なんでこんなことになっているのだろう。
そして、なんで俺はこんな所にいるのだろう。

深く溜息をつき、向日岳人はコートに視線をやった。


SWEETHEART MANIAX 4
 〜侑士とテニス教室〜


「行くわよ、ひろみ!」
「はいっ、お蝶婦人!」


……

…………そう。

今日は休日。
そして、テニス部仲間でダブルスもやって、ほぼ相方のような扱いをされている彼、忍足侑士がその彼女と一緒にテニスをする約束をした日、と聞いているはずである。

なのになんで自分はこんな所にいるんだろう?


岳人の見つめる先、コートの中には、忍足とその彼女のが楽しそうに打ち合っているのが見える。
はっきり言って、自分は邪魔者でしかない。

おかしい。
今までこんな事態に陥ったことはなかったはずである。
は忍足が部の用事や先約がある時は必ずそれを優先させていたし、忍足の方もそれは同じだ。
だからというか、岳人をはじめとする部のメンバーは、(一部を除いて)二人が何か予定を立てている時には絶対に邪魔はしないことにしよう、と決めてさえいるのである。
(これじゃあ俺、悪者みてぇじゃん)
ベンチに踵を引っ掛けてL座りをしながら、岳人は静かに本日何度目かの溜息をついた。


先程から忍足達は、岳人のことなどまるで気にせずにそれはもう心底楽しそうに『エースを狙え』ごっこをやっているようである。
どうもが「どうせテニスやるならこれだよね」などと言ったため、今回のテーマに決まったらしい。

いや、そんなことはどうでもいいのだ。

問題は!
そう、問題はなんでこの二人のデートに自分も呼ばれたのかということだ。


そしてやっぱり、岳人のことなどなんら気にする様子もなく、二人は楽しそうに打ち合っている……何事かを一言ずつ叫びながら。
「人間の知恵は、そんなもんだって乗り越えられるっ!」
「ならば今すぐ、愚民共全てに英知を授けてみせろ!」
「貴様を殺ってからそうささっ…させっ!!」

がボールを取り落とし、何かのセリフのようなもの……の応酬が止む。
「はーい、ダウト〜」
「うー、ここのセリフが難しいー」
「ほな次、どこのシーンにする?」
「じゃあ、じゃあさらば師匠!これでリベンジする!」


(……何やってんだあいつら?)

岳人は、目が点になってるんじゃないかと自分でも思った。

彼ら二人、その趣味さえ目をつぶれば、ただのバカップルである。
そう見えないのは、やはりあの、なんというか。
……オタクだから、なのだろう。

岳人は彼なりに、彼の友人の恋路を応援してはいるのだが、どういうわけかちっとも成果が出ていない。
こんなんで大丈夫なのか、と。いい加減不安になってくる。

あれでも本人達は楽しんでるんだろうなぁ……
半眼で呻く岳人の視線の先には、また何かを叫びながらボールを打ち合っている二人の姿があった。


岳人には全くもって理解不能だったことだが、忍足達二人がやっていたのは、『アニメのセリフを順番に言いながら打つ、セリフをとちったり間違えたりするとアウト』という、山手線ゲームに似たなんとも不可解極まりない遊びだった。
だがこれでもオタク二人は楽しいのだろう。先程から様々なタイトルをお題に(多少、偏りが見られないでもないが)集中して打ち合っている。
特に、初心者というハンデを持つの目は真剣そのものだ。
そのせいもあって、この勝負は忍足優位に進んでいた。

「共に生き続けようとする人類を抹殺しての理想郷など、愚の骨頂!」
「ならば貴様が正しいかワシが正しいか、勝負の二文字をもって教えてくれよう!」
「侑士ダウト!『勝負』じゃなくて『勝利』だよ」
「あいったぁ〜、やられてもうた〜……」

