第八話 少女が見つめるもの


「ここだ」
ゼンガーに連れられ、は『反省室』などという名前の付いた小さな個室の前に立っていた。
勝手に機体を持ち出したかどで彼女に課せられた罰だった。本来ならば独房入り…悪ければ銃殺刑にまで発展する所なのだが、戦闘終了後の大河長官からの取り成しにより、この程度で済ませてもらったのだ。
彼には感謝せねばなるまい。

とはいえ、やはり罰は罰。の顔は浮かないものだった。
「三日間の辛抱だ」
「……はい」
横からゼンガーが控えめに話しかける。
本来不器用なこの男は、女性に気を遣うのも一苦労なのだろう。心なしか瞳に照れの色が混じっていた。
「食事にはコーヒーを付けてもらうように言っておこう」
「すみません、大丈夫ですから」
小さく言って、ゼンガーに微笑みかける。
そしてが背中を押されるようにして、反省室に入ろうとした時に、通路の反対側からもうひとつ声が聞こえてきた。


「あんた…戻ってきたのか」
「え?はい……どうかしたんですか?ええと…宙、さん」
ゼンガーの肩の向こうをひょいと覗き込み、首をかしげる。
ライダースーツに身を包み、怪訝そうな表情を見せる司馬宙がそこに立っていた。

宙はこれから反省室入りになるに、心底意外そうに問うた。
「どうして戻ってきたんだ?俺はてっきり、ここが嫌で逃げ出したのかと思ったぜ」
「そんなことしません。私は別に、大空魔竜にいるのが嫌なわけじゃないですし」
「ならなんで……」
「一人でできることって、限りがありますから。それに…」

一拍おいて、は答える。

「…それに、好きなんです、ここのみんなが」
「……!」
水に打たれたように宙ははっと息を飲んだ。

今言ったことは、にとっては至極当たり前のことだった。
現状の地球では、自らの記憶探しをしようにも、一人ではあまりにも無茶過ぎる。
そして、様々な勢力から人々を守っている大空魔竜隊に共感し、力になりたいと思ったのも事実だ。
戻れるものなら戻らせてもらおう──だからは、そう決めたのだ。

だが、のその潔さが宙には眩し過ぎたのか、彼は渋い顔を作って目をそらした。
この目の前の何も持たぬ少女に、自分は何も言うことができない……父親に反発ばかりしている自分では。



「あ…はい」
それまで黙って二人の会話を聞いていたゼンガーだったが、いつまでもそのままにさせているわけにも行かない。
の背中を押して入室を促すと、部屋の中をちらりと見て、一度深く頷く。
彼の最後の挨拶がそれだった。


ぱしゅうっ、と少々間の抜けた音がして扉が閉まると、それだけでと外の世界が隔絶された。


「…ところで、宙。ここに一体何の用だ?」
「別に……通りがかっただけさ」
「その先は格納庫だぞ」
「…っ!わ、分かってるよ!」

「…………?」
逃げるように慌てて走り去っていく宙の背中を、ゼンガーは首を傾げながら見送った。



一方のレクリエーション・ルームでは。

「はぁ……なーんかいつもの活気がねえっていうか…つまんねえというか……」
「そういえば、いつもより静かだけど……どうしたのかしら」

集まった面々のほとんどがそんなことを呟いて、ただ何となくそこで時間を過ごしていた。


  『皆さん、コーヒー入りましたよ!』


いつもならば、そんな元気のいい声と共に、コーヒーのこうばしい香りが流れてきて。
そしてその声に違わず明るい笑顔を向ける、少女の姿があるはずなのだ。

しかし今、その少女は重い扉の向こう側、狭い部屋に閉ざされている。
そんな現状が、集まったメンバーたちの心に影を落としていた。

いつの間にかは、彼らの心の癒し、元気の源となっていたのだ。

「くっそー、ピートの野郎。何も閉じ込めることはないだろ!?」
「そう言うなサンシロー。規範を守るためだ、仕方がない」
「けどあいつはっ……!」
「もういいでしょう?あまりネガティブなこと言っても始まらないわ」
「三日の辛抱だ。第一、彼女自身が処罰を受け入れたんだから、俺たちにはそれをどうこう言うことは出来ない」


先程から部屋の中は、幾人ものパイロットが集まり、こうして騒いではすぐに収まり、またざわめき出し…を繰り返している。

「……正直、人一人の影響力がここまでとはな……」
がいないことでこうも部屋の雰囲気が変わってしまうとは。
彼女を送って戻ってきたゼンガーは、部屋の隅で壁に背をもたれさせ、すっかり冷めたコーヒーを啜った。

