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「95…96……」
ラー・カイラムのデッキにて。
普段は整備班が忙しく動き回っているその区画で聞こえるカウント。
今は、一人の青年が熱心に『腕立て伏せ』をやっている。
「……きゅうじゅうはち…きゅうじゅうきゅ……」
青年は、地球より遠く離れたペンタゴナ星系からやってきた客人、ダバ・マイロードである。

ダバ・マイロード……ペンタゴナワールドの支配者オルドナ・ポセイダルを打ち倒すべく集った反乱軍のリーダーにして、実は昔栄えていたミズン王朝の王子といういわば血統書付きである。
その彼がなぜこんな辺境の星の戦艦のデッキでそんなことをしているのか。


「……ひゃくっ!」
そう吐ききると、ダバはデッキに配置されている通路に仰向けに寝転がった。
陽に焼けた上半身を惜しげもなく晒して、流れる汗もそのままに気持ちの良い疲労感に包まれている。

先ほどの彼の紹介に付け加えて言おう。
ダバ・マイロード……趣味・腕立て伏せ、特技・女装。
特技については、彼の友人であるミラウー・キャオ氏の発言のみが証拠であり、いまだその姿を見たものはロンド・ベル隊内には存在しない。
だが、ラー・カイラムの自室やトレーニングルームはもとより、デッキ、ブリーフィングルームや、はては違反を犯して入れられた自習室内においてまで、彼の『趣味』を実行しているところが幾度となく見受けられた。


そんな彼の趣味の時間を遮る声が、下から聞こえてきた。
「ダバさーん!」
元気の良い声にデッキ下を見おろすと、テスラ=ライヒ研究所の制服に身を包んだ少女がこちらを見上げて手を振っていた。
もちろん、戦艦に乗っているのだからただの少女ではない。
彼女は、名をという。テスラ研が誇る頭脳、博士の愛娘にして最新型パーソナルトルーパー『ヒュッケバイン』のパイロットだ。

そのが、備え付けられたリフトを使いダバのいる場所まで上がってきた。
手にはびっしりと付箋の貼られたアナログなファイルを持っている。
おそらく整備のことで何か話があるのだろう。そう思いダバは起き上がった。

「エルガイムの整備についてなんですけど、ちょっと来てくれますか?」
案の定、彼女が話したのはダバの愛機、エルガイムのことだった。
士官学校を出たとはいえ、もともとは軍人ではなく研究者だ。非番時にはこうやってちょくちょく整備を手伝うことがある。
特に、異星人のテクノロジーであるヘビーメタルに興味があるのか、ダバはよく話しかけられることがあった。

今回もそんな感じなのだろう、と思い、ダバは二つ返事を返す。
「ああ、分かった」
二つ返事だからといって、その言葉からは面倒そうな様子も投げ遣りな感じも見受けられない。
これは彼の生まれの良さが影響しているのか、それとも天然か。

それはさておき、ダバが上着を羽織るのを待って、二人はデッキ下部へと降りていった。


先程使ったリフトを下ろし、完全に下がりきる前にはそこから飛び降りる。
たいした高さではないため、ふわりと舞うように踏み切った一瞬後には軽やかに着地していた。
そのまま跳ねるようにしてエルガイムの置かれている場所まで歩いていく。後ろから、遅れて降りてきたダバと、羽をひらめかせて飛んできた小さな妖精が追う。

二人と一人がエルガイムの足元に着き、地べたに座り込んで整備を続けるキャオに声をかけようとした時にそれは起こった。
「ダバ、おそーい!」
も早く来る!」
背後から突然にかけられる、二つの声。
振り向くと、二人の少女が腕を組んでたちをじろじろと見ている。

そのうちの一人、赤い髪の少女が腕組みをしたままつかつかと近づいてきた。
「ずいぶん仲がおよろしいこと。ねぇ、お二人さん?」
見れば、もう一人の方……ターバンを巻いた黒髪の少女も、腕を組んだままその言葉に頷いている。