……ただし。
で、その豊富な知識量により、精神面でどっこいの勝負に持ち込んでいたのだが。

もはや舌がもつれそうである。ここまでの打ち合いで、舌を噛んでないのが奇跡のようだ。


しかし二人はともかく、いい加減岳人の我慢の緒も切れかけている。


「ほな次はシェルブリットにしよか?」
「おっけ。もっと輝けぇー、だね!」
「…………あの、さぁ……」

ぼそり、と。
小さいはずの岳人の呟きが、やけに鮮明に聞こえた。

「お前ら……見せ付けるために俺を呼んだのかよ……?」

目つきが怖い。
『ゴゴゴゴゴゴ』という擬音とスタンドが出てきそうな勢いである。


「岳人、どないしてん?」
「うっるせぇ!そーだよどーせ俺は彼女なんていねえよ!悪かったなっ!!」
「何怒っとんのや……?」
「さあ……」
首を傾げる二人。
だが岳人にとって、それすらもはらわたを煮えくり返らせる材料でしかなかった。
「くそくそっ!だいたい、なんでオタクの侑士なんかに彼女がいて俺にはできねっつんだ!」
「え。えーと……岳人……?」
「一万歩譲って彼女出来ないのはしょうがないにしてもっ!わざわざデートに呼びつけて自慢することねえだろうが!お前はいつからそんなイヤミな奴になったんだよっ!!」


「……デート?何のことや?」
「…………へ?」


不思議そうに自らに問うてくる相方に、岳人はただただ、立ち尽くすしかなかった。



「スマンな岳人、情報伝達不足やった……今日はな、デートやないねん」
「私も……ごめんね。向日君、つまらなかったよね?」
目の前でぱしっと音が聞こえる程に手を合わせ、忍足は何度も頭を下げる。その横でも、肩をすくめてしゅんとした表情になっている。

図らずとは言え、岳人に嫌な思いをさせてしまった。二人は調子に乗りすぎたことを反省した。
顔を上げてみれば、彼はやや所在なげに腕を組んだり足をとんとんと鳴らしたり、落ち着かない様子である。
「じゃあ、デートじゃなきゃ何なんだよ?」

やがてぶっきらぼうに岳人の口から告げられたが、忍足はそれには答えず、至極申し訳無さそうにとある方向を指差す。
振り向いてみると、そこには数人の少年たち──よく見知った、というか、見慣れすぎた顔──彼らが所属する、テニス部のレギュラーメンバーたちの姿があった。
彼らは岳人たちの姿を確認すると、こちらに向かって手を振ったり会釈をしたりしていた。

驚いたのは岳人の方である。
「な、なんでみんな来てんだよ!?」
やって来た集団を思い切り指差し、興奮気味に忍足に告げる。
しかし、当の忍足は、何とものほほんとしたものである。
「今日はにテニスのコーチしよ思てな。けど俺一人やったら十分にできひんやろ?」

岳人は再び愕然とした。
何なんだ、このオタクカップルは。
さらに深く溜息をつき、もはや吐き捨てるような口ぶりで岳人は漏らした。
「お前、さあ……そういうのをデートって言うんだぜ?」
「……せやったん?」
「せやったんですー」

わざとらしく忍足の口調を真似て返す。
嫌味たっぷりにしてやったつもりだったが、当の忍足本人はそれに気付いて無さそうなところがなんともムカつく。

「いやー、俺デート言うたらてっきり綺麗な服着て買い物してオシャレな喫茶店寄って……」
「このステレオタイプが!」
最後まで言わせず、岳人は照れながら妄想を垂れ流す忍足の肩に裏掌丁を放った。

全く、こんなアホのどこがいいんだかは。
そう思い岳人は今度はの方を哀れんだ瞳で見やった。
は忍足を心配そうに見た後、恥ずかしそうに、そして申し訳無さそうに岳人の方を向く。

「……ごめん向日君、私もそう思ってた」


「こ…の、似たものカップルーっ!!」


テニスコートに岳人の絶叫が響く。

後からやって来たテニス部の面々は、その光景にあるものは驚き呆れ、またあるものは鬱陶しそうに離れようとし、そしてまたあるものは「あっちはうるさいから、二人で打ちましょう」と隣に立つ先輩を誘っていたとか、何とか。

そして、その日岳人は仕返しをすることにした。
何のことはない、テニス部にを狙ってる奴がいる、と教えてやろうとしたけど、やめた。
お前なんかせいぜい苦労すればいいんだばーか、と心の中で舌を出し、岳人は二人のもとを離れて他の部員達を打ち合いを始めた。





このシリーズで一番被害をこうむっている男、向日岳人。
むしろこのシリーズ自体『向日岳人の苦悩』シリーズと化しているかもしんない。
ゴメンよ岳人…!いつか救済するよ。早く彼女できるといいね……!そしてVSものへの伏線(笑)

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