第六話 機械仕掛けの勇者


「……ん……っ?」
意識を取り戻したの目に最初に飛び込んできたのは、見知らぬ白い天井。
次いで、強い薬品のにおいが鼻に入ってきて、そこで初めて自分がどこかに収容されたのだと気付いた。
「どこ、だろう……」
首をぐるりと回しあたりを見渡してみる。全く知らない場所だ。
次にシーツの中で手を動かしてみる。だんだんと覚醒してきた証拠か、握ってみた手が自分の感触だとすぐに認識できた。
「確か、あの虎のロボットにやられて……それから」
声に出して状況を思い起こしながら、今度は上半身を起こしてみた。痛みはない。
これならすぐにでもここを出られそうだ。

もっとも、ここを出たところで、には行くあてもない。

「はぁ……どうしよう」
寝かされていたベッドに座り直し、は溜息をついた。あんな風に啖呵を切って大空魔竜を飛び出したはいいものの、結果はこのザマだ。
親切心から助けてくれたのであろうここの施設の人だって、いつまでも置いてくれるとは限らない。

シーツに手をつき背を伸ばす。
それで幾分かすっきりはしたが、問題が解決したわけではない。
再び溜息を一つついて、は改めて部屋を見回した。


医務室か何かなのだろうその部屋は、『医務室』と呼ぶには少々広く感じられた。
何に使うのか分からない大きな機械なども設置されてあったりもする。
そしてその中に、カーテンに仕切られたスペースがあるのを見つける。


そこから、人の気配がした。


「誰かいるの?」
小さく言ってはそちらに歩いていく。
気配、と呼ぶには硬質な感じがしたが、確かにその中には人の生きている証たる何かがある。
スプラッタな光景が出てきませんように、と心で唱えてから、はカーテンを開けた。

「……!」
はっと息を飲む。簡素なベッドに寝かされていた鋼鉄色の体は侵入者の気配にも動かず、ただ胸に付いている緑色の宝石だけが、淡い光を放っている。
改めて『彼』の全体を見回してみると、プロテクトスーツを身に纏ったまま寝台に横たわっている青年の姿だ。だが、腕や首のジョイント部分には、明らかにその中に人間本来の持つ肉体の入るスペースは無い。
「人じゃ……ない?」
無意識のうちにはそう呟いていた。先程感じた硬質な雰囲気、そしてこの身体を見ればそういう感想を漏らしてしまうのも仕方がないだろう。
『彼』がただの人間でないと悟り、は僅かに目を見開いた。
しかし、次の瞬間彼女はそれ以上に大きな目をさらにぱちくりとさせることになる。

いつの間にか開かれた彼の瞳が、を見つめていた。

二、三度瞬きをすると、静かに声を響かせる。
「ん…誰だ……?」
「あっあの、私はそんな怪しい者では……!」

しまった、感付かれた。
お決まりのセリフを吐きながら急にあたふたと慌てふためくを見つめる彼の目に、優しげな色が混じった。
「ああ、あのPTの中にいた子か……無事だったんだな……」
そう言って今度は顔全体を緩ませる。が何者なのか、そんなことよりもただ目の前の人間の無事を喜ぶ、そこには普通の人間と変わらぬ温かさがあった。
「あの……あなたは……?」
「俺は獅子王凱。GGGの機動隊長で……君を助けた本人さ。……と言っても、こんなザマじゃ決まらないがな」
「え?まさか、怪我を……」
「いや、こいつはただのメンテさ」
まだGSライドの調整が完璧じゃない、と自嘲的に笑いながら、凱はホラ平気だ、とでも言いたげに右腕を捻ってみせる。途端にぱちっ、という音がしたかと思うと、腕は万有引力の法則に従って再びベッドへと落ちていく。

「あ……」
「…………」
「……ふふっ」
「あ、ハハ…ハハハ……」
二人の唇から、同時に笑みが零れ落ちた。お互いの声を聞いて、さらに笑い声が誘われ出てくる。
それもやっと収まった頃、凱の表情に幾分か苦いものが混じっていた。

「参ったな……君には情けないところを見られてばっかりだ」
「そんなこと…」
「全く、勇者の面目が立たないよ」
そう一見愚痴のように吐きながらも、凱の言葉の端々には不快さは感じられなかった。

「凱、調子は……あ」
「命…っ!?」
声の主は、それに答える凱の声と共にその場で固まった。
ベッドに寄り添って、微笑み合う二人がいるとは思わずに来てしまったのだから、無理もない話ではあるが。
卯都木命は緊張を解くと、さっきまでの気まずい沈黙を取り直し二人に話しかけた。
「気がついたのね、良かったわ。それと、凱に変なちょっかいかけられなかった?」
悪戯っぽく微笑みながらに告げる。同時に、すぐ後ろで批判の声が上がる。
「おいおい、初対面の女の子にそんなことするわけないだろ?人を何だと思ってるんだ」
「あら、だっていい雰囲気だったんですもの?」
「え、や、違っ……」
慌てて否定するも、命は止まらない。ほとんど女子高生のノリでと凱、二人を交互に見回す。