そういつまでも腐ってはいられない。
大空魔竜は近くに落ちた『プレート』を回収するよう、ノヴィス・ノアから言われている。
おそらく出撃もあるだろう。

そんな時に、の心配ばかりして回収作業が疎かになったり、リクレイマーと戦闘になったりしては、自らの身が危ない。

大空魔竜隊はの戦力を欠いたまま、プレートの落ちた沿岸付近へと向かって行った。



プレートの回収にやってきた大空魔竜を襲ったのは、やはりリクレイマーの一団だった。
彼らは『グランチャー』と呼ばれる生体兵器を操り、こちらに向かってきた。

しかしその中に、グランチャーとは違う、もう一つの生体マシン……ブレンパワードを見つけることになる。
その中に乗っていたのは宇都宮比瑪。沿岸部に落下したプレートがブレンパワードにリバイバルするのをその目で見、乗り込んだ少女だった。

彼女と協力し、大空魔竜隊はリクレイマーとの戦闘を開始した。
数こそ向こうが上だが、個々の機体の性能と、それを生かすパイロットの熟練度、そして連携によって、戦闘は大空魔竜隊有利に見えた。

しかし。


狭いベッドの上に座ってぼーっとしていたに、それは突然聞こえた。
君、聞こえるか?』
「……え?この声…大文字博士?」
通信は一方通行だ。の声に大文字の声は反応しない。
代わりに、スピーカーからは続けて通信が入る。
『戦闘区域に逃げ遅れた子供がいる。今そこへ行き、子供を助けられるのは君のヒュッケバインしかいない!すぐに出撃してくれ!』

突然下った命令に、は目を見開いた。

「ええっ…でも、私は謹慎中じゃ……」
疑問を口にしても返ってくる答えはなく、通信は途絶える。
その直後、プシュ……と音が響き、重い鉄の扉が開かれた。

行け、と言うのか。

ほんの少しの間、開いたドアを見つめていただったが、やがてすっと立ち上がり、まっすぐにドアへと向かう。
警報の鳴り響く中、デッキへと走る。

(私の助けを待ってる子がいる)

そう思うと、いてもたってもいられなかった。
デッキにたどりつくと、パイロットスーツに着替えもせず素早くコクピットに滑り込む。
、ヒュッケバインMk-V。準備できました。発進をお願いします!」
「了解。ハッチ開きます、発進準備を……!?」
ミドリがシークエンスを出す直前、大空魔竜が揺れた。

「何事だ!」
「グランチャー一機、取り付かれました!」
「ええい、発進のタイミングを狙われたか……!」


伊佐未勇は、最初から大空魔竜隊とまともに戦うつもりはなかった。
戦艦さえ撤退させれば、最低限の被害だけで済むと考え、大空魔竜に直接向かっていたところだったのだ。
『戦艦を狙えば撤退する……ん?』
だが、勇の目論見はの出撃によりもろくも崩される。
船体に取り付き、エンジン部を狙い撃とうとしたまさにその時、発進口からが飛び出してきたのだ。タイミングを狙ったわけでもなく、二機は対峙する構図となってしまった。

「どいてっ!」
『っ!?こいつっ!』
刹那、のヒュッケバインと勇のグランチャーが交錯する。
直接グランチャーを押し戻そうと、はなおもバーニアを噴かせた。
「逃げ遅れた人がいるのよ!邪魔しないで!」
目の前の敵機に向かって放たれた言葉。は別にそれを聞かせるつもりではなく、焦りから発せられた叫びだったのだが、彼女の言葉は接触回線により勇にまではっきりと聞こえてきていた。

『何だって、なのにジョナサンの奴……』

そこまで言って、急に勇の体に異変が起こった。

『っ!?うぐ……』
グランチャーの動きが止まった。
そして、すぐさま色違いのグランチャーが一機飛んできて、勇の機体に寄り添うように撤退して行ったのだ。

「あの子、苦しそうだった……グランチャーとは、そういうものなの……?」
は勇の言動に何か不安定なものを感じたが、今はそれどころではない。
気を取り直し、機体を発進させる。レーダーの示す方向に、瓦礫の中にへたり込んだ少女の姿があった。

「!!」
重く響く機械音に、少女の目が見開かれる。
恐怖を与えないため、はコクピットハッチを開き、ワイヤーを下ろして少女のもとへと駆け寄った。
「……あ……!」
「もう大丈夫だよ、さあ、ここから避難しましょう」
「……」
ヘルメットを外し、少女に微笑みかける。少女がぎこちなく頷いたのを確認すると、はその手を取り、ヒュッケバインへと戻ろうとした。
その時だった。


「!、危ねえっ!!」

誰の口から発せられたのか分からない。
だがその警告の通り、達に向かい、廃墟と化した古いビルが倒れ込もうとしていた。
「ああっ!」
「く……!」
逃げる暇も無い、頭では理解していても、咄嗟に腕は少女を庇っていた。
抱き込むように上から少女を覆うと、はぎゅっと目をつぶり────


