳を振り上げた……所までは良かった。 「おっと、そんな所で暴れると危ないよ」 「え……って、うわっ、わ、わぁぁあああっ!?」 男の忠告もむなしく、間の抜けた悲鳴と共に、の体がコクピットから投げ出される。 無重力で助かった……そんなことを思いながら、は反射的に目を閉じ、受身の体勢を取る。 しかし、いつまで経っても、どこかにぶつけたというような衝撃もなければ、心細い独特の浮遊感もない。 「……あれ?」 恐る恐る目を開けるのと、何かにふわりと抱きとめられるような感触がを覆ったのとは、ほぼ同時だった。 目の前に、先程まで会話をしていた謎の男の顔。 「っと……さすが問題児。予測不可能の動きだったよ」 「う……あ、あれ……?」 助けてくれたんだ、と理解するのに数秒を要した。 「す、すみません……えっと」 はちゃんと礼を言うために男の腕から逃れようとしたが、それは彼の力強い抱擁によって制される。 代わりに、男はに顔を近付けて、再び片目を瞑って見せた。 「まあ、役得だったけどね」 「……〜〜〜〜〜〜!!」 格納庫に、パシーンという小気味良い音が響いた。 「すみません、すみません!」 「ハハ……いや、元気がいいのはいいよ。僕も調子に乗ってしまったかな」 あの後すぐに降ろしてもらったは、男に向かってぺこぺこと頭を下げていた。 その際、自己紹介もしてもらう──男は破嵐万丈と言い、数ヶ月前に起こったバルマー戦役を旧ロンド・ベルのメンバー達と共に戦い抜いた仲間の一人なのだという。 つまり。 にとっては先輩にあたる人物とも言えるわけで。 その先輩……万丈の頬には真っ赤な手形がくっきりと浮かんでいた。 抱きかかえられていたことに混乱したが引っぱたいてしまった際についたものだ。 そのことに、またしても必死に頭を下げるをなだめるかのように、万丈は笑んで見せる。 「それじゃあお詫びの代わり、と言っては何だけど、一つ頼まれてくれないかな」 「…………狭い」 暗くて小さなその空間に、は息を潜めうずくまっていた。 サウザンスジュピターに向かうシャトルの中だ。密かに潜入するべく、万丈がを送り込んだのだ。 何故こんなことをしているのかと思い起こす。 万丈の部屋にてお茶をご馳走になりながら、は説明を聞いていた。 件のサウザンスジュピター、ヘリウム3を移送している木星船団の艦のようだが、どうにも怪しい所がある。それを調べるために、数人のものが向かうことになったのだ。 交渉役としてノインが。いざと言う時に立ち回れるように、宙や万丈といった生身で戦えるもの。 そして、それらとは別に隠密行動を取るともう一人。 正直、こういった経験は無いため不安ではあったが、万丈から自らの役目を言われ、それに参加した次第である。 万丈曰く、「今機体が使えないこと、体術の基礎ができること、そしてカモフラージュとして機能する外見を持つこと」これだけの条件を満たすならば出来るだろう、とのこと。 最後の一つがなんだか腑に落ちなかったが、もうここまで来てしまった以上は文句は言っていられない。 がいることは、万丈(と、もう一人)以外の他の潜入メンバーにすら隠されている。 「もうしばらくの辛抱でございます。見つかってしまっては、放り出されてしまうかもしれませんからな」 同乗(というか、一緒に密航……だ)する人物から囁かれる。 なんとも気楽そうに聞こえた。余裕の表れなのか、それともただの楽天家なのか。 考えても意味の無いことに気付き、はひっそりと、本日何度目かの溜息を吐いた。 「そうです、静かにしていれば大丈夫でございます。様も、そしてどなたか存じ上げませんがそちらの方も……」 「……え?」 「!?」 『そちらの方』の意味が分からず、は聞き返そうとしたが、同時にはっと息を飲む音が聞こえて合点する。 すぐさま気配に気付く。明らかな密航者だ。 どうするべきか。動くか。 