「……は?」
わけが分からず、ダバは首を傾げる。その横では口元を押さえて笑いをこらえていた。


つまりはこういうことだ。

二人の少女──ガウ・ハ・レッシィとファンネリア・アムは、ダバをめぐる恋のライバルなのだ。
おそらく地球に来て急速に仲良くなった異星人であるを快く思っていないことは、恋愛に少々疎いですらすぐに分かる。
だからあんなふうに牽制に出た、というわけだ。
しかし、この一連のやり取りの意味するところを、鈍いダバは気付いていなかったのだろう。

「皆、何を言って……」
「こらーお前ら!そんなとこで恋の鞘当やってないで!」
ダバがその疑問を口に仕掛けたところで、いい加減痺れを切らしたキャオがスパナを振り上げて叫ぶ。
四人と一人は、その声に飛び退くと、めいめいの愛機へと向かっていった。


「……にしても、ずいぶんあちこち傷んでますね……」
エルガイムの装甲をひと撫でして、は呟いた。
ヘビーメタルの外部装甲に使われているのは金属ではなく、地球でいうプラスチックに良く似た材質のものだ。
そのおかげか、これらは見た目よりもずっと軽量に出来上がっている。
ただ、やはりその材質からか、強度に関しては地球製のスーパーロボットなどに比べると明らかに劣る。ビームコーティングを施してあるとはいえ、これからどんどん激化するであろう戦いに耐えられるかどうか分からない。
はそこが心配なのだ。ダバは育ちがいいのかおっとりとしたところがあるため、余計に。
「あ、でも、アストナージさんとかに相談すれば、ちょっとは打開策を……」

そこまで言ったところで、の声は遮られる。

けたたましいアラーム音。敵襲の合図だ。
『敵はポセイダル軍と思われる!総員ただちに第一戦闘配置につけ!くり返す……』
「!すぐに出撃しないと!ダバさ……ん?」
いつもすぐに機体に乗り込むダバの反応がない。ポセイダル軍が攻めてきている、しかも愛機は目の前だというのに。
「ダバさん?一体どうし……」
いつの間にか、の視界からも消えうせている。辺りをきょろきょろ見回しても、ダバらしき人影はいない。
あんな短時間で、どうやっていなくなったのだろうか。考えをめぐらせる前に、足元でどさり、と音がした。

「!!」
「おい、どうした!?」
周囲は出撃の慌しさで気付いていないのか、ダバの異変に気付いたのはペンタゴナ人とのみだった。はすぐさましゃがみこんでダバの体を起こしては膝の上に抱え、アムやレッシィ、キャオはそんな二人を囲むようにして覗き込む。
「ダバ!しっかりして!」
リリスは青くなりながらダバの頭の上を飛び回る。
彼の顔を覗いてみると、苦悶の表情を浮かべていて、額からは汗が止まることなく流れ落ちていた。それも体を動かして流れた気持ちの良い汗ではない。じっとりとした油汗。
さらにダバの額に手を当ててみる。そこはまるで熱した鍋を触ったかのように感じられて、はすぐに手を離した。

一刻も早く医者に見せなくては。
とはいえ、今は非常態勢だ。出撃命令も下りている。
衛生兵を呼んでいる暇もなさそうだ。
「みんなは先に行っててください!私はダバさんを運んできます」
言うなりはしっかりとダバを支えると立ち上がった。
ある程度の訓練を受けているとはいえ、力の抜けた男一人分の体重はさすがに重い。しかし、熱に浮かされ苦しんでいるダバを、は放っては置けなかったのだ。

他の面々はちらりと二人を見、それでもこの緊急事態ではそうするしかないと悟ったのか、それぞれ頷いて自らの機体へと走る。
そしても、様々な人員や怒号が飛び交う中、ダバを背負って医務室へと歩き出した。


