第二話 ロスト・ナンバーズ


ククルを追ってアースクレイドル跡地から姿を消したゼンガーとは、休む間もなく機体を走らせ日本へと辿り着いていた。
「ゼンガーさん、少し休みませんか?このままだと先に機体の方がいかれますよ。せめてメンテナンスだけでも……」
「そんな暇は無い。悪いが先に行くぞ」
「あ、ちょっと!」
コクピットに座ったまま、既に何日も過ぎている。は詰め込んであった携帯食料を口にして何とかもってはいたが、ゼンガーはおそらく何も食べていないのではないか。

さらに、強行軍の合間に遭遇したミケーネ帝国軍と幾度か剣を交えたのだ。
その中の一戦、科学要塞研究所での戦いには、あのククルの姿も見受けられた。が、結局とどめは刺せず、またこうして人気の無い山道を走り追っているというわけだ。

は、ゼンガーの精神力とその執念の深さを改めて思い知った。
自分も記憶があれば、あれほどまでになってしまうかも知れない。アースクレイドルの中にはおそらく、自らの友人たちや大事な人もいたのだろうことを考えると、今の状況と冷静でいられる自分がとてももどかしい。

いっそのこと自分も復讐鬼になれたら、とさえ思い立ってしまう。


だが、の抜け落ちてしまった記憶の穴は、それを許さない。
そんな思いを抱えながら機体を進めると、やがて二人の眼前に建造物の陰が現れた。


はヒュッケバインのコンソールに指を走らせる。この数日の間に簡単なチェックを行った際に発見したデータベースである。
その建物はビルドベース。考古学、サイボーグ工学と多岐に渡る分野で活躍する司馬遷次郎博士のいる場所だ。
「あそこなら、邪魔大王国について何か分かるかもしれませんね」
「協力を仰ぐ必要は無い。……見ろ」

参式の指し示す方向には、古代日本を模したような、それでいて禍々しさを覚えさせる異形の数々。
彼らこそが、女王ヒミカを頂点とする地下勢力の一つ、邪魔大王国である。
見れば小型のロボットと戦闘機がたったの二機のみで彼らに応戦していた。おそらくビルドベース防衛用の機体だろう。

そしてその戦火の中に、あの女神のようなフォルムを持ったマガルガの姿を見付けた。
ククルはゼンガーとの姿を見つけると、呪いの言葉を吐くように低く呟いた。

「!ここにも現れたか……」
「…逃がさんと言ったはずだ」


二人の間には、例えであろうと口を挟むことの出来ない緊迫した雰囲気が流れ出ていた。
ゼンガーとククル、両者の間は実際にはかなりの距離があったが、そこに割り入ろうものならば間に流れるぴりぴりとした空気に気圧されてしまうだろう。

「……ゼンガーさん」
。手出しは無用だ」
「分かってます」
が機体を少し退かせると、ゼンガーとククルが正面を向き合った形になった。

自らの決意を口に出して確認するかのように、ゼンガーはククルに言葉を吐き出す。
「……ネート博士達の無念はこの手で晴らす。それが生き残った俺が果たせる最後の使命……!」
「使命だと?生ける屍同然の身で…笑わせるな」
「黙れ!例えこの命が尽きようと、我が太刀で貴様らを断つ!!」

ゼンガーが斬艦刀を構える。
が、ククルはそれに反して悠然としたままだ。
「マガルガが受けた借り…お前達に返させてもらう。まずは貴様を倒し、その次は後ろの小娘だ」
そう言って整った顔を歪める。

その恐ろしい形相はには見えなかったが、凄まじい殺気だけは伝わってくる。
それに敵として現れているのはククルだけではない。何十という邪魔大王国軍が同時に向かってきているのだ。
は、もちろんゼンガーも、負けるつもりも退くつもりも毛頭無かったが、この数を相手にするにはやはり分が悪い。