の脳裏に物騒な考えがちらついた……が、同乗者からの呑気な言葉によって毒気を抜かれることになる。 「お二方、どうかご静粛に。今の私達は運命共同体ですからして……」 「…………」 「……は、はあ……」 再び気持ちを落ち着かせると、どうやら向こうも警戒を解いたのか、不穏な空気が嘘のように消えていく。 この老人の声に、も、そして密航者であるトビア・アロナクスも、不思議と安心を感じていた。 (このじいさん侮れない……) がそんな風に思っていたことは誰にも知られないまま、やがてシャトルはサウザンスジュピターへと到着する。 警報。 その音で、船内を駆け回る兵達の足音が掻き消される。 「ど、どこで……ばれちゃったのか……」 船内通路の出っ張りに身を隠して、は大きく息を吐く。 あの後、一緒にシャトルに乗っていた老翁と別れて単独で調査を進めていた。 誰にも見つからなかったはずだし、カメラに引っ掛かるようなドジも踏んではいないはずだ。一体どこからばれてしまったというのか。 物陰から少しだけ顔を覗かせる。視界内には誰もいないようだ。 それを幸いに、は壁を蹴って通路を飛ぶように移動を開始した。 やはりこの船は怪しい。 ヘリウムの輸送船にしては、やけに物々しいし。 慣性に身を委ねてそのまま流されていく。 突き当たりには重そうな扉があった。 ここだ。と何かの勘が告げていた。 記されている文字は『船倉ブロック』。ロックは外れている。 開閉ボタンを押すと同時に、激しい揺れが船体を襲った。外から攻撃が加えられたのだろうか。 ふわふわと空中に浮いていたの体はそこに留まることはできずに放り出される。 「ぶ、ぶつか……」 思わず声が出たが、の予想は外れ、一瞬早く開いた扉の中へ吸い込まれるようにして入っていく。 「……え?」 目に入ってきた光景を、はすぐには理解できなかった。 視線の下に(無重力でどちらが上でどちらが下なのか分からないが)一組の少年と少女。直前に聞こえた声で、少年の方は先程の密航者なのだと分かった。 その二人に向かって、モノクロームの老人が銃を構えている。 ともすればその老人の所まで飛ばされて行きそうだったの体は何故かその途中で止まって、ふわふわと浮遊感が包んだ。 同時に、腕に力強い感触があるのに気付き、そちらを見遣る。 「様、随分遅うございましたな」 「ギャリソンさんっ!?」 「おかげでこちらは苦もなくここまで来られましたが。それについては感謝いたします」 「それって、私は囮ってことですか!?」 シャトルの中で聞いたのと同じ、人を安心させる穏やかな声。ギャリソン時田その人であった。 何とか姿勢制御して、着地する。 微妙に緊迫した雰囲気ではあるのだが、ギャリソンは落ち着いた表情を浮かべていてそれをあまり感じさせない。 だがその均衡が崩れる時が来た。 「何!?」 「うわあああっ!!」 ひときわ大きい揺れが達にも伝わってくる。かなり近い。 おそらくこのブロックのすぐ外……と判断した時には既に遅かった。 船体を突き破り、一機のモビルスーツが突っ込んでくる。 「……!」 船体に穴が開いたことで、ブロック内に空気漏れによる激しい気流が巻き起こる。 ギャリソンとデッキの手摺に掴まりながら、は眼前の機体に目を奪われていた。 ──あの時のガンダム! 頭部にクロスボーン、胸部には同じ名を冠する組織の紋章。 あの海賊との、二度目の出会いであった。 マザーバンガード格納庫。 あの戦いの後、『ヒュッケバイン用の追加装備がある』と言われ、はそこに迎えられていた。 クロスボーンガンダムX1に送られて、そのコクピットから出てくる。 床目掛けて身を躍らせると、ちょうど着地予想地点に人影を見つけた。 「えっ!ちょ、ちょっと……!?」 慌てて空中でジタバタと停止しようとするが、間に合わなかった。 ぶつかる、と思った瞬間に人影が振り向く。 「参ったね、お姫様は余程僕のハグが気に入ったようだ」 見知った男の顔と声だった。 