第四話 地の底より来るもの


単身、長野へと向かうグルンガスト参式を、は神妙な面持ちで見送った。
彼の身を案じているのではない。無事に帰ることを信じているからだ。
それよりも心配なのは、帰ってきた時にあの頭の固い極東支部長官に何を言われるか分かったものではないからだ。

既にコクピットに座り、スタンバイは完了しているのだが、そんなことを考えていたためか艦から出る動作が遅れる。
さん、何やってんの?早くしないと三輪長官にどやされるわよ!」
「あっ。ごめんなさい、すぐに出ます!」
ヒュッケバインの後ろには、ダイモスとガルバーが控えている。和泉ナナの高い声には気を取り直し、カタパルトに脚部を載せた。

「ヒュッケバインMk-V、カタパルト発進完了。すぐに迎撃態勢に移ります」
『了解。頼むわね、さん。……ミケーネ帝国軍、第一波接近中!約30秒後に基地上空に侵入します!』
『よし、各機迎撃開始だ!ビッグファルコンに一歩たりとも近づけるな!』


ピートの言葉を合図に、友軍機が散開する。
それぞれが『一騎当千』の言葉に相応しく、突出した戦闘力を持つ特機だ。その上パイロットは単機で飛び出して行きそうな連中ばかり。
各個撃破を狙った方が手っ取り早いのだろう、小隊(といっても、それぞれ同じ研究所所属の機体同士であるとかの連携を取りやすいもの同志でなのだが)単位で散らばって戦闘に突入する。
は誰とも連携を組まず、一人で防衛線の穴を埋めるように機体を動かした。
空を飛べないノーマル状態のヒュッケバインはスタンドアローンでの運用が最も適当だと判断したためだ。

レーダーサイトを確認すると、30秒を待たずに目標を見つける。
トリガーを握り締め、スロットルを一気に上げるとまだ距離のある戦闘獣にフォトンライフルを向け、すぐさまロック・オン。
加速の負荷に耐えながら、操縦桿に付いているボタンを押す。途端に閃光が走り、ライフルの先から出たそれは照準を過たず、敵の動力部を的確に捉えた。
動きが止まったのを確認すると、次のターゲットサーチに入る……間もなく、の攻撃でやっとヒュッケバインを認識したのであろう別の敵機が一直線に向かってくる。

「記憶を取り戻す暇さえ与えてくれないわけね……!」
小さく舌打ちして、はライフルをそちらに向けた。
ロック・オンするのとあちらの放つ攻撃と、どちらが早いか。

予想した攻撃は、しかし全く見当外れの方向に飛んでいった。


『ミケーネ帝国!貴様の相手はこの俺だ!』
「鉄也さん!?」
グレートマジンガーが戦闘獣の側面に、太刀を浴びせていた。
ちょうど手を振り下ろす、その瞬間を狙っての一撃。
『今よ!』
その少し後方に控える女性型のロボット、ビューナスAからの通信により、はライフルを構え直した。
先程のグレートの一太刀が効いていたのか、ヒュッケバインのたった一射により敵は敢え無く爆発する。砂煙の収まった時には、既にグレートもビューナスも、その場にはいない。


それぞれが一騎当千、突出した戦闘力。
単独行動を好むパイロット。
それらが集まったこの部隊でも…いや、だからこそ、いざという時の連携攻撃が決まった時の達成感は大きい。
そしてそれは、や鉄也達だけではなく、今戦っている皆が行っていることなのだ。

