『彼女』は世界と出会う


空母リーリャ・リトヴァクに停泊中のネェル・アーガマに新たな顔ぶれが加わった。

もっとも、書類の到着が遅れてしまい、やって来た『彼女』が何者か分からないまま第一次接触を起こしたものが数多くいたのだが。


「……で、何であんたが来るのよー!」
目の前に立つ白衣姿の女を前に、アクア・ケントルムは目いっぱいの抗議をした。
彼女は組んだ腕をすらりと解くと、ゆっくり口を開く。
「そんな格好で言われても私にはどうしようもないわ、ケントルム少尉」
「格好のことは言わないで頂戴!」
露出の多いDFCスーツを覆うように、アクアは手で胸元を隠した。しかしその程度で恥ずかしい格好が隠してしまえるわけでもなく、白衣の女は失笑を漏らした。

「私はザパト博士から直々に、サーベラスの監査とメンテナンスをするよう言われてきたのよ」
「だからって、何でそれがなのよう……」
「それは直接博士に言うことね」
冷たく言い放ち、はアクアを通り越してその後ろに立つ男の前へ出た。
彼はと対面すると、軽く頭を下げる。
「あなたがヒューゴ・メディオ少尉?」
「……ああ」
「私はツェントル・プロジェクト監査官……兼メカニック兼お目付け役……って所かな……の、。博士号は持ってるけど呼び捨てで構わないわ」
「こちらこそ、俺もヒューゴでいいぜ」
「ありがとヒューゴ。アクアのパートナーっていうからあんまり期待してなかったけど、結構いい男じゃない?」
ヒューゴと握手したポーズのまま、は「ねえ?」と背後のアクアを振り返った。

が。しかし。
「……知りません!」
そう吐き捨てると、アクアは肩をいからせ自室へと引き上げていった。
「あらら、いじめすぎちゃったかしら」
「いつものことだ、放っとけばそのうち機嫌も直るさ」
「ふうん……ずいぶんとよく知ってるのね?」
はいたずらっぽい笑みを浮かべてヒューゴを見遣る。今までは白衣と化粧で大人っぽく見えていたが、意外によく変わる表情は年相応のものだ、とヒューゴは思った。
「別に……結構付き合い長いしな」
ぶっきらぼうに言い放つと、ヒューゴはに背を向けた。僅かに覗く頬が赤く染まっているのをは見逃さなかった。
いくつになっても男は可愛いところがある、そう心の中だけで呟いてくすくすと笑う。
「それより、いいのか?ブライト艦長に報告に行かないで」
「え?何それ……」

言いかけて、ふと気付く。
確か今日、自分は任を受けてこの艦にやって来たことを。
そして関連書類が遅れたことも合わせて、報告することが増えた、ということも。
「やば……ちょっと気付いてたんなら早く言いなさいよー!」
慌てて部屋を出る。
履き慣れないのか、靴音がやけに妙な響きに聞こえた。

ともかくこれからいっそう騒がしくなりそうだ。
ヒューゴはそっと溜息をついた。


とアクア・ケントルムは、古い知り合いでもあった。
学生時代はよく一緒にいたものだが、アクアが士官学校に入ると同時にだんだん疎遠になっていき、今ではもうほとんど連絡を取ることもなくなっていた。
しかし彼女は昔とちっとも変わっていないな。

ブリッジへ急ぎながらは懐かしい思い出と共に頬が緩むのを感じた。
感じた、ところで。

「あ……あれ……?ブリッジってどっちだっけ……?」
しまった。迷った。
方向音痴の気は無いつもりだったのだが、今時分がどこにいるのか全く分からない。
とっさに辺りを見回してみると、遠くの壁に『TERRA』のロゴが入っていることに気付く。
「嘘っ、やだ、間違ってリーリャ・リトヴァクに入っちゃった……?」
「……あの……どうかしましたか?」
声に振り向くと、そこには見慣れぬ少年の顔があった。
見たところ民間人のようだが、どうしてこの艦にいるのかは分からない。おそらく何かの民間組織の協力者なのだろう。
そこまで一瞬で考えて、は全身を少年の方に向けた。そこでやっと気が付く。

少年は見慣れぬ顔、では無かった。

「あの……?」
少年は不審そうな顔つきになった。と違い、あちらは本当にのことを知らないのだ。
気を取り直し、少年に笑顔を向ける。
「ああ、ゴメンゴメン。ネェル・アーガマってどう行ったらいいのかな……?私ここ初めてで」
「それだったら、あっちですよ」
少年は指だけで方向を指し示した。顔はの方を向いたままだ。
先程のを疑うような表情は消えている。

は少年に近づき、方向を示したままの指に手を置いた。
「ありがとう、オリン」
「……僕、綾人です」
「そっか、ゴメン。ありがとう、綾人君」
綾人と名乗った少年は、不機嫌そうな、照れたような、微妙な表情を作った。それはオリンと呼ばれたことに抵抗を示したのかもしれない。
があらためて礼を言うと、綾人はぺこりと頭を下げ、彼女を見送った。


は綾人を知っていた。
もちろん、彼が奏者の資格を持ち、やがて世界を調律する存在だということも。
知識としてではない。にはそれが「分かってしまう」のだ。

「あれがオリン……ゼフォンの刻印を持ちし奏者か……」
歌うように呟く。閑散とした通路で、それは誰の耳にも入ることなく消えていった。

急がなければ。
今はオリンのことより、ブライトに報告するのが先決なのだ。
ここに来た以上は、とりあえず自分の任を果たさなければならない。

自分がいかな存在であるかはどうあれ。




なにやら『全能者』系のヒロインです。
MXは兄さんキャラがたくさんいて兄さん大好き人間の私はもう萌え燃えなんですが!
このヒロインと上手く絡ませられる自信はあんまり無いので、別設定でまた書くかもしれません…

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