|
声が聞こえる。 気がつけばは、暗く狭い空間に座り込んでいた。ここはどこなのだろう。 手探りでまわりを探ってみると、何か硬いものがその手に触れる。 スイッチ。 第一話 アースクレイドルの落し子 揺り篭は、突如としてその機能を失った。 人類の種の保存計画のひとつとして地下に造られたアースクレイドル。しかしその存在は、地下から人類の滅亡をたくらむミケーネ帝国、及び邪魔大王国の目に留まり、そして── 壊滅させられた。 いや、壊滅させられた、はずだった。 尖兵として出ていた邪魔大王国の攻撃のさなかに、緊急アラームが鳴り響き、剣──ゼンガー・ゾンボルト少佐は、グルンガスト参式の中で目を醒ました。 人類の希望を、それを託した者達をも、全てを失った彼は、まさに鬼神と化していた。ハニワ幻人程度ではまるで相手にならない。 そしていよいよ残る敵は女神を模した機人一体になったその時。 「フフ…大見得を切っただけのことはあるようだな」 その中から、女の声が聞こえてきた。 「だが、ここまでだ!」 女は乗機を転回させ参式の前に躍り出た。 「フフフ…我が名はククル…黄泉の巫女。我がマガルガの舞…とくと見るがよい!」 「ぬう…速い…ッ!」 敏捷性で勝る女の機体──マガルガ──が、参式を翻弄する形になっている。 「お前にはマガルガの影さえも捉えられまいて」 「……!」 マガルガが参式の側を掠める度、衝撃が走る。コクピットの中、ゼンガーは防御態勢のままなんとかやり過ごした。 「さあ、同胞たちの下へ逝くがいい……ゼンガーとやら。お前の過去は、このククルが大地へ永久に刻み込んでくれる」 言葉と同時に、マガルガは今までとは違う動きを見せる。防御態勢のままいまだ動かない参式にとどめを刺すつもりか。 「舞え、マガルガ!」 ククルが言うと、マガルガはさらにスピードを増し、参式に向かって行った。だが、ゼンガーは回避行動すら取らず、真正面から向き合う。そして呟いた。 「……あれを…使うしかないか」 参式がわずかに動いたのを感じ、マガルガの動きにもほんのわずかだが揺らぎが生じる。 その時、光弾がマガルガの脇を掠めた。 そこにあったのは、濃い紫色にカラーリングされた一機のパーソナルトルーパー。 「何……あれ……」 視界が開けたとき、が目にしたものは破壊しつくされた何かの建物跡。 それを背に、厳めしいフォルムのロボットと、女性を模したロボットが対峙していた。 そしては急に現実へと引き戻される。どうやら自分がいる場所も、何かのロボットのコクピットらしく、様々な計器類が並んでいた。 先程触れたのは、どうやら手に持ったライフル状の武器のトリガーだったようだ。 対峙していた二人は同時に声をあげる。 「ヒュッケバインだと!?」 「まだ生き残りがいたか……」 ククルは舌打ちをすると、ゼンガーがヒュッケバインと呼んだもう一機のパーソナルトルーパーに向き直った。人形のような整った顔を醜く歪めて、マガルガを破壊された跡地に向かわせる。 「死にぞこないめ、まずはお前から血祭りに上げてやる!」 には、スピードを上げて迫ってくる女神の姿がはっきりと見えていた。その姿に相応しくない呪いの言葉を吐き出しながら、攻撃の態勢に入る。 体がとっさに反応する。 が、マガルガの動きはのそれよりも速かった。 「!!」 機体の操縦すら頭から消え、は手で頭を覆った。 しかし、予想した衝撃はいつまで経ってもやっては来ない。 「させんっ!!」 「!何っ!?」 いつの間にここまで来ていたのか、グルンガスト参式が二機の間に割って入っていた。 その手には、巨大な太刀が握られている。 (ネート博士…あなたの声……確かに…聞き届けました……) ククルがヒュッケバインに気を取られている間。 ゼンガーはアースクレイドルより射出された参式斬艦刀を確かに受け取ったのだ。 今まさにぶつからんとする二機の間に刀身を滑らせ、刃をマガルガへと向ける。 「な…剣だと!?」 「一意専心!」 気合とともに、ゼンガーはヒュッケバインより離れ、改めてククルと対峙する。 斬艦刀を構え、腹の底からの言葉を吐き出す。 「ククル!いざ、尋常に勝負!我はゼンガー…ゼンガー・ゾンボルト!悪を断つ剣なり!!」 そこから先はあまり覚えてはいなかった。 参式がマガルガに太刀を叩き込んだ所を見るのを最後に、は軽く意識を失った。 再び目を覚ましたのは、巨大な竜が上空に現れたのを見たためだ。 それだけではない。 動物を模したような形の小型機が三体。そして、竜の中から何かが飛び出した。 『ガイキング、パート1、パート2、ゴー!』 「な、に……?ロボット?」 『パート3、ゴー!』 三つのパーツは空中で見事な合体を披露し、地に降り立った。 