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深まる感傷の季節。 枯葉舞い散る聖ルドルフの学び舎に、溜息を一つ。 補強組を欠いたテニス部も、どこか物寂しそうに映る、ある秋の日。 精鋭部隊のいない日 放課後、部活が始まる少し前、はその僅かな時間を利用して部室周りの掃き掃除をしていた。 この季節は気を付けていてもすぐに落ち葉で埋め尽くされてしまう。 そうしているうちにも、上からひらりと舞い落ちてくる一枚を手にとって、呟く。 「秋って……どこか物悲しいよね…………」 ふう、と息を吐いてから、これは少し似合わなかったかなどと気恥ずかしくなり、は急いで集めた落ち葉を捨てに行った。 焼却炉への近道にと通った男子テニス部部室の裏側。 そこでは、ふと珍しいものを見つけた。 「何だ、あんたも掃除?感心感心」 「……いや」 部室裏で、何やら落ち葉の山を前にしゃがみ込んでいる男、赤澤吉朗──ちょっと信じられないが、これでも今期テニス部の部長である。 彼は声をかけられたほうにゆっくり振り向き、やがての顔を確認すると、立ち上がりぽつりと漏らした。 「焼き芋しようと思って落ち葉集めてたんだけどよ、肝心の芋忘れた」 「……………………っ」 「お、おい、!?」 ぐらりと視界が揺らぐ。 赤澤の腕が自分を支えていることに気付き、やっとめまいを起こしたのだと認識できた。 「あんたって……あんたって……」 馬鹿だ。 その言葉を、はやっとの思いで飲み込んだ。 「、お前大丈夫か?」 「うん、多分……ちょっと、日本は大丈夫かとか思ったけど、平気」 「そ……そうか?ならいいんだが」 ほっと胸を撫で下ろし、赤澤はを離した。 そしての方はというと。 「で、芋が無いのは困りものね」 「…………お前、もしかして芋があったら一緒に食おうとか思ってたのか?」 「ふ、甘いわね赤澤」 びしり、指をつきつけ、はさらに言った。 「焼き芋の嫌いな女の子なんていないわ」 こうして、スクール補強組のいない今日のこの日。 焼き芋の会を臨時結成した二人による芋GET作戦が展開することになった。 「ここから一番近いスーパー、私が走って往復約10分……あんたなら多分7分くらいで行けると思うけど」 「だがそこに行くには、大通りを横切らねえと駄目だ。あそこは車の量も多いし信号待ちも長い……」 「そうね…加えて、今しがた部活開始まで10分を切ったところ。それにスーパーに入って芋を買うまでの時間も惜しい。さてどうするか……」 部活が始まるまでの僅かな時間を利用して、緊急作戦会議が開かれた。 二人とも、部長とマネージャーという立場に就く人間だ。部活の開始時には、部員達の前にいなければならない。 だから、それまでに芋をアルミホイルに包んで焚き火の中に入れ、後で時間を見計らってもう一度ここに集合、という所までは決まったのだが──問題は、芋の入手経路にあった。 二人は頭を絞って考えた。 は、普段マネージャーとして使っている頭(それも、男子部のやけに頭の切れるマネージャーと比較されるため、余計に努力して、だ)をフル動員して。 赤澤は、普段あまり動かさない脳を、食い物のために必死で動かしている。 時間にして十数秒の逡巡の後、赤澤は突然閃いた。 「!!そうだ!」 「何?赤澤」 「思い出した…裏門を出てすぐの所に八百屋がある。古いし個人営業で小せえから、利用客はあんまいねえみたいだけど」 「それだ!」 が指を鳴らすと、二人は視線を合わせて頷いた。 同時に立ち上がり、即座に行動を開始する。 「これだけあれば二人分は買えると思う!」 「おう!サンキュー!!行ってくるぜ!」 投げられた小銭を裸のままキャッチして、赤澤はそのまま裏門に向かいダッシュした。 「後で返してもらうからねー!!」 その背中に向かって、はそう叫んだ。 赤澤の姿が消えて数瞬後。 はまたほうっと溜息を吐く。 『こんなにヒートアップしたのはどれくらいぶりだろう』 ただでさえスクール組がいない日は、部員数が激減しテニスコートも物寂しくなる。 それに加えて、表向きは真面目にマネージャー業をやっているのだ(観月に言わせれば「甘すぎて反吐が出る」そうだが)。 これも、普段いる奴がいない寂しさからだろうか。 ふと考えて、はふるふると頭を振った。 あんな茶葉を集めるしか能の無いうるさいオカマ、いない方がいいに決まっている。 「今のうちに、焚き火しよ……」 妙なことにまで思考がいってしまい、は微妙な表情のまま、火とアルミホイルを用意し始めた。 ついでに焼却炉に持って行くはずだった落ち葉も、そこに盛ることにした。 「残り時間は!」 「あと三分ってとこ…準備はオッケー!」 「おう!早いとこ焼くぞ!」 数分後、赤澤は芋を小脇に抱えて走ってくる。 その間には、焚き火を用意し、アルミホイルを適度な大きさに切って、尚且つ着替えも済ませていた。 食べ物(特に、好物)がかかると、さすがに素早いものである。 赤澤が取り出した芋に手早くアルミホイルを巻くと、十分熱くなった落ち葉の山にそれらを突っ込む。 「金返してよ」 「後でな」 お互い、短く言葉を交わすのみ。 やがて二人は、燃え移らないよう留意しつつ火加減を調節して、それぞれの部活にダッシュした。 もちろん、は最初の挨拶が終わったら適当に用をつけて火の番をしに戻るつもりだ。 そして時間はあっという間に過ぎ……落ち葉の中から、甘い香りが漂っていた。 「ん〜、いいにおい……そろそろ焼き上がりかなー?」 「おーいー、焼けたかー?」 「ナイスタイミング!バッチリいい感じ!」 前述の通り、は部活開始後すぐにこの場所に戻り、ずっと焚き火を見ていた。 ほったらかしにしてボヤ騒ぎでも起きたらたまったものではない。 そしてちょうど芋の焼ける頃、こうして赤澤もここに戻ってきた。 こと食い物に関して、彼以上に勘の働く男をは知らない。 二人で焚き火を囲み、真っ黒になったアルミホイルをつついて取り出す。 手の中でぽんぽんと芋を放りながら赤澤に渡す。 そういえばまだお金返してもらってないな、とは思い出したが、芋の熱さとにおいにその問題が吹き飛んでしまいそうだ。 「あっついねー」 「焼き立てが美味いんだって」 「それより早く金返してよね」 「ま、まあ、とりあえず、食おうぜ?」 「いいから早く返しなさいってーの!」 「熱いうちに食った方が美味いぜー?」 そんな他愛もない会話(にとっては大事な問題なのだが)をしながら、二人はアツアツの焼き芋を頬張った。 コートでは、未だに他の部員達が汗を流しているはずの時間に、こうやって二人で息抜きしている。 そんなちょっとした罪悪感も手伝って、人に隠れて頬張る焼き芋は、この季節何より美味しかった。 無論、翌日部室を訪れた観月に片付けの跡を発見されてしまい、こっぴどく叱られたのは言うまでも無い。 |