予想した衝撃は、いつまで経ってもやってこなかった。

「参式!ゼンガーさんっ!?」

思わず声を上げる。の眼前には、崩れ落ちたビルを背に立つグルンガストの姿があったのだ。
「ゼンガーさん……!」
「気にするな。当然のことをしたまでだ」
心配からか、焦りの色が伺えるとは対照的に、ゼンガーの声は冷静だ。は礼を言いつつ、再び少女を抱き、再びコクピットへ搭乗しようとした。

「……!!」
「…え?」
刹那、参式が僅かに揺らぐ。
ワイヤーに足を掛けたまま、は見た。

パイロット不在のヒュッケバインと、身動きの取れないグルンガスト。
の視線の先には、それをピンポイントで狙い、機体のみを落とそうとする動きを見せた敵機がいた。


今度こそやられる。
頭の隅で諦観しつつも、の体は素早くワイヤーを引き、コクピットに乗り込もうと急ぐ。
彼らを救ったのは、聞き覚えのある声だった。

「ビルドアァァァァップ!!」

その声の主は、一気に飛び出すと達と敵機の間に躍り出る。
視界を遮られたグランチャーの攻撃は、狙いを大きく外れてあらぬ方向へと飛んでいった。

「ひ、宙さん!?」
「ここは俺が食い止める!お前は早く行け!」
「は、はい!」

遠くに戦闘の激を聞きながら、ようやくは大空魔竜へと到着した。



「あの子の目が覚めたって本当ですかっ!?」

戦闘終了後、は着替える間も惜しんで医務室へと駆け込んだ。
急ブレーキをかけ、ドアの端にしがみつきながら中をのぞくと、既に目覚めていた少女の視線が、ふとかち合う。


「……!!」
それまで黙って俯いていた少女の表情が急変した。
の目をじっと見つめて、彼女に何かを言いたそうに口を震わせている。
少女の変化に気がついたは柔らかく微笑み、体勢を立て直して少女の座るベッドのそばにしゃがむ。そして自分から口を開いた。

「私は。よろしくね」
「あ…私……イルイ……」

「え?名前……」
アイリーン・キャリアーは驚き目を見開いた。

今まで何の反応も示さなかった少女が。
自らコミュニケーションを取ろうと、積極的に話し掛け、頬を緩めている。

そんなことはお構いなしに、は少女──イルイの笑顔に絆されすっかり上機嫌。首を傾けて、イルイを覗き込むように笑い返す。
「イルイちゃんか。素敵な名前だね」
「…おねえちゃん…助けてくれて、ありがとう……」
「そうか…あなたがこの子の記憶を取り戻すきっかけになってくれたってわけね」
しばらく考え、アイリーンはその結論に至った。の必死の救出作戦により、イルイが心を開いたのだ。

しかしこの二人、こんなにすぐに打ち解けてまるで姉妹のようだ。
そんなことを考えながら、アイリーンは医務室をそっと出た。今は二人にしておいてあげよう。


アイリーンが去ったのち、間髪入れずに新たな客が入ってきた。
!帰ってきたのなら反省室に戻り……うっ!?」
ピートは入りざま強く言い放ったが、途中で言葉を失ってしまう。
イルイがベッドからのそのそと出てきて、まるでを庇うように二人の間に立ちふさがっているのだ。
……いじめる……」
「…………う……」
眉をつり上げたイルイがピートを睨みつける。さすがに子供相手にわめくのは、ピートも気が引けた。
「やめとけよピート、子供相手に…それにの件だったら、大文字博士が取り消してくれたぜ」
「……っ!サンシロー!何故それを早く言わん!!」
「だからそれを伝えに来たんだろうが!!」
いつの間にか、サンシローがピートの背後に立っていた。
ピートは大きな溜息を一つ吐くと、なにやらサンシローにブツブツと言いながら部屋を出て行った。

「全く、アイツは堅すぎるんだよな〜」
「そりゃあ、責任ある立場だし……」
…お前って基本的にお人よしだよな」
「むっ、人が悪いよりはいいじゃないですか」
いつものごとく、明るく軽い口を叩くサンシローに、は口を尖らせた。だが彼は、そんなもの気にしていない。
「まあな。ところで、これから一緒にコーヒーでもどうだ?」
「え?」
全く態度を変えず、サンシローはの肩に手を伸ばした。その時。
「いってぇ!!」
「え?え?」
「…………」
短い叫び声と共に、サンシローは片足を押さえる。
彼の目の前には、先程からまったく気を緩めていないイルイの睨んだ表情があった。

たまらずサンシローは後ずさる。そして挨拶もそこそこに医務室を出て行ってしまった。


ここに小さなお目付け役が誕生したのであった。




ヒロインに絡む人描写もできて、ようやくオールキャラ連載っぽくなってきたでしょうか?
反省室〜辺りの描写は、ブライトさんがいたら『修正』できたんですが。うーん、残念。
そしてイルイがヒロインに懐いちゃったから、アイビス達もしかして出せないかも……(汗)
それはともかく鋼鉄ジーグです、ジーグ。ジーグ万歳!!

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