第五話 黒虎降臨


呼ばれている。

「どうした、?」
様子を見て、どうやらただ事ではないらしいと悟ったゼンガーの、その呼びかけにすら答えない。
「私を呼ぶのは、誰……?」
はただ、そう呟いて窓の外を眺めていた。

「……ん?なんだか空が暗くなってきたな」
「一雨降るのかしら」
の覗いている隣の窓を見上げて、そこに集まっていた甲児たちがざわざわと何やら話し込んでいる。
その声すらも届かないのか、はただじっと、空のある一点を見つめている。

外に見えるのは、沿岸部に位置する都市だ。戦災の被害も比較的軽かったらしく、穏やかな様相を一行に見せている。
それとは対照的に、空は暗く曇り、やがてゴロゴロと嫌な音を響かせ始める。
「雷か…………」
コーヒーをすすりカップに戻すと、再びゼンガーは窓の方を向く。

そこにはいなかった。


「キャプテン、ヒュッケバインMk-Vが出撃許可を求めています」
慌ただしい大空魔竜のブリッジに、さらに厄介なことが一つ。
こちらを振り返り指示を待つミドリを見遣って、ピートは溜息をついた。
「ヒュッケバイン……あいつか。通信をこちらに回せ」
「はい」
、今は待機中だ。貴様も一応大空魔竜戦隊の一員である以上、勝手な行動は許さん!」
デッキから返ってきたのは、要領を得ないの言葉。
『何かに呼ばれているんです。私が行かなくちゃ……!』
「そんな曖昧な理由で許可を出すわけにはいかん」
『許可が下りないのなら、ハッチをこじ開けます』
「な、何だと……!」
『私は本気です。ピートさん、お願いします!どうしても行かなくちゃいけないんです!』
「そんな真似が許されると思うのか!?懲罰ものだぞ!」
言い合いをしながら、ピートはちらりとデッキに設置されたカメラの画面に視線を移す。
どうやらはったりではないらしく、そこにはロシュセイバーを構えたヒュッケバインの姿が映っていた。今にも白刃を放ち、大空魔竜の壁を切り裂かんとしている。

「くっ…これだから素人は困るんだ……!」
「どうします?」
「大空魔竜を壊されてはたまらん。放出しろ!ついでに、帰ってきたら独房入りの上、軍法会議にかけるとも言っておけ!」
指令が飛ぶとともに、ピートは横壁を殴った。
思えばアースクレイドルへの任以降、自分は常に苛立っているような気がした。それは主にサンシローたちの甘い考えや行動が目に余るためだと、自分ではそう思っていた。しかしいつの間にか、自らの感情の先には必ずあの少女がいる。

普通に考えてみれば、いい少女だとは思う。
だが、彼女が大空魔竜に乗った経緯やそれ以降の言動を思い起こすと、ピートの胸中には言い表せないほどの苛立ちがつのった。
がティターンズに関わりがあるかもしれない、ということによる不信感も確かにあるが、大部分は彼女がサンシローをはじめとする部隊のメンバーたちに受け入れられていることに原因があるのだろう。ピートの考えと彼らの考えには、大きな隔たりがあるのだ。

ここが軍でなければ、あんな出会い方をしなければ、もっと普通の接し方も出来たのではないかとも思ったが、どちらかというと堅物の部類に入る自分では、現在の状況意外でのへの接し方など想像もつかなかった。
だからこそか、ピートはに辛く当たらざるを得なくなり、それは彼女が行動を共にするようになってしばらく経った今でもそのまま続いているのだ。

その後大空魔竜が、が出て行った方向へと向かったのは、ただの偶然ではないのかもしれない。


一方、ほとんど脱走に近い形で外に出たとヒュッケバインは、予感だけを頼りに地面をホバー走行しながら、とある沿岸都市にやって来ていた。

戦いは既に始まっていた。
「龍と虎のロボット……私を呼んだのは、あなたたちなの?」
モニターには、雷と共に現れた傷を負った龍型のロボット、それを追うようにして現れた虎型のロボットが対峙している様子が映し出されている。
さらに周りを見回してみると、二体のロボットを驚愕の表情で見上げている人の姿も見受けられた。おそらく逃げ遅れてしまった人たちなのだろう。
まずかそちらの救助が先だろうか。は機体をそちらに向かわせようとした。
その時だった。