『ガイキング、合体完了!』 大きなツノを持ち、腹部に巨大な顔が付いている。 特徴のある尖ったフォルムは、特機──スーパーロボット特有のものだ。 何故こんなところに、という疑問はすぐに解けた。 彼らとちょうど正反対の方向に、また系統の違ったロボットの軍団が現れていたからだ。おそらく敵同士なのだろう。 どうするかと一瞬戸惑った所に、巨大な竜から通信が入ってきた。 「グルンガスト参式、ヒュッケバインMk-V…応答願います。こちらは極東支部所属の大空魔竜。応答してください」 「は、はいっ!?」 とりあえず返事だけはしたものの、どうすればいいのか分からなかった。 しばらくの逡巡の後、は恐る恐る声を出してみる。 「あの…あなたたち何者なんですか?」 「えっ?」 「俺はツワブキ・サンシロー。ガイキングのパイロットだ」 オペレーターが困ったような、驚いたような声を出すのとほぼ同じく、回線に割り込んできた者がいた。 「サンシロー!戦闘配備中だぞ!余計なことをするんじゃない」 さらに別の回線が混じってきた。今度は竜型の戦艦の方からだ。 サンシローと名乗った男と、もう一人割り込んできた男は、オープン回線を使ってなにやら口論を始めた。 すぐに上の人間らしき別の声に諌められて収まったものの、そこに流れる空気はまだ重いものを払拭しきれていない。 「だ、大丈夫…なのかな……」 一抹の不安とともに、大空魔竜を見遣る。 戦闘は既に始まっていたが、戦艦とガイキングは、まだ上手く連携が取れていないように感じる。 マニュアルに沿ってシビアな戦闘をする戦艦に、慣れていないのか好き勝手に動くロボット──特機独特の火力と装甲のおかげで戦闘獣の攻撃も堪えてはいないが、それだけでは勝てないことを、は何故か理解していた。 別の方を向くと、そちらではグルンガスト参式が先程と同じように手にした斬艦刀で一太刀のもとに敵を切り伏せている。その気迫はもはや並の人間とは思えない。 向こうは大丈夫だ……そう判断して、はガイキングの戦闘域に機体を動かした。 操縦方法は体が覚えていた。 目の前の異形も、今座っているロボットのコクピットも、全然知らないものだ。しかしはそれを感じさせぬ腕を大空魔竜隊に見せ付けた。 ガイキングのパンチが戦闘獣を捉える。 ど真ん中に当たってそいつはよろめいたが、まだ致命傷には至っていないらしくなおも向かってきた。 「しつこい奴だぜ!」 サンシローは改めて構えをとった。そのすぐ脇からすばやく動く、一つの影。 「まだっ、もう一撃!」 ヒュッケバインだった。戦闘獣の真正面を向き、驚くほど正確に照準を合わせている。 「いけぇーっ!!」 の叫びと共に、フォトンライフルから光が射出される。光は敵の胴体に吸い込まれていき──── 爆発した。 「敵機の反応、全て消えました」 オペレーターの声が回線を通して伝えられる。大空魔竜隊の面々は、戦闘の緊張がほぐれたのか息を大きく吐いたり伸びをしたりするものもいたが、キャプテンのピートはいまだ、警戒を解いてはいなかった。 「アースクレイドル所属のグルンガスト参式、ヒュッケバインMk-V…こちらは極東支部所属の大空魔竜だ。状況の説明を願いたい」 回線を開き、そう言い放つ。 もちろん、ゼンガーだけではなくもこの声が聞こえた。 「状況と言われても……」 こちらが説明して欲しいくらいだ。そう応えようとした矢先に、参式は機体をククルの撤退した方向へ向けた。 「え…ちょっと……!」 突然の行動には動転した。 ゼンガーは自分が目覚める前からここにいた唯一の人間だ。彼ならば何か知っていると思ったのに、まさか何も言わずに言ってしまうなんて。 不満に思ったのは一人だけではなかったらしい。 「待てよ!助けてやったのに挨拶もなしか!?」 声はガイキングのコクピットからだった。 さすがにそこまで礼儀知らずでもなかったらしく、ゼンガーは一言礼を述べるとさらに機体スピードを上げ去って行った。 緊迫した状況から抜け出したからか、しばしあっけに取られていただったが、はっと我に返ると、自分でもヒュッケバインをホバーさせ、ゼンガーの去った方へ向かおうとした。 が、しかし。 それを咎めるかのように、大空魔竜の中から怒鳴るようなきつい口調でピートが叫ぶ。 「そこのヒュッケバイン! 止まれ!」 「すみません、あの人は命の恩人なんです。助けてくれてありがとうございます。それじゃ!」 制止するピートの声を振り切って、は参式を追った。 「すげえスピードだな……ありゃちょっと追えないぜ」 「……まずは状況の確認を優先する。ピート君、大空魔竜をアースクレイドルに着陸させてくれ」 「了解しました」 そうして大空魔竜がアースクレイドルへと降り立った後。 