「たく…命、何か用があったんじゃないのか?」
付き合っていられないとばかりに溜息を吐き、凱が話を振った。命は大げさに手を叩くと、の方を向く。
「あ、そうだったわ…大河長官があなたに話があるそうよ。メインオーダールームまで案内するわね」
「は、はい……」
「あっ、ちょっと待った」
命に連れられ、部屋を出ようとしたの背中に告げられる声。
振り向くとそこには、上体を起こした凱の姿があった。

「どうしたの、凱?」
「いや、何……彼女の名を、まだ聞いていないからさ」
です。凱…さん、先程は、ありがとうございました」
再度笑み、軽く一礼すると、は命に連れられ部屋を出て行った。

、か……なんだかまた会いそうな気がするなぁ……それも、とんでもない所で」
一人残された凱はそうぽつりと呟く。
その言葉が程なく現実のものになろうとは、おそらく彼自身も、この時点では予想だにしていないだろう。


メインオーダールームには、既にGGGの主要メンバーが揃ってたちを迎えてくれていた。その中にいるやけに貫禄のある精悍な顔つきの男が命の言う『長官』なのだろうと、は直感した。
「ようこそ、GGGメインオーダールームへ」
男が口を開く。
やはり彼がこの組織のトップ、GGG長官大河幸太郎であった。

「あれ、あなたは……」
挨拶を返そうとしたの口からは、しかしその言葉は出てこなかった。
大河のすぐそばに、見知った顔を発見したからだ。
大人しそうな印象を受ける少女である。彼女は、の驚いた視線を受けて首を傾げている。
「どうした、クスハ君?知り合いかね?」
「い、いえ…あの、長官。もしかして彼女が……」
クスハ、と呼ばれた少女がおずおずと告げる。それを継ぐように大河は言ってのけた。
「うむ。彼女が先程の戦闘でヒュッケバインMk-Vに乗っていた、君だよ」
そこまで言われて、もようやく思い出した。
少女……クスハは、虎王機との戦闘中、龍王機に向かって何かを叫んでいた人間だった。

それから大河は思い出したようにに向き直る。
「おっと、紹介が遅れたな。彼女はクスハ・ミズハ君、先のバルマー戦役にて、龍虎王のパイロットを務めていた者で…今は我々の協力者だ」
「よろしくね。それと……龍王機を守ってくれてありがとう」
大河の言葉にクスハが微笑んだ。
「いえ、あの時は何ていうか必死だったし…あ、でもあのロボットどうなったんですか?無事なんですか!?」
も笑って返そうとしたが、はっと龍王機のことを思い出し、まくし立てる。は自らが意識を失った後、GGG機動部隊により龍王機が無事保護されていることをまだ知らなかった。

「龍王機は無事だよ。そして新たに『龍人機』として蘇ったんだ」
「えっ」
声はの背後から聞こえてきた。
振り向くと、いつの間に入ってきたのか金髪の男性の姿がそこにあった。
「オオミヤ博士!」
クスハが声を上げる。どうやら知り合いらしく、その男性がロボット工学者のロバート・オオミヤだと紹介してもらえた。
ロバートからは龍人機についての簡単な説明もしてもらう。いわく、傷ついた龍王機にグルンガストのパーツを用いて、新たな機動兵器となった、と。

そこから話がスーパーロボット談義へと脱線しかけたところで、大河の咳払いが室内に響き、一瞬しんと静まりかえる。

「……ン…オホン。いいかね?」
「は、はい」
「すみません、大事な話の途中に……」
頭をかきながら、ロバートは申し訳なさそうな、恥ずかしそうな、そんな表情を見せた。
「さて、君。話というのは君の乗っていたヒュッケバイン…そして君の現在の立場についてだ」
「……はい」
名を呼ばれて、の顔に緊張が走る。構わず大河は続けた。
「申し訳ないが、少し君の事を調べさせてもらったよ。、過去の経歴は不明。現在は連邦軍極東支部の大空魔竜戦隊所属……」
「……」
「それがあんな所で単独行動をしていたとなると、何か余程の事情があったか……それとも大空魔竜を抜け出してきたか、ということになる」
大空魔竜の名を出され、は俯き、押し黙った。
大河の言っていることは両方当たっている。何者か(この場合、龍王機と虎王機なのだろう)に強く呼ばれ、制止を振り切って艦を抜け出したのだから。
「場合によっては、君を拘束しなければならないことになるかも知れん」
「そんな…!」
言葉に答えたのはクスハだった。彼女にとってはは龍王機を救ってくれた恩人のようなものだ。
それを拘束するなどと。

大河は渋い表情のまま、続ける。
「だが……あの戦いでの君の勇気は見せてもらった。君が意味なく隊を抜け出す……逃げ出すようなことをする子だとは、私にはどうしても思えないのだよ」
そこまで言うと、大河は口を閉ざした。
が話してくれるのを待っているのだ。大空魔竜を飛び出してきた、そのわけを。