『…逃がさんぞ、龍王機』
「え?」
虎型のロボットの中からその声は聞こえてきた。
全方向回線なのか、それはの耳にも明瞭に届いた。

そして、が避難を優先させようと二体から少し離れた場所に位置していたためか。
それは一直線に『龍王機』と呼ばれた龍型のロボットへと突進する。
機体がぶつかる直前、は何ものかの叫びを聞いたように感じられた。
「あのままじゃ……あのロボットが死んでしまう……」
機械に対し何故『死ぬ』などという言葉を選んだのか、それは自身にも分からなかった。ただ、あれらがただのロボットではないことだけが感じ取れた。
「止めなくちゃ」
決意と共には振り返る。そして龍王機を庇うように両者の間に立ち塞がった。

何故こんなに躍起になるのか、自分でもよく分からなかった。
ただ、自分があんな無茶をしてまでやって来た理由が、ここにはあるような気がした。
「これ以上やらせるわけにはいかない!」
『…邪魔をするな』
硬質な男の声が響く。龍王機ごとヒュッケバインも倒そうとしているのかもしれない。
しかしここで退くわけにはいかなかった。接近戦になると踏んで、はロシュセイバーを抜き放つ。
「私には、あなた達がどういう理由があって戦っているのかは分からない。でも止めなくちゃいけない……そんな気がするの。それだけ」
『………………』
男は今度は答えない。かわりにまた突進の体勢に入る。
格闘の苦手なこの機体でどこまでやれるか。

いや、やれるか、ではない。大空魔竜で一緒に過ごした他の面々に言わせれば「やれるか、ではなくやってみせる」のだと、そう自信満々に答えるだろう。
「そうだ、やるしかないんだ……やってみせる!」
真正面から、虎のロボットを受け止めるつもりで、は構えを取った。
もちろんパワー負けしてしまうかもしれないことも予測して、突進を切り捌く手筈も頭の中でシミュレート済みだ。
来るなら来い。唾を飲み込み、操縦桿を握り直す。目の前の敵に集中しようとした、その時。

再び敵機から、男の声が響いた。
『……そうか、汝が……』
「……?」
同時には何か自らの心を見透かされるような感覚に陥った。
この男は、もしかしたら自分のことを知っているのだろうか。

しかし、男はそれに答えることは無かった。代わりに。
『龍王機……そしてよ……汝らの使命を思い出せ……』
「え……?な、にを…言ってるの……」
『……我と共に主の下へ還るのだ』
「!!…う……くっ……!?」
途端にの頭に激痛が走った。なんとか持ち直そうとトリガーに手をかけるが、手に力が入らない。
「これ、は……精神干渉……?」
まさかそんなはずは。
調べた限りでは、このヒュッケバインのT-LINKシステムは取り除かれていたはずだ。これほどの強烈な干渉をされるはずがない。
だとすれば、あの虎型のロボットに強力な精神波装置のようなものが取り付けられているのだろうか。

両手で頭を押さえてみても、それは気休めにしかならない。を襲う頭痛は物理的衝撃から来るものではなく、見えざる手によって直接精神を締め付けられているようなものなのだ。
「だ、駄目……こんなことで……!」
が苦しんでいる間に、相手はヒュッケバインの脇を抜けて龍王機に更なる一撃を加えようとしていた。
『グ、グルル…ウ……』
「このロボット……泣いて、る?」
苦しんでいるのは自分だけではないのだ。そう認識した瞬間、龍王機の呻きと共に、誰かの苦しむ声が入り混じったノイズのようなものがの頭の中に入ってきた。それは助けを求める声のようにも思えた。
直感的に、金髪の少年と、彼と同年代の少女のイメージが脳裏に閃く。彼らの叫びが直接頭に響いてくるのだ。
そして少女の方は、ある指向性をもって、確実にに届いていた。

先程助けようとした、逃げ遅れたと思われる二人の人間のうちのひとりだ。彼女は龍王機に向かい、悲痛な表情で叫び続ける。
そこにいた少女の声を、は確かに聞いた。
「や、やめて…!それ以上は……!龍王機が死んじゃうっ!!」
(この人、私と同じ感じがする……?)

