の恋は、それを告げたところで敢無く終わりを迎える。


「……ごめんね。今は自分のことで精一杯で…正直、彼女とかそんな余裕は無いんだ」



ああっ小舅様っ


青学三年、
たった今失恋したところだ。

前を向くと、自分をふった張本人がまことに申し訳なさそうな顔をしているのが伺える。
通りすがりが見れば、まるで悪いのはの方だ。
そしてその張本人──不二周助は、もう一度ぺこりとお辞儀をすると「それじゃあ」と立ち去ろうとした。
「ま、待って!」
はとっさに不二の制服のすそを掴んだ。未練がましい、と一瞬思ってしまったが、手が動いてしまったものはしょうがない。
「えっと…………」
すそを取られたまま不思議そうに首をかしげる不二に向かい、必死に何か言うことを考える。
先程告白するのにかなりのエネルギーを使ってしまったためか、頭がうまく回らない。
さん、あの」
「やっぱり、部活のこと……?」

やっとひねり出した言葉は、要領を得ないまま二人の間に浮かんだ。
しばしの沈黙。

「……ああ、僕に余裕が無い理由を聞きたかったのかな?」
「そ、そうなのっ!うん、そうなのよ!」
の言葉の意図をかみくだいて、不二は聞き返した。
なんて配慮に長けた人間なのだろう。
ふられたばかりだというのに、の心は今また不二に傾きつつある。

は落ち着いてゆっくりと話し始めた。


「……不二君がそこまでしなきゃいけないものって言ったら、やっぱりテニスしか思いつかなくて」
「…うん、そうだね。確かに今年はそうだけど」
「でも私、それだけが理由とは思えないんだ。だって、そんなに不器用な人だとは思えないもの」


それを聞いた不二は、何事かを思案するかのように口元に手を当て、目を閉じた。

そして呟く。


「実はね…もう一つあるんだ。自分の恋愛より先に、他にしなきゃいけないこと」
の方をちらりと見て、「みんなには内緒だよ」とでも言うように人差し指を立てる。
そして紡ぎ出された言葉に、は呆気に取られた。

「裕太に可愛いお嫁さんを探してあげること」

「……ゆ…うた…君?って……?」
「弟だよ。去年までは青学にいたんだけど。僕に似て優しくて可愛いから、変な女に捕まってないか心配で心配で……」
「…………はぁ」
なんとか答えることが出来たの言葉が詰まっているのにも構わず、不二はすらすらと説明する。

不二裕太の名は、も聞いたことがあった。
確か、「天才の弟」と噂されていて、それを苦にして転校までしてしまったという経歴の持ち主。
ちょっとした有名人だったため、もその顔くらいは知っていたが、今不二が心配しているようなこととはあまり縁が無さそうに見えた。
しかし、弟の身を案じる不二の目は至って真剣だ。

どうやら本気らしい不二に、しかしは思い切って声をかけてみる。
「で、でも、弟ってことは年下なんだよね…?そういうのはまだ早いんじゃ……」
「とにかく、僕がちゃんとしてなきゃ、ルドルフで変なのに引っかかるかも……そうだ!」
の声は不二には届いていないようだ。
手をぽんっと叩いて、真剣な表情でこちらを見つめてくる。
その視線には一瞬ドキッとした。が。

「ねえさん。年下って興味ある?」
「は……?」


信じられない奴だ。
は通された席にどっかり腰を落ち着け、氷水を口に含んだ。
隣には、やけに上機嫌そうな顔の不二周助。

そして真向かいには、聖ルドルフの制服を着た少年が居心地悪そうに座っている。


そう。
あの後、は強引に不二に連れ出され、学校から電車で何駅か過ぎたところにある喫茶店に入っていった。
そこまではなんだかデートみたいで浮かれてしまっていたためまだ良かったのだが、席についてみると既にそこには彼の弟が座っていたのだ。

これではまるでお見合いだ。

いや、実際に兄は見合いのつもりなのだろう。
と裕太がちょうど真向かいになるように席を決めて、自分はの隣、ソファの少し離れた位置に腰を下ろしている。


「……で、裕太。こちら僕のクラスメイトのさん。今日はどうしても裕太に会いたいって言うから紹介しに来たんだ」
「ちょっ……」
一人頼んだミックスジュースのグラスを指でなぞり、不二はすらすらとありもしない事実をでっち上げていく。

そんなこと言った覚えはない。
そう言おうとしても、にこにこと裕太を見つめる不二の横顔にいざ向かうとのどまで出掛かった言葉が引っ込んでしまう。
無言の重圧をこれほど優しげな表情で醸し出す人物がいるとは、夢にも思わなかった。

肝心の裕太の方はというと、もう慣れっこになっているのだろうか、特に驚く様子も怯えた様子も見せず、目の前の紅茶のカップを黙ってかき混ぜている。
が、沈黙が続くのが耐えられなくなったのか、遠慮がちに口を開く。
「……いや、兄貴のその、恋人?か?とか、紹介されてもなぁ……」
自分が邪魔なんじゃないかと言うばつの悪さに頭をぽりぽりとかいてと兄を交互に見遣る。

そんな奥ゆかしい弟の気遣いにも構わず、不二はあっけらかんと答える。
「残念ながら、さんは恋人じゃなくて……」
ストローで氷をかき混ぜる音がやけに大きく響く。
恋人ではない、と言われたことに胸が痛んだのか、それとも不二の口から出る次の言葉に嫌な予感がしてのことか。
はティーカップを口につけ、審判の時を待つような気分で一口含んだ。