長い沈黙の後、は小さく漏らした。
「…………呼ばれたんです。龍王機に」



「おいピート!どういうことだよ!?がいないって!!」
が唐突に姿を消したことで、大空魔竜内は騒然となっていた。
ヒュッケバインが出て行く際の、とピートとのやり取りは、本人たちとブリッジ要員にしか知られることはなかった。さらにピートは脱走兵にかける時間は無いとして、捜索隊を出さなかった。
また彼女と親しいパイロットにも情報を制限した。彼らがを追って艦を降りるかもしれないと危惧したためである。

パイロット陣にもそれが知りうるところとなったのは、ゼンガーがコーヒーを飲もうと彼女の部屋をうかがった時だ。普段ならゼンガーが誘わずとも自ら率先してコーヒーメーカーとにらめっこしているところなのだが、今日に限っていくら声をかけてみても部屋から出てこない。
さすがに心配になり、失礼を承知で部屋を開けてみたゼンガーは、不自然にも開きっぱなしの鍵と、もぬけの殻となった部屋に驚愕することとなる。

それとほぼ同時に、機体整備へと赴いていた他メンバーからの「ヒュッケバインが無い」との報告により、は艦外へと出て行ってしまったのだ、と判明したのである。


「もう勘弁ならねえ!俺はを探しに行くぜ!」
「サンシロー、勝手な真似はするなと言っただろう!ただでさえ戦力が抜けたんだ、この上ガイキングまでいなくなっては、大空魔竜の守りまでが手薄になる!」
ブリッジの入り口付近で、サンシローとピートが激しい言い争いを繰り広げていた。
それだけではない。二人を落ちつかせようとするもの、力づくでも止めようというもの、さらには野次馬までもが集まり始めている。
そんな状況が、二人をますますヒートアップさせていた。
「落ちつけサンシロー、今お前がそんなにいきり立ってもどうにもならんだろう」
「じゃあ何だ、お前はこのままが行方不明になってもいいってのかよ!」
「彼女には彼女なりの理由があったのかもしれないじゃないか」
「だからといって勝手に抜け出していいことにはならん!」

既にほとんどのパイロット達を巻き込んで膨れ上がる一方のこの揉め事に、いっそう深く切り込んだ者がいた。

「……俺がを探しに行く。帰ってきたらそれなりの罰も受けよう……双方、何か異論はあるか?」
水を打ったように静まりかえるブリッジ。
輪の中心に、発言の主──ゼンガー・ゾンボルトがいた。
「くっ……」
強い語調に、ピートは言葉を詰まらせた。
この男は、この前もそうやって単独行動を取り──結果として、長野への恐竜帝国の進攻を防ぎ、さらには新たな戦力まで引き連れて帰ってきたのだ。

ゼンガーに任せるべきか。
ピートは短い逡巡のうちに考えを張り巡らせた。
他のスーパーロボットでは、現在大空魔竜が『預かっている』という扱いになるためおいそれと抜け出させるわけにはいかない。
しかし、ゼンガーなら。
彼ならば放出したとしても、各方面への面倒な手続きなど踏む必要も無く、加えて『の捜索を手配した』との他のメンバーへの言い分も立つ。
なによりピートは、と同じくアースクレイドルから出てきたこのゼンガーという男のことを、完全に信用しきってはいなかった。いなくなっても他の者ほど厄介なことにはなるまい──そう踏んだ。

「……いいだろう。ただし、探しにいくのはゼンガー少佐だけだ。他のものはそのまま待──」
ピートが言いかけて。
それは敵の反応をキャッチしたとの通信により途切れさせられる。


そして向かった戦闘区域の中に、生まれ変わった超機人と共にヒュッケバインの姿を見つけるのは、もう少し先のことになる。


「本当に、良かったの?」
「うん。ただお世話になるだけっていうのもやだし……大空魔竜が来てるかもしれないし」
GGG本部から、クスハと共には出撃していた。
あの後。大空魔竜に戻る面もない、とは帰るのを迷っていた。しかし、答えを出すその前に沿岸都市からのSOSをキャッチしたのだ。
ちょうど龍王機と虎王機が戦っていたあたりだ。

の心は既に決まっていた。大空魔竜に戻るにしても、GGGに残るにしても、どちらにしろ修理の完了したヒュッケバインに乗り続けることは。
歳の近いクスハとも打ち解けられた。助けてもらった恩もある。

そして少しずつ。
クスハとの出会いにより、ほんの僅かだが、自らの記憶の糸口を掴みかけた。そんな気がしたのだ。




な、なんだかとっても…本編からずれまくっている気がするっ!?
……というか。今回は凱兄ちゃんです。彼には下のきょうだいはいませんが、間違いなく兄さん属性。
勇者シリーズ三大『兄さん』の一人です。護君に散々兄ちゃん兄ちゃん呼ばれてますしね!

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