どうしても助けなければ。
その思いのみが、を突き動かした。内なる衝動、とでも言おうか。


ちょうど虎のロボットは、龍王機に狙いをつけてこちらに向かってくるところだった。
「させないっ!!」
痛みも何のその、咄嗟に龍王機の前に立ちはだかると、はヒュッケバインの腕を交差させた。
「グラビティ・テリトリー、展開!」
コンソールパネルを操作すると、交差させた腕部を中心に半透明のフィールドが形成されていく。並みの攻撃など跳ね返してしまう、重力形成場を応用した防御機構である。

攻撃を捌こうというところには思考が至らなかった。ただただ、このロボットを助けたい、そんな思いでいっぱいだったのだ。
『……!!』
「くうっ……!!」
そしてぶつかり合う二つの機体。純粋な力勝負だ。
相手の突進のスピードも加わった力に、ヒュッケバインの脚部が地面をえぐって後ろに下がっていく。
フィールドにて完全に抑えているはずなのだが、それでも相手は止まらない。
「まずい……このままじゃ……」
先程から恐るべき勢いでグラビティ・テリトリー形成に回しているエネルギーが消費されていっている。残量が尽きれば終わりだ。
だがこの重圧はまだまだ終わりそうにない。見れば、僅かずつではあるが敵機がフィールドをじわじわと押し返し始めている。
そしてある一点にまで達した時、それは突然に起こった。

例えるならばダムの決壊。
『行け、虎王機よ……』
抑揚の無い声が聞こえ、次の瞬間にはの体を大きな衝撃が襲っていた。
「きゃああ!!」
悲鳴を上げ、それでもその身に叩き込まれた操縦技術は、にただ気を失うことだけは許さなかった。ベルトに固定されているおかげでシートから放り出されるようなことは無かったものの、激しい衝撃に体をがくがくと揺さぶられる。それに任せ、やっとの思いで機体を少しだけ横にずらす。
と同時にバランスを崩し、の機体はそこへ横倒しになるが、ともかくこれでコクピットへの直撃は免れた。そして、今まで押し合っていたヒュッケバインが位置をずらしたため、敵機──虎王機と呼ばれたそれは、慣性の法則に従いたちの横を通り抜けていく。
先程と同じくらいに距離を取ると、再度こちらに向き直る。

だがもう、に動く力は残されてはいなかった。
「どうしよう……これじゃあ龍王機を助けられないよ……」
全天周モニターに映し出される澱んだ空を見上げ、は嘆いた。
これで龍王機を守るものは何もなくなってしまった。自らの機体も大破に近い状態で倒されてしまったし、大空魔竜を飛び出してきた身にはもはや帰る場所すらない。

視界の端には、今だ傷ついた龍王機がうずくまり呻き声を上げている。
「ごめん、ね…………」
虎王機の一撃により、内臓も軋んでいるのが分かる。滲み出てくる生理的な涙に視界を閉ざされながら、は一人呟く。ふと龍王機が、自分の言葉に答えたかのように感じて再び視線をやるが、それを見たのを最後に、の視界は白くなる。瞼が降りてきたのに抗うことは出来なかった。


ただ、ひとつ。
闇に落ちていく意識の中、は何者かの声を聞いたような気がした。

『忘れるな、我らには与えられた宿命がある』

それは虎王機の中から聞こえた男の声のようにも思えた。

『数多の剣よ……』

それでいて、聞いたことの無い声であるようにも感じられた。

『お前こそ、私の捜し求めていた……だ……』

それを境に、今度こそ、の意識は途絶えた。




主人公二人目登場。同じくスーパー系のクスハちゃんです。
そして謎の敵(正体バレバレ)とヒロインの因縁もなんだか付けてしまいました。
超機人はニルファでは結構重要なファクターだったので、やっぱりいた方が物語の中核に関わってるっぽくていいですよね。

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