「ば、ば、万丈さんっ!!」 気付けば、は人影──破嵐万丈の腕の中にすっぽりと収まっていた。 TD(テスラドライブ)ユニットを貰いに来たはずなのだが。 しばらくそのまま呆然と固まるの姿がそこにあった。 結局。 サウザンスジュピターはやはり木星帝国の偽装船だった。 船倉には毒ガスが積まれており、それを地球に放つつもりだったようだ。 大空魔竜は宇宙海賊と協力してこれを討つこととなる。 そしてようやく万丈から開放されたは、大空魔竜へと帰ってきていた。 ここを出たのは少し前のはずなのに、何だか酷く懐かしく思える。 TDユニットを積み込んだヒュッケバインから降りると、三たび壁を蹴って床へと向かう。 ……着地予想地点には、またしても人影。 は一計を案じ、今度は空中でくるりと一回転すると、ヒュッケバインの隣に置かれていたグルンガスト参式の足元目掛けて舞い降りる。 三角跳びの要領で今度は参式に足をつけ、地面にふわりと降り立った。 「……おや?残念」 「そう何度もお世話になりません!」 参式の足元に立ったまま面食らうゼンガーの背から顔をひょっこりと出して、は万丈に向かって舌を出した。 「残念?どういうことだ?」 意外なことに、そちらを振り向いたゼンガーが問う。 格納庫に集まっていた他のメンバーもそれに習い、万丈の方を向いた。 「いやあ、役得だったからね」 そう言ってにこりと笑う万丈の説明を聞き、内心穏やかでいられる者がおろうか。 彼に向けられる視線に何やら殺気めいたものまで感じられる。 ただ、一人。 「確かには柔らかかっ……」 呟きかけて、健一は口をつぐんだ。 一斉に万丈に向けられている視線が自分に向けられることを怖れて、である。 この視線に気付いていないのは、悲しいかな、本人と、争奪戦とは程遠い所にいる竜崎一矢とエリカの万年熱々夫婦のみであった。 その後。 大空魔竜のコーヒーブレイクタイムのことである。 イルイが張り切ったらしく、の隣でにこにこしながら皆にカップを配っていた。 「はカフェオレ、ゼンガーはブラックコーヒー、それと……」 「ん、何だい?」 イルイは次に万丈の方を向いた。 こんな小さな女の子にまで紳士的な態度を変えない。万丈の伊達男っぷりがイルイにも人気を博したのだろうか。 だが実際はそうでなかった。 「万丈さんには……これ」 そう言ってイルイが差し出したものは、不揃いにバスケットに入れられたサンドウィッチであった。 見た瞬間、万丈の顔から血の気が引いていく。 「!!こ、これは……!」 「しめ鯖のサンドウィッチ。ビューティさんから教わったの」 イルイの瞳は至って真剣だ。バスケットを差し出す小さな少女の姿は、傍目には大変健気な行動に映る。 万丈は引きつったまま考えた。 状況を鑑みるに、これを受け取らなければ非常にまずいような気がする。しかし目の前にあるのはしめ鯖サンドウィッチ…… やゼンガー、その他の面々は、既にカップを受け取り、談笑しながらそれらを飲んでいる。 「……ありがとうイルイ、頂くよ」 やがて、額に脂汗を流しつつ万丈はバスケットを受け取った。 同時にぱぁっと花が咲いたような、イルイの笑顔が目に飛び込んできた。 それからしばらくも経たないうちに、万丈が食あたりを起こしたという妙な噂が流れたが、その真相は定かではない。 そしてこの事件に、不謹慎ながらも「イルイGJ!」と心の中で思った人間は、意外と多そうである。 |
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伊達男な万丈さんに対して、ヒロインはなんだか反発…っていうか、ツンデレ?(笑)な反応。 喧嘩友達っぽい雰囲気になってしまいましたねえ。 この作品、ヒロインに対して積極的な人ほど酷い目にあっているような気がする… ということは、あの人やあの人は大丈夫で、あの人はすごく酷い目に……!?(以下、ネタバレにつき削除) |