既に戦闘は始まりつつあった。
イキマの合図により、邪魔大王国軍がビルドベースに向けて進攻してくる。
その中で、炎ジュンはそっと呟いた。
「鉄也……」
「様子見だ。今はな」
「……分かったわ」
剣鉄也はジュンに静かに告げる。
彼らはゼンガーを知っていた。ついこの間アースクレイドルより目覚めたばかりの剣のことを。
先の科学要塞研究所での戦いにおいても、何かゼンガーについて心当たりのあるようなことを言っていたのだ。
その言葉はには届かなかったが、これから先、彼女の記憶を探る手がかりになることになる一言だった。

そして、今は達のことを詮索している場合ではない。


「宙さん、いいかげんにして!あの人達と協力して戦うのよ!」
見れば、ビルドベースの防衛機と大空魔竜隊の機体とで、いさかいが起こっていた。
ビルドベース側のロボット──鋼鉄ジーグ、と呼ばれたそれと、ガイキングのパイロットはまだ経験も浅いらしく完全に機体を乗りこなしているとは言いがたい。にはそれが直感的に分かってしまった。
「……とにかく、あの建物に敵を近づけなければいいのね」
誰にも聞かれることのなかった呟きと共に、ゼンガーの陰に隠れるようにして敵陣の側面を撹乱するように動いていく。

何故他のパイロットの動きが分かるのか、その疑問は解けないままに。


「ゼンガー・ゾンボルト、見参!」
先陣をゼンガーが切り、それに続く形で大空魔竜とビルドベース隊が続く。
彼のおかげで、連携の取れていなかった者達もそれぞれ迎撃体勢をとることができていた。
愚かしくも正面に回りこんできた雑魚を一機、斬り伏せると、グルンガスト参式はマガルガの眼前に躍り出た。

誰にも……でさえも入り込める隙はない。
二者が対峙する空間が、そこだけ別世界のごとく静まりかえる。
「来るがいい!お前に黄泉の国を見せてやる!」
「よかろう!貴様の命が見物料代わりだっ!!」

先に動いたのはククルだ。
目視できないほどのスピードで近づくと、独特の舞を踊り始める。

「生魂!」

マガルガの背中より、光が噴き上がる。
七色に輝くそれは、光の帯となってゼンガーに襲い掛かった。

「足魂!」

軽やかな脚捌きがグルンガストを捉える。

「玉留魂!」

ゼンガーは参式の腕を交差させ凌いだ。
が、防御の形を取ったまま、光に絡め取られて機体が浮く。

ククルが最後の気合をあげる。
「布留部…由良由良止布留部!」
「くぅっ!!」
「!ゼンガーさんっ……」
参式は吹き飛ばされ、轟音を響かせながら地面へと落下する。
離れた位置にいたの所にも、その衝撃は襲ってきた。

やり過ごした時には、マガルガも参式も、既にその位置にはいなかった。
レーダーを頼りに探してみると、二機ともが主戦場から少し離れた場所まで移動していた。周りにこちらの味方機は無く、ゼンガーだけ孤立してしまっている。

「フフフ……ゼンガー…お前も黄泉路へと旅立つがいい!」
マガルガが再び舞うようにステップを踏み、更に参式に先程の一撃を与えんと迫っていく。
「笑止!!」
が、気合一閃、ゼンガーはマガルガを光の帯ごと弾き飛ばす。
「二度も同じ手は食らわぬっ!」
そう言って、ゼンガーが斬艦刀を構えなおした、その時。

