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第十一話 軍神冠する惑星で クリュス基地。 バーム星からの使者との会談の護衛をするため、大空魔竜は火星の大地へと降り立っていた。 見渡す限りの赤い荒野のような風景。 そこで、彼らは束の間の休息を与えられた。 「う〜ん……おかしいですね……」 機体を前に、まずそう言って首を傾げたのは北小介だ。 「確かに。駆動系に異常と聞いてチェックしてみたが……特に問題はないな」 それにサコンが続く。 大空魔竜隊の中でも機械に強いメンバーが集まって、先ほどの戦闘で故障したはずのの機体──ヒュッケバインMk-3を見上げていた。 だが、不思議なことに、調べてみても特に異常は感じられない。 ということは、が嘘をついたのだろうか? だがもしそうだとして、彼女がわざわざそんな嘘をつく理由が見当たらないのだ。 「もしかしたら……さん自身の体調が悪いとかじゃないでしょうか……?」 不安げに小介が呟いたのを、そこにいたものは聞き逃さなかった。 「確かに、彼女の性格上、心配をかけないようにそう言う可能性も……」 「そっちの方がよっぽど大変じゃねえか!」 「ええ、機体は直せますけどパイロットは……」 「そういう問題じゃないだろ!とにかく様子を見に……」 「待て、こんなに大勢で押しかけて行っては治るものも治らん。それに確証も無い」 「けど……!」 一同はしばらく騒々しくしていたが、少しすると、諦めたように皆めいめいに他の機体を見始めていた。 先ほどの戦闘で受けたダメージなどのこともある。そればかりに気を取られているわけにも行かないのだ。 「……あれ?イルイちゃん?」 が部屋のドアを開けると、すぐ下に不安げに俯く少女の姿があった。 「…………」 「どうしたの?みんなでこの基地を探検するんじゃなかったっけ?」 しゃがんでイルイと同じ目線になる。 ややすると顔を上げる。が、少女の表情はやはり浮かないもののまま。 「……だいじょうぶ?」 「え?うん……さっきはちょっと気分が悪かったけど、もう平気だよ」 「そうじゃなくて……」 「?」 イルイはしゃがんだの顔にぐっと近づき、唇を尖らせた表情を作る。 子供らしい仕草そのもののように見えたが、はふと、イルイの瞳に子供らしからぬ深い色を見たような気がした。 「イルイちゃん……?」 「あのね……体のことじゃなくて、もしかしてお姉ちゃんが……」 うまく言えない。 言えないが、イルイは幼くも聡い少女だ。 は身体の調子が悪いのではなく、何か精神的に不安定になっているのではないかと感付いたのだ。 そしてそれは事実だった。 は、それまで普通の少女だと思っていた自分が実はそうでなかったことに、少なからずもショックを受けていた。 取り戻せた記憶はそれでもまだほんの一部だけで、全部がはっきりとしたわけではない。 連戦の疲れとも重なって、気付かないうちにストレスが溜まっていたのだ。 こんなことを、こんな不安にさせるようなことを、同じ記憶喪失の(しかも向こうはまだ年端もいかない幼子だ)イルイには話せない。 かわりに、イルイの頭をくしゃくしゃと撫でてやると、少し照れたような顔をされる。 「イルイちゃん、私ちょっと疲れが溜まってたみたい。だから少し休んでたら大丈夫だよ」 「本当……?」 「子供がそんな心配しない。イルイちゃんが元気で遊んできてくれたら、私も安心して休めるの」 おでこをつんと押してやると、イルイは少し拗ねたような表情に変わった。 「わたし、子供じゃないもん」 「大人だったら、お姉ちゃんの言ってること、分かるよね?」 「……う〜…………」 30秒ほどぐるぐると悩んでから、イルイは小さく頷いた。 に背中を押されて部屋を出るが、それでもまだ不安らしく、ちらちらと後ろを振り返ってはこちらを見る。 しゃがんだまま、にっこりと笑って手を振り返してやると、ようやくそれで廊下をぺたぺたと去っていくのが見えた。 「……鋭いなぁ」 イルイの背中が見えなくなった頃、そうぽつりと言う。 戦闘も間近で見ていないであろう少女であれだ。 きっと、他の戦闘要員などは、とっくに気付いているだろう。 先の戦いでの撤退は、機体ではなく自身に問題があったことに。 「嘘、ついちゃった……」 本当はみんなのところへ行って、「何でもないよ」と、そして僅かだが記憶を取り戻したと、そう伝えたいのだが、まだ気持ちの整理がつかない。 そして、機体のことでもいらぬ手間をかけたことを謝りたいのに。 ただ、一人で部屋で腐っているには、の精神は活発すぎた。 少し身体を動かそう。