「……裕太の恋人候補だよ」


「……ッ!!」
口に入れたてのその液体は、お約束通りテーブルに吹き出された。


「ちょ、ちょっと……」
「裕太は好きになった人がタイプみたいだから大丈夫だとして、さんの好みのタイプってどんな人?」
あくまでマイペースに、不二はまるで世間話でもするかのようにの方を向く。
当のがテーブルを拭こうと躍起になっているのにもお構い無しだ。
「不二君今それどころじゃないっ!」
「…………あ」
不二は自分のグラスを片手で持ち、もう片方の手でおしぼりを持ってテーブルの上をさっと走らせた。
必死に拭こうとしてもなかなか拭き取れなかった目の前が、あっという間に綺麗になっていく。
「……すげーな、兄貴……」
頭上から抑揚のない裕太の声が聞こえた。


「……で」
テーブルもすっかり片付き、三人はやっとそれぞれの飲み物を置く。
ほっとする間もなく、不二はの方を向き先程の続きを口にした。
さんの好みのタイプは?」

まだ忘れてなかったのか。
本人の目の前でその質問に答えるのは気恥ずかしいものがあるのだが、どうやら不二は許してはくれなさそうだ。
は諦めてぽつぽつと話し始めた。

「えっと……私はどちらかと言うと中性的な線の細い感じの人が好きで……」
「……それって、俺よりもむしろ兄貴の方じゃねえか?」
と、今まで黙っていた裕太がぼそりとこぼす。
二人の視線が不二に集まった。

その視線に、当の不二周助は曖昧な笑みで返す。
「……ん?あはは、そうみたいだね」
そうみたいだね、じゃないよ。
心の中では毒づいた。
だから不二を好きになったんじゃないか。あんたはさっき私をふったことを覚えとらんのか。

そう言いたくとも言い出せる雰囲気ではない。
不二はの好みを聞いてもなお、裕太にあてがうのを諦めてはいないように思えたからだ。

というか、この際の好みなどどうでもいい、と思っているのかも知れない。
その証拠に、不二は好みに関して何を言うでもなく、今度は裕太の方に向き直る。やはりの意見は参考程度にもしていないようだ。


なんて奴だ。


は落胆した。
不二の外見に見合った優しさに惹かれた、と自分では思っていたのに。
それが、こんな面をまざまざと見せられてしまうなんて。

そんなことを考えている間にも、兄弟の会話は進んでいたようだ。
不二の話術に触発されたのか、裕太の自分を見る目がなんだか変わったような気がした。
「だっ…いきなりそんなこと言われても……」
「そう?でも僕はお似合いだと思うよ、裕太とさん」
不二がにちらちらと視線を送るのにつられて、裕太の視線もに向けられる。
頬を紅潮させて自分を見る年下の男子はそれはそれで可愛い、と一瞬思ったが、裕太のその表情が自分を意識してのことか、ただ単に兄に色々言われていっぱいいっぱいなためかは分からない。
そんな考えのもとへ、いきなり不二の言葉が割って入った。

「そういうわけだから、さんさえ良ければ裕太と付き合ってみない?」
『はぁ!?』
裕太とは同時に声を上げた。
一体全体、さっきの会話のどこからそんな言葉が出てきたのか。

だが、そんなことはお構い無しに不二は裕太に詰め寄っていた。
「ほら、裕太も男らしくはっきり言わなきゃ」
「だから何を……」
「さっき可愛いよねって言ったら頷いてたでしょ?」
「それだけでなんで……」
「……裕太…………」
わざとらしい溜息とともに、腕を伸ばして裕太の両肩をぽんぽんと叩く。
そしてとどめの一言。

「女の子に恥じかかせちゃ駄目だよ」
兄のこの有無を言わさぬ姿勢。
少し冷静になって考えてみれば、不二の理論はてんででたらめだ。
だが、この時の裕太はあがっていたのか、それとも兄の迫力に気圧されたのか、反論することもかなわなかった。
「あ……う…いや、その……」
しどろもどろになって何とか言い返そうとする。が、それは叶わなかった。

そしてついに、完全放棄することを決めたらしい。

「……俺、門限あるからっ!」
「あっ、逃げる」
もうこれ以上付き合えないと慌てて席を立った裕太にすかさず兄は言葉を投げる。
が、不二が引き止めるのもむなしく裕太はさっさと喫茶店を出て行った。
テーブルの上に自分の頼んだ紅茶の代金を置いてあるのを見るとなんだか涙が出そうだ。

「今日は帰るしかないみたいだよ?」
「そうだね、仕方ないか……」

結局その日は、それだけで家に帰った。大事には至らなかったようだ。
しかし、こんなことで諦める不二周助ではないだろう。
もし自分が駄目でも、またこうやって不二の知っている別の女の子とくっつけさせようと色々策を講じてくるはずだ。
今回は自分が貧乏くじを引いてしまったが。


ともかく、ふられたとはいえ、不二とこんなに会話をすることなど今まで無かったのだから、これはこれでいい機会が持てたと言えなくも無い、のかもしれない。
そう考えると、自分があの時玉砕覚悟で告白したのも、意味の無いことではなかったのだ、とは何とか思えるようになってきた。


……というか、そう思わなければこの先やっていけないと思った。
そして、裕太君に対し恋心というよりは同情心のようなものが芽生えたのは、言うまでもない。




KANAMEは男の子っぽい子も大好きです。
そして不二がなんかやな奴でごめんなさ……奴は優しいんです、ただブラコンが過ぎるんです。
裕太君と結婚したらさぞ口煩い小舅になるでしょうねえ……

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