皆、力を合わせて戦っている。自分一人ではない。
そのことを一瞬のうちに理解し、反芻する。
『絆』というものを、は強く意識した。


やがて、最初に降下してきた集団は散り散りに、あるいは打ち砕かれ、爆風にのまれていった。
攻撃の手も緩み、は少しだけ緊張を解く。
が、それも束の間。
『ミケーネの第一波、後退しました!続けて第二波が接近中!』
『各機、現状のまま迎撃態勢!油断するな!』
大空魔竜より矢継ぎ早に下される新たな命。上空を見れば、確かに先程来たのととほぼ同数の戦闘獣が群れを成す。
『敵第二波、基地上空に侵入!!』
告げるミドリの声は普段と変わらぬように聞こえるが、僅かに焦りの色が窺えた。
ここへ来てなおも要所を押さえた波状攻撃だ。ミケーネ帝国にも腕の立つ指揮官がいるらしいことが、には肌で感じ取れた。
(私、どうしてこんなにも戦えるんだろう)
ふと、の脳裏にそんな疑問が浮かんだ。
この機体はあらかじめ脳波を登録した者でなければ扱えないことが分かっている。つまり自分はもともとこのヒュッケバインのパイロットだ、だからそれなりに腕が立つのだと、今まではその程度にしか思っていなかった。

だが、これまでにも戦闘中にほんの数瞬ではあるが、ぴりぴりと頭に何かが響く音と、何か全身の細胞が書き換えられるような感覚がを襲っていた。
コンマ何秒も無いであろう短い時間で押し寄せるそれは、戦闘が終わればすぐに忘れてしまうような些細なものではあったが、それでもまるで自分がこの機体に乗ることを──戦うことを運命付けられているようにも錯覚させる程の力があった。


短き逡巡ののち、ははっと我に返ったかのように首をふるふると振った。
「ゼンガーさんがいないのに!」
小さく、しかし鋭い語調で呟く。


自らを剣と言ったその男は、長野地区で起こった異変を調査するために、単身かの地へと向かったのだ。
数多の歴戦の勇者達にひけを取らない彼の戦いぶりは、それまで戦場でを励ましてくれる存在でもあった。
そこへ向かうことになった経緯一つ取ってみても、彼はにとって非常に頼れる男だったのだ。

ビッグファルコン防衛のため、長野の人々を見殺しにしようとした極東支部長官殿に向かって、恐れ多くも「全員で護れとは言っていない」との非常に痛快な屁理屈を放って、その後のお咎めも何も厭わずに一人出て行ったゼンガーを、誰が止めることが出来よう。
もちろん自身も、地球と地球人と、そして何より自分さえ良ければそれでいいといった三輪の考えには心底ついて行けなかった。しかし、彼の考えがどこかティターンズに通じるものがあると偶然耳に入ってしまい、ますます嫌悪感を露にしていたところである。

おりしもその瞬間、哀れにも防衛陣の連携攻撃により散り散りとなってしまった戦闘獣が一体、ヒュッケバイン目掛けて捨て身の突撃を挑んできた。
「あー、思い出したらだんだん腹が立ってきた!」
既に半壊状態の戦闘獣と、三輪の嫌味な顔が重なって見えた。
それまで溜まっていた三輪への不満と、ゼンガーのいない不安を吹き飛ばすがごとく、はヒュッケバインのコンソールを叩く。左腕部にマウントされていた投擲用武器『ファング・スラッシャー』が音を立てて外され、ヒュッケバインのその手に握られる。
機体と同色の平らなそれはまだ、切り裂くための刃を見せず、がタイミングを計り敵機に放出されるのを待っていた。
既にエネルギー残量の尽きかけていたフォトンライフルは、既にその場に打ち捨てられている。
多分後で補給部隊が拾ってくれるだろう。
「切り裂け!ファングスラッシャー!」
声と共に放つ。そのままではただ、硬い金属の部分が当たるだけだが、命中の直前に両端から輝く白刃が現れる。
そしてそのまま戦闘獣の咽喉のあたり──むき出しになった機械中枢をぐるりと切り裂き、ブーメランのようにして手元に戻ってきた。
が再び左腕にそれを戻すと同時に、爆発が起きる。

「やはり私は、戦うよう定められている……?」
閃光の中、ふと操縦桿を握り締めている手の甲を見つめ、は呟いた。
そうでなければ。
この戦場において、あまりにも戦い慣れている自分は、恐怖を感じない……いや、当たり前にある恐怖を抑えていられる自分はおかしい。


