PARADOX〜UGN編〜
喫茶ゆにば〜さるの日常


「お帰りなさいませ、お嬢様!」
店内のメイド(に扮したUGNの名だたるエージェントやイリーガル達)が一斉にそう声を発する。
メイド喫茶である。そう珍しくもない光景だ。
だが────……


「お、おい……あの子、また来てるぜ」
「ああ……ラッキーだな俺ら」

店内がざわめく。
各テーブルから口々にそんな言葉が漏れ出していた。
繰り返し言う。メイド喫茶である。
だが、客のほとんどが、メインたるメイドさんではなく、たった今来店してきた一人の少女に視線を注いでいた。
その少女──名を、という──は、ある一人のメイドの姿を見つけ、にこやかに挨拶を交わす。
「あ、結希てんちょ〜」
手をひらひらと振るとそのメイド、薬王寺結希はこちらもまた挨拶を返そうとし……
「ああっ!さん、いらっしゃ……じゃない、お帰りなさいま……はにゃぁっ!」
奇妙な鳴き声を発したかと思うと、結希はその場にびたーん!とすっ転ぶ。

一瞬、空間が凍りついたかと思うと、そこから健気にもよっこいしょと起き上がり、結希は照れたように笑ってみせた。
「……だ、大丈夫……?」
「はにゃ……うぅ、だ、大丈夫です〜」
引きつったままのと毎回このドジを踏む結希も、この『喫茶ゆにば〜さる』の名物と化していた。

そして。

「フッ、お嬢様、お席にご案内いたします」
「あっ、待て左京!」
「そうだ、お前にはまだ仕事が残ってるだろう!」
いい加減、入り口近くで突っ立っているの相手をしようと、執事服姿の少年達が群がって来るのも、すでに日常茶飯事だ。
最初にの元へたどり着いたのは、眼鏡の似合う"クール系"黒須左京。元々は東京近郊の都市に住む高校生エージェントなのだが、これでいて結構秋葉原に詳しかったり抜けた所もあったりする。
まあ、それがかえって『喫茶ゆにば〜さる』通称ゆにばの女性客にも高ポイント。

その左京を遮っての前に出たのが"やんちゃ系"上月司。小柄なひねた少年に見えるが、こちらもまた凄腕イリーガルエージェントだ。
もっとも、それらのUGNに関する情報は、当然のことながら一般客には公開されていない。

最後に、二人の後ろからごく控えめに野次を飛ばしているのが"普通系"高崎隼人。
もしかしたら"三下系"と名乗った方がしっくり来るのかもしれないが、その話は今は置いておく。
彼は左京や司と違って、幼いころからUGNの施設で育てられた『チルドレン』と呼ばれる存在だった。
が、の目には、隼人はあまりチルドレンっぽく映らない。同じ環境にある玉野椿や久遠寺綾が典型的すぎてそう思ってしまうのだろう。
ともかくそんな三人によるコントまがいの騒ぎが、の目の前で展開されていた。


「ふっ!俺にはああいった細々した仕事は似合わない。ビジュアル執事は接客してナンボと思わんか?」
「何言ってやがる!お前は態度がツン過ぎて近寄りがたいだろ!」
「だが、実際……っとと、お嬢様につけるのは一人だけ。残った奴は他のことをしなきゃならん」
もっともらしく言った隼人の言葉に最初に反応したのは、誰あろう一番乗りした左京だった。
「それもそうか……フッ、なら今回はお前たちに華を持たせてやろうじゃないか。俺は向こうの注文を聞いてくる」
「な、何っ!?」
左京の言葉に二人は揃って動揺した。
あの黒須左京が自ら勝負を降りるなど……これは何かあるに違いない。
そう思い、まず隼人が動いた。
「いや、雑用なら俺向きだろう!ここは俺が!」
「いやいや、やはり俺が」
「いやいやいや」
先程の奪い合いから一転、左京と隼人の押し付け合いが始まった。
そんな二人に負けじと、司も加わる。
「じゃあ俺が……」
「どうぞどうぞ」
二人同時にそう言い放つ。
ご丁寧にも、洗い場のある方向へ手を差し出して『ご案内』のポーズを取っている。その姿さえも二人は全く同じだ。

「くっ……これはクレバーじゃない……っ!!」
一度出た言葉を取り消せず、司は泣く泣く洗い場へと引き下がっていく。
その背中を見送った後、残った二人の男がニヤリと笑い合う。
「フッ……まず一人」
「なるほど……やはりこういう作戦だったか」
そうして、呆然と立ち尽くすをよそに(もしかしたら、もうどうでもいいのかもしれない)次なる戦いの火蓋が切って落とされようとしていた、その時だった。