はようやくゼンガーに追いついていた。 「何故追ってきた。彼らと共に行けば良い」 「一言お礼を言いたくて。助けてくださって、ありがとうございました!」 参式のモニターに映し出されたその中で、黒いノーマルスーツを着た少女がぺこりとお辞儀をした。 「俺はアースクレイドルの剣。お前を護るのも使命だ」 「それでも、助けてもらったことに変わりありませんから」 微笑む。おそらく自分と一回りも違うであろう少女のそれは敬愛するソフィア・ネートを思い出させた。 そのことが、また先程の悲劇を思い起こさせる。ゼンガーの目元が翳ったのをは見逃さなかった。 「あの……何かお気に触りましたか……?」 「……いや、何でもない。そう言えばまだ名を聞いていなかったな。俺はゼンガー・ゾンボルト」 「はい、ゼンガー・ゾンボルト……? あっ、お名前は知っています。私は。えっと……」 そこでの言葉は途切れた。 「どうした?」 「……あの……他のこと、思い出せなくて……」 モニターに映ったの表情は、案外あっけらかんとしていた。まるで「昨日の食事の内容を忘れてしまった」くらいの悲壮感の無さだ。 「うーん……メイガス…イーグレット……人の名前、ですか?」 「他に覚えていることは?」 「えーっと……あ、これ、何でしょう?」 どうやらは記憶喪失らしい、とゼンガーが確認したのち、二人は何とか記憶を辿っていこうと試行錯誤をしていた。 しかし、覚えているのは自分の名前と、他にアースクレイドル計画の中核に位置する人物数名の名前くらいで、たいした収穫は何も無かった。ゼンガーの名前も、彼が名乗らなければどういう意味の単語か分かっていなかったかも知れない。 どうしたものかと頭を悩ませていたところに、はあるものを呈示してきた。 モニターに表示されたそれはティターンズの階級章だった。 ゼンガーから説明を受けたは、信じられないといった顔をした。 「私、そんな組織に入っていたんですか?」 「そのようだ」 「じゃあ私って悪人だったんでしょうか……その「スペースノイド」という人たちにとっては……」 「今は違う」 ゼンガーはきっぱりと言い放つ。 ティターンズが幅を利かせていた当時、彼らはネート博士の推進したこのプロジェクトにも手をつけていた。 自分達の息のかかった者を保存させよう、とでもいうような魂胆だったのだろう。 だが、とゼンガーは思う。 それならば、こんな少女ではなく、もっと中枢の、それこそジャミトフクラスの要人を送り込んではこないか。 もっとも今となっては、それも無駄なことに終わってしまったのだが。 黙り込んでしまったゼンガーを気遣うように、がそっと声をかける。 「ゼンガーさん、これからどうするんですか?」 「俺一人なら、ククルを追っていただろうが……」 「す、すみません。私、足手纏い……ですよね?」 萎縮したようには小さく肩をすくめる。 「いや、記憶が無くてもあれだけの操縦が出来るのだ。足手纏いということは無いが……お前こそ、どうするんだ」 そもそも一緒に付いて来てしまっては、戻る記憶も戻らないかもしれない。それ以前に、命が無いかもしれないのだ。 せっかくの生き残りをそんなことで失いたくはない。 しかしは言った。 「あの人があなたの敵ならば、きっと私にとっても敵なんだと思います。実際私は、帰るところを無くしましたから……」 「?」 悔しかった。 自分が気を失っていた間に、アースクレイドルの中心であるソフィア・ネート博士がククルの進攻によりその身を散らせた、と聞いたからだ。 できれば、この無骨な軍人の悲しみを少しでも晴らしてやりたい。 「足手纏いでないなら、お手伝いさせてください。記憶だってそのうち何か思い出すかもしれませんし」 拳をきゅっと握り、ゼンガーをまっすぐ見つめて同行を願った。その言葉には一片の偽りも無い。 やれやれと溜息をつきながら、ゼンガーは答える。 「好きにしろ。だが、付いて来れないようなら連れては行けんぞ」 「はいっ!」 やたらと元気の良い返事に、僅かに苦笑を漏らす。 そして、今自分が目覚めてから初めて笑った、と気付いた。 こうして二人は同行することになった。 に聞こえないように、ゼンガーは独りごちる。 ──ソフィア……俺はまだ、あなたの仇を討つ為だけの存在にはなれないらしい。 アースクレイドルの生き残りが……がいる以上、俺は彼女を護る剣となろう──── |
|
まずはお詫びを。しょっぱなから修羅場に放り込んじゃってすみません。 ゼンガーやククルとも絡ませたいので、敢えて全く新しい主人公として設定しました。 そこからはもう開き直ってしまい、どうせなら主人公全員出してしまえ!という方向で決定しました。 スパロボの主人公はみんなキャラが立ってていいですね。 |