そうすれば、ちょっとでもすっきりする。 決めるが早いか、は割り当てられた部屋を飛び出し、基地内の射撃訓練場を目指し駆けて行った。 それまでダイモス見学の案内をしていた剛健一が訓練場に到着した時、そこには既に先客がいた。 見た感じ、ただの民間人の少女だ。 それが、手には不釣合いな銃を握り、訓練用のゴーグルをかけて、一心に的を狙っている。 だが狙いは正確なものの、それは少女の意に反して、なかなか中央にヒットしない。 それが彼女をますます焦らせるのか、形のいい眉をつり上げて手早くマガジンを換えると、再びターゲットに向き合う。 健一の存在にはまったく気付いていない。 靴音を鳴らして、健一は少女に近づいたが、それも聞こえない様子だ。 そういえば、到着したての大空魔竜の乗組員がここの使用許可をもらっていたとか、そんな話をさっき聞いたなとおぼろげに思い出したところで、健一は彼女に触れられるくらいの距離まで辿りついていた。 は躍起に人型のターゲットを狙い撃っていた。 銃の扱い方も構え方も覚えているのだが、なかなか思った通りに撃てない。 かち、かち、と音がしてやっと弾切れに気付き、息を吐いてマガジンを交換する。 何度やっても結果は同じだった。 なまじやり方が身体に染み付いているから、命中しないのが歯痒い。 そんな状態のは、すぐそばにいた気配にすら気付けなかった。 「反動で手がぶれているんだ。もっとしっかり構えて」 「!!」 耳のそばで聞こえてきた声と、左腕の上に置かれた手の重みで、はやっと、その人物に気付いた。 慌ててそちらに視線が向く──知らない、人だ。 まだ少年といってもいい。 「あ……なた、は……」 低く、呟く。少年ははっと我に返った表情で、の腕に置いた手を離した。 「あ、ああ……すまない。俺は剛健一、クリュス基地のものだ」 「っ、そう、ですか……」 「君は大空魔竜から来たのか?」 「はい……、です」 かけていたゴーグルを上にずらし、こくりと頷く。 まるで憑き物が落ちたように、普通の少女と変わらない表情になったの素顔を見て、健一は面食らった。 こんな女の子が、大空魔竜隊の一員? 先程までの戦士の表情が一転、温和そうな微笑みに変わったのだから無理もない。 だが、健一はすぐにその考えを振り払った。 かつて所属していたロンド・ベルやSDF艦隊には、彼女と同じくらいの年頃や、それ以下の子供たちだっていたのだ。 「あ、えっと、健一さん、勝手に施設を使っちゃってすみませんでした」 「いや、許可はもらったんだからそれは構わない……し、その、『さん』もいいよ」 「そう……じゃあ、健一くん?」 問うようなの呼びかけに一瞬動揺する。 何だかとてもこそばゆい。 「け、健一で構わないよ、さん……」 「それじゃあ私のこともでいいよ」 ますます健一は狼狽する。 女の子を呼び捨てにするのなんて、めぐみ達で慣れているはずなのに。 だが、大空魔竜隊と協力することになるであろう今、彼女ともこれからしょっちゅう顔を合わせることになるのだ。 「ああ、分かったよ、」 下ろした両拳をぎゅっと握り、健一はそれに頷いて答えた。 その瞬間だった。 火星に着いて初めて、何の飾り立てもせずまともに人と話した。 そのことで落ち着いたのか、は急に力が抜けていくのを感じた。 今まできつく握り締めていた銃把が手から外れ、ごとりと音を立てて地面に落ちた。 「お、おい……大丈夫か?」 「……う、うん……なんか、ここんとこ緊張しっぱなしだったから」 ぐらりと揺れたの体をとっさに支えてやる。 腕の中で照れくさそうな笑みを浮かべる彼女は、確かに普通の少女のそれと変わらなかった。 沈黙がしばし二人を包む。 「……」 「…………」 「……えっと」 「な、何だい?」 「そろそろ、離して欲しいかな、って……」 「…………え?」 あらためて自分の腕を見てみる……と。 差し出した両腕の中に、の身体がすっぽりと収まっている。 今しがた感じた柔らかい感触はこれだったのか。 「ごっごめん!」 「う、うん……」 を支えた時と同じくらいのスピードで、健一は腕を離す。 頬が熱い。 ちらりと見えたの顔は僅かに紅が差していたが、視線をそらした彼女の頬よりも自分の方がきっと赤いな、と思うと、それが少しだけ悔しかった。 |
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今回もちょっと(かなり?)短めです。うちの主力が参戦ですよ!…と。 健一兄ちゃんの方ですよ。いや、ロボットの方(ボルテス)も強いんですよ?ホントに。 兄ちゃんにはこれから頑張ってもらわねば!どちらの戦いも……(笑) |