の脳裏に、何かが閃いた。


獣の鳴き声を思わせる電子音が聞こえたのはその一瞬後。振り向くと、いまだ動けぬ参式を狙いハニワ幻人が踊りかかっていた。
咄嗟のことに、反撃のライフルを起動させるまでに反応が至らない。
「!させないっ!!」
それでも、なんとか対処しようと必死で手を動かす。
「っ!く……」
結果、敵の刃はヒュッケバインのライフルを持つ右手にガードされ、一瞬その動きが止まった。
が完全にそいつに向き直ると同時に、横合いから何かが勢いよく飛んできて、敵の胴をつらぬく。
それは黒く輝く何かの拳だった。
「大丈夫か?」
「あ、はい…あのっ、ありがとうございます!」
「礼はいい。今はそれよりもこいつらを片付ける方が優先だぜ」
そう言って別の敵に向かっていく巨体の後姿を見送る。
データでは確認したし、科学要塞研究所にて一度その姿を目にしたことはあるが、あらためてその機体──グレートマジンガーに驚嘆と畏敬の念が浮かび上がった。


……早くゼンガーさんの所に行かなくては。
孤立した、尚且つ敵陣に最も近い位置にいる彼に攻撃が集中し始めていた。
は前方に敵影が無いのを確認すると、一人戦線より少し外れた所から参式の場所まで回り込もうと機体を加速させた。
しかし、がそこへ行くまでも無く、勝負は既に決まりつつあった。


「必殺!斬艦刀一文字斬り!!」
気合の声と共に、参式が剣を振り抜く。マガルガの胴を薙いだ、と思った時にはもうそこに参式の姿は無い。
「これぞ参式斬艦刀…我に断てぬものなし……!」
静かに、ゼンガーは剣を下ろした。全てを終わらせるその一太刀を浴びせて。

だが。マガルガはまだ、完全に破壊されてはいなかった。
砂煙の中からよろよろと姿を見せたそれは、後ずさるように参式と距離をとる。
「くっ……!」
「逃がさん!」
しとめ損なったのを察すると、ゼンガーもまたそれを追って再び追って来たから遠ざかった。

そして次の瞬間、はマガルガから何か怪しい気配が漂うのを感じた。
遠くからでも分かるこの嫌な感じ。

その嫌な予感は当たった。
「むうっ、参式が!貴様、何をした!?」
ゼンガーが叫ぶ。参式がマガルガから出たその怪しい気配に包まれたかと思うと、急に動きを止めてしまったのだ。
「ゼンガーさん……無茶をしたからっ!」
は焦って突出する。今参式は動くこともままならない。ていのいい標的だ。
だが、その場所へと至る間に立ちふさがるように、宙に浮く巨大な岩の塊のようなものがの視界を覆った。
邪魔大王国の移動要塞、ヤマタノオロチである。
はとっさにフォトンライフルを構え、トリガーを引くが、その程度で落ちてくれるような相手ではない。
「そんな……びくともしないなんて……!」
の放ったそれは、要塞の外壁に傷をつけたにとどまった。思わず操縦桿を握る手に力がこもる。

こんなものをどうやったら落とせるのか。逡巡する間にも要塞はビルドベースへと迫っていく。
窮地に立たされたを救ったのは、ハニワ軍団を一掃して追いついてきた味方機だった。
「ここは下がっていろ、こんな奴は俺一人で十分だぜ!」
「宙さん、無茶しないで!」
先行する鋼鉄ジーグを諌めるように小型戦闘機のビッグシューターが後を追う。二機はあっという間にヒュッケバインを追い越しヤマタノオロチの眼前まで到達した。
「食らえ!ジーグバズーカ!」
ビッグシューターが威嚇するようにミサイルを放つと、それに怯んだ隙にジーグが気合とともに攻撃を放つ。
先程のの攻撃よりも正確に、かつ多大なるダメージをしっかりと与えていた。
「す、すごい……」
二機に足止めを食らっているうちに、大空魔竜隊も態勢を整え直し要塞を囲むように展開する。

あれだけいた他の敵も、今は見る影も無い。
「ええい、ここは撤退だ!」
イキマが呻く。たちの攻撃の手が届く寸前、ヤマタノオロチは上空へと舞い上がり、驚くべきスピードで後退していった。