医師の言うとおりに、緊急冷却用のシップとスプレー、そして水を用意する。
グラスを持って医療用器具の戸棚を開けると、中でリリスが包帯やら何やらと格闘していた。
「もう、何やってるの……」
この忙しい時に、と言ってやりたかったが、リリスの仕草はのささくれだった気分すら癒してくれる可愛らしさだ。自然と口元が緩んだ。
「どうかね?」
そこへ医師の声がかかる。距離から考えて、ダバを寝かせてある部屋ではなく、こちらの部屋に近づいているようだ。
「あ、はーい!すぐ準備します!……リリス、先に行って、様子を見てきてくれる?」
「うん!」
リリスは答えるが早いか、身体をひらりと翻して寝室へと飛んで行った。
で、やって来た医師の判断を仰ごうとした、その時だった。

「大変!ダバがいない!!」
リリスの悲痛な叫び声。
ショックでは思わずグラスを取り落とす。
「もしかしてエルガイムで出たんじゃ……」
嫌な予感がする。はリリスを追って、部屋から駆け出した。
ガラスの破片が立てる音が収まった時には、すでに二人の姿はそこにはなかった。


息も絶え絶えにデッキに到着すると、今まさに、スパイラル・フローが飛び立つところだった。
「ドッキングセンサー!」
ダバの声を認識し、エルガイムのコクピット部分が開くとスパイラル・フローごと中に飛び込む。
エルガイムの『目』──メインカメラに火が灯り、ゆっくりと動き出す。コクピットが閉まる寸前に、やっとの思いでそこまで飛んだリリスが何とか入り込む。
もうこうなっては生身で止めることは出来ない。
、何やってんだ!出撃だぞ!」
「わっ、す、すみませーん!今行きます!」
ヒュッケバインが置かれている区画から、おそらく準備をしてくれていたのであろうアストナージが叫んだ。
仕方がない、戦場でフォローするしかない。
今回の戦い、守るものが多い、とは肝に命じた。



そして帰投した今。

そもそも戦闘が起こったわけは、この宙域にいたアマンダラ・カマンダラの艦・ホエールがポセイダル軍に襲われていたのを助けるためであった。
ペンタゴナに広く商売の手を伸ばしているアマンダラならば、ダバの急な熱病も治せるのではないかと思い、は早速アマンダラの元へと赴いた。
が、しかし。
はゲストルームにて、アマンダラと対峙するダバ・マイロードの姿を見てしまった。対峙する、というよりはダバがアマンダラに詰め寄っている、といった方が正確だろうか。
ダバはアマンダラを見据え、口を開いた。
「なら僕は、今日からこいつの再興を賭けて戦います」
ダバの手に握られていたのは、黄金色の四角いペンダント。何やら紋章のようなものが遠目にも見える。

「ダバさんっ!ダメですよ、ちゃんと寝てないと!」
の声に、それまで睨み合っていた二人がこちらを向いた。
どんな病気か分からないのに。地球人にとってはたいしたことがなくても、もしかしたらペンタゴナ人にとっては免疫のない病原かもしれないのに。
そんな思いとはうらはらに、ダバは明るく告げた。
「どうやら、熱に弱い体質みたいで」
「え?何かの病気とかじゃないの?」
「大丈夫、何ともないよ」
「よ、良かったぁ……」
へなへなとその場に座り込む。ダバは慌てて支えるように腕を差し出し、と視線を合わせる。
「君の処置が的確だったおかげだよ。ありがとう、
「えっ!?そ、そうかな……?」
至近距離で微笑まれ、の頬がうっすら染まる。
対してダバは天然が故か、普段と変わらぬ穏やかな表情のままだ。
床に座り込んで、お互いの顔を見つめあったまま、しばらくそのまま……同じく帰ってきたアムやレッシィ達に見付かり引き剥がされるまで、そのままで時が流れていった。


「ふむ……誰かの二の舞にならんことだ、ダバ君……」
ホエールへと乗り移り離れていくアマンダラがそう呟いたのを、彼らは知らない。




KANAMEは断然レッシィ派です。アムも好きですけどね!ていうか、エルガイムで嫌いなキャラはいません。
ダバが熱出す話、原作にもありましたよね。医者がホモでびっくりしました(笑)
ってか、ドリと関係ないですね…ダバを落とすにはライバルがたくさん、ってことです。きっと。

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