「そこ!何やってるの!」
怒声が響き、隼人の方は一瞬びくりと震える。
二人の背後にいつの間にか人影が立っていた。振り向く。
「ゲッ!椿……」
人影は執事の衣装に身を包んだ男装麗人。隼人とコンビを組むチルドレン玉野椿だった。
椿は客前で騒いでいた二人──おもに隼人の方──をひと睨みすると、やれやれと肩をすくめた。
あれほどうるさかった店内が椿の一喝で静まり返っていた。これもまた、ゆにばの名物である。
「全く……が来るといつもこうなんだから。とにかく行くわよ」
逃げようとした隼人の首根っこを掴み、ずるずるとカウンターまで引きずっていこうとする。

(計画通り)

ここでひそかにほくそえんだのが左京であった。
任務上、共に行動することが多い隼人と椿。それはここゆにばでもそうだった。
いつの間にか「隼人を叱るのは椿の役目」という不文律が出来上がっていたのだ。
ともかくそういうわけで邪魔者が消えたとばかりに左京はに向き直る。

は左京を見ていなかった。


「あっ、椿、今日執事服の日なんだ〜」
あくまでもマイペースに、はぽやんとそう言った。
面食らったのは、当の椿の方である。
「えっ……あ、うん」
接客用の言葉遣いも一瞬忘れて、こくこくと頷く。
思わず手が緩み、掴んでいた隼人が解放される。
つられて固まっていた左京の脇をすり抜けて、は椿の元へと歩み寄った。

「……こ、こちらへ、どうぞ」
しかし優等生は立ち直りが早かった。
男共は無視して、の先に立ち、席へ案内すべく歩き出そうとする。
が、再びのマイペースな発言によってその足は止められることとなる。
「あ、今日はお客じゃなくって、霧谷さんに呼ばれたんだけど……」
「…………」
「……椿?」
「そういうことは、早く言って……」

がくりと肩を落とし、それでも気を取り直して椿は改めてをバックへと連れて行く。

完全に出遅れた男が二人、その背中を見つめていた。



「というわけで、あなたにもここの仕事を手伝って欲しいんですよ」

「……はい?」

何が『というわけ』なのかいまいちよく分からなかったが、ともかく裏手に通されたを待っていたのは、いつもと同じ笑みを浮かべた霧谷のその言葉。
手にはメイド喫茶の制服たるメイド服。
「理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
「簡単です。あなたの人気が高いからですよ」
「……それだけ、ですか?」
「詳しく説明した方がいいですか?」
相変わらずの笑顔。

何を考えているか分からないこの顔を、は少々苦手としていた。
が、日本支部長でもあるこの男のたっての依頼だ、何かあるのだろう……
「……説明、お願いします」
霧谷は一つ頷くと、真剣な眼差しを持つ『支部長』の顔になる。

さん。あなたの持つレネゲイドウィルスが特殊なものであることはご存知の通りだと思います。その力が、周囲にいる人間から敵対心を奪い、あなたに好意を寄せる、という効果を及ぼしているのです」
あなたの意志とは関係なく、ね……と付け加えると、ここで一旦言葉を切る。
「つまり、秋葉原でのUGNの活動に有利に働く、ということですか?」
「それもありますが、少し違います」
の質問に、霧谷は今度は少し照れたように笑う。
そして。

「売り上げがね、厳しいんですよ」

当然のごとく出されたその言葉に、は一瞬耳を疑った。

「……は?」
「あなたの力で、ぜひ喫茶ゆにば〜さるを盛り立ててください」
「…………」
しれっとそんなことを口走る霧谷に、もう言葉も出なかった。


それから数分後、霧谷から押し付けられるように渡されたメイド服を手に、更衣室に立っているの姿があった。
メイド服とにらめっこしながら、やがて何かを悟ったような笑顔になる。
「……着るしか、ない?」



さらに数分後。
フリフリのメイド服に身を包み、カチューシャをつけ、恥ずかしそうに店内に姿を現すそれまで見たことの無いメイドの姿に、店内は騒然となった。
なにせそのメイド、先程までは客だったのだ。しかも、メイドを差し置いて『ご主人様』達の話題になってしまうほどの。
それが、そんな格好をして出てきているのだから、これはもう叫ぶより他は無いわけで。
「……」
「…………」
「………………」
それは通常業務に戻っていた佐京達も同じことだった。もっとも、こちらはさすがに表立って叫ぶようなことはしなかったが。
カウンター越しに厨房からは霧谷がにこにこしながら様子を見ている。
意を決して、は客から良く見える場所までしずしずと歩いて行った。


「はじめまして、新人メイドのです。よろしくお願いします、ご主人様」
そう言って、はにかみながらはぺこりとお辞儀する。
その瞬間、またしても店内に大音量が轟く。

その中に、今度は従業員のはずの男達の声も混じっていたことは、客には内緒である。


とりあえず、男性陣の心は一つだった。


(霧谷さん、グッジョブ!!)



やってしまいました。超マイナージャンルで無謀にも逆ハーで行きます。
ダブルクロス、布教していきたいです。
手始めにゆにばの人達から。1st主人公と鳴島支部の不良支部長なんかもいずれ……!

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