「なんとか、あの建物は大丈夫だったみたい……」
無傷のビルドベースを見遣り、はほっと一息つく。
そして大空魔竜に回線を繋ぎ、自分とゼンガーの回収を頼もうとした。
が、向こうもそれを予測していたらしく、回線が繋がる前に参式とヒュッケバインの方に回収部隊が寄越された。


「まずは名前から聞かせてもらえるかしら?」
「あ、はい。です」
「そう、さんね。私はフジヤマミドリ、よろしくね」
無事に回収された大空魔竜の中で、とゼンガーは別々に質問を受けることになった。きつい言葉で言えば『尋問』になるのだが、そうとは思えないほど落ち着いた雰囲気の中で、その会話は行われた。
の担当になったのは、オペレーターを務めるミドリという女性だった。
服装と階級章からどう見てもティターンズとしか見えないを警戒し、キャプテンのピートはまずは拘束することを考えた。そこをなだめて尋問役に立候補したのも彼女である。
「あなたのそのパイロットスーツは、ティターンズのものよね?数ヶ月前に組織崩壊したはずの……」
「あの、私……名前以外の記憶が無いんです。ティターンズとかについては、ゼンガー少佐から説明を受けただけのことしか知りません」
「ええ、分かっているわ、私も無理に聞き出そうとは思っていないから」
優しく微笑むミドリに、は僅かに緊張がほぐれるのを感じた。
しかし、そこへ運悪くほぐれた緊張感を元に戻すものが現れた。

「甘いな、この女はティターンズの残党かも知れんのだぞ」
「そんな……!」
ドアが開かれ、厳しい表情をした男が入ってきた。その後ろからもう一人、精悍な顔つきの青年が顔を出す。
に向かって問い詰める口調で話してきたのは、この大空魔竜のキャプテン、ピートだ。
「ティターンズの残党はまだ宇宙でひそかに活動していると聞く。貴様がそうでないという保証はどこにも無い」
「私本当に知りません!それに宇宙だなんて行ったこともないのに!」
「おいピート、そのくらいにしておけよ。女の子にそんな口の聞き方なんかして……」
「……!性別は関係ないだろう!」
後ろに立っていた青年に制止され、ピートは思わず声を荒げる。
そんな様子をものともせず、青年はとの間に割って入った。
「俺はツワブキ・サンシロー。ガイキングのパイロットだ」
「あ……あなたがあの時の……」

言われては思い出す。
自らが目覚めた時、ガイキングに乗っていた彼が今と同じように自己紹介していたことを。
「なんにせよ、美人が増えるのは大歓迎だぜ!」
「まあ、サンシロー君ったら!」
和やかに笑い合う二人を見て、はおずおずと問うた。
「あの……それって、私はここにいてもいいってことでしょうか?」
「サコン君の調べによると、ティターンズのデータベースにという名前の人はいなかったそうよ。大文字博士の計らいで、しばらくは大空魔竜隊の所属ということになったから、その間にあなたの記憶の手がかりを探すといいわ」
にっこりと微笑みを浮かべるミドリに、も負けないくらいの微笑みを返す。
「あ、ありがとうございます!あ……でも……ゼンガーさんは……?」
「ゼンガー少佐も、大文字博士の説得でしばらく行動をともにしてくれるそうよ」

よかった。
彼が一人でククルを追うのではないかという、そのことがには気がかりだったのだ。
そして、安心したからか、部屋に備え付けのベッドに寝転ぶと、すぐにすやすやと寝息を立て始めた。




なんというか、ゼンガー少佐がヒロインを完全に食ってしまっていますね…戦闘シーン楽しいー!
さすがは熱血オヤジ。ニルファの真の主役はこの人です。
そして何だかピートが悪役ですね…でも彼は懐疑担当ですから、ある程度は仕方ないのかも……
ちなみにククルの技『黄泉舞』は『いくたま、たるたま、たまとまるたま、ふるべ、ゆらゆらどふるべ』と読むそうです。

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