そんな思いに耽る暇も無く、戦いは続く。
第二波攻撃も次第におさまってはきていたが、このままですむはずはない。
例え今いる敵機を全滅させたとて、すぐに第三、第四の攻撃が待ち構えていることだろう。
「くぅ…!やっぱりこっちを消耗させるつもりか!」
よりはるか前方にて壁となり戦う一矢の口からも、明らかに疲労の色が見て取れる。
射撃戦を得意とするのヒュッケバインと違い、ダイモスは空手──すなわち徒手空拳を使う。接近戦を主とするゆえに、他の機体よりも敵の攻撃に晒される機会は増え、消耗も激しいのだろう。

疲弊しているのは一矢だけではない。
負けず嫌いの揃うメンバーのため、軽口を叩いたりあくまで余裕を崩さなかったり、優勢を保っているようには見えるが、それぞれにかかる負担は決して軽くはない。
もちろん、ミケーネなどに負ける彼らではないのだが、防衛戦であること、相手が物量で波状攻撃を仕掛けていること、そして戦力を割いていることのハンデは大きかった。
だが、だからと言って退くこともできない。皆それぞれに、地球を、人々を、そして平和を守りたいのだ。

「ちぃっ!」
誰かが短く声を上げる。そちらを見れば、仕留め損ねた一機が基地の建物を回りこみ、反対側から攻め入ろうとしている。
フォローに回ろうにも、距離が開きすぎている。
「誰か、援護をっ!」
そう叫びもそこへ向かおうとした。しかしやはり敵機までは遠い。
狙撃すればギリギリ届くかもしれないが、拾ってくれたライフルと補充用のエネルギーパックを受け取り、詰め替えるまでの時間も惜しい。
基地への攻撃が始まるまであと数歩をかぞえるその時。

戦闘獣の胴体部分にひとすじの閃光が走り。
少し遅れて上半身が滑り落ちた。
そして上体が地面に着くと同時に、二つとも爆発にのまれる。

その機体に使われていたAIは、おそらく自分が落とされてしまったことにも気付かなかっただろう。

土煙がおさまった頃、そこに佇むは。
「…我に断てぬものなし……!」
「ゼンガーさんっ!!」
斬艦刀を横に構えた、グルンガスト参式の姿。
そして。

「甲児君!」
参式の後ろに立ち並ぶ機体の一つを見て、鉄也は思わず声を上げた。
現れた強力な援軍は、ゼンガーだけではなかったのだ。
「へへっ、ちょいと苦戦してるみたいじゃねえか鉄也さん」
自信に満ち溢れた声の持ち主は、鉄也の乗るグレートと似た機体にいた。その脇にはビルドベースで見かけた緑色を基調としたロボットや、女性型のロボット、空中には漆黒の機体が浮かんでいる(後から聞いたのだが、長野で一緒に戦った民間の協力者そうだ)。


ともかくこれで少しはまともに戦える。
そう思った瞬間、周りの空気が震えた。


一瞬にして昏く染まる天。
ある一点を中心として集った雲からは雷鳴が轟く。
そこに存在する全てのものが『それ』の出現を感じ取り、恐れているような。そう錯覚させるほどの威圧感と共に、低く唸るような声がした。

「聞けい、人間共よ!我こそはミケーネ帝国七大将軍の長……暗黒大将軍!!」
腹の底から響く、重い声。
まるでそれ自体に力があるかのような、重圧感。
そちらに視線を向けると、第三波と思われる戦闘獣軍団を従えて、巨体が一つ、悠然と立っている。

「ミケーネ軍団の長だって!?」
『敵の総司令官が出てきたというのか……!!』
「だったら、ここでブッ倒せば後々楽になるってもんだぜ!!」
純粋に事実に驚く者。チャンスとばかりに血気にはやる者。皆それぞれの反応を示していたが、そこにいて沈黙を守っている者もいた。
剣鉄也とゼンガー・ゾンボルト。そしてもその一人だ。
暗黒大将軍の口上を同じく問答でもって答える気は無いのだろう。それはにも同じことが言えた。
今まさに戦わんとする相手に対し、驚愕する暇も、敵を挑発する小賢しさも持ち合わせてはいない。

彼らを抜いた大空魔竜隊の面々は、まだ暗黒大将軍に対して挑発の言葉などを向けていた。それは遠くに位置したまま高みの見物を決め込んでいる様子の相手に対して憤りを感じた故からか。
しかし、それも束の間。
「うぬぼれるな、愚か者めらが!」
暗黒大将軍の声色が変わった。多少怒りの色をはらんだその一言だけで、大気はおろか大地までもが震えだした。

突然の地震により、僅かに隊列が崩された。戦闘員の中にもいきなりのことに混乱する様子が見受けられる。
そんなことにはお構い無しに、大将軍の言葉は続いた。曰く、『日本をミケーネ帝国の前線基地にする』と。
続いて暗黒大将軍は、戦場へと変わり果てた大鳥島を悠然と見回すと、再び隊に視線を戻した。
「フフフ……どうやら貴様らには俺と戦う資格があるようだ」
そう言うと、腹の底から楽しげに笑う。その笑い声ですら、普通の人間にとっては恐怖の対象だろう。
満足したのか、それだけできびすを返そうとする。どうやら今日は、本当に日本征服の宣言だけが目的だったようだ。

しかし、それだけでは終わらなかった。
一瞬の出来事だった。
ゆっくりと後ろを振り向く暗黒大将軍の頭部を目掛けて、何か黒いものが恐ろしいスピードで飛んでいった。
しかしさらに恐るべきことに、大将軍は動きを止めてそれをやり過ごす。

他の者が気がついた時、大将軍の手にはグレートマジンガーの飛ばされた腕がしっかりと収まっていた。
「待て、暗黒大将軍!」
声の主は、いつ移動したのか。
並み居る戦闘獣軍団を払いのけ、暗黒大将軍の眼前に位置していた。
「鉄也!」
「鉄也さん!」
ジュンと甲児が同時に叫ぶ。しかしそのどちらにも応じず、鉄也は暗黒大将軍と睨み合ったままだ。
「焦るな、剣鉄也」
先に動いたのは大将軍の方。余裕たっぷりに笑むと、グレートの腕を投げつけ、そのまま遠ざかる。

「フフフ……さらばだ」
「逃がすか!」
腕がグレートのもとに舞い戻る。その間にも大将軍の姿はどんどん霞んでいく。
鉄也は叫び、追おうとしたが、両者の間に入り込んできた戦闘獣と、大空魔竜からの通信に邪魔をされ、それ以上進めない。
『追うな、鉄也!まだ敵は残っているんだぞ!!』
通信機越しのピートの声には、普段と変わらぬ冷静さが戻っている。大空魔竜のキャプテンとして、今最優先でなすべきことを理解しているのだ。

やがて、渋々ながら了解の意を伝える鉄也の声が聞こえてきて、同時にグレートマジンガーの進路を阻んだ愚かな戦闘獣の断末魔が響いた。
「鉄也さん……」
その様子を、はじっと見つめていた。ほんの数秒間に満たないそれが、何故かの心に焼き付いて離れなかった。
これが彼女が初めて見た、恨みなどの余計なものの無い、純粋な『宿敵』同士が相見える図であった。


その後。
何とかミケーネ軍を撤退させた大空魔竜隊は、三輪長官の命により、地下勢力殲滅作戦のためビッグファルコンを飛び立つのであった。




またまた戦闘シーンばっかりになってしまいましたが、いかがだったでしょうか。
今回はちゃんとヒロインが大活躍してます!……よね?
キャラとの絡みをもっと増やしたいのはやまやまなんですが、どうやらこっちの方が楽しいみたいです、私。
ええ、この連載のテーマは恋愛でも逆ハーでもなく、『あなたが主人公のスパロボ』です!

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