今日は何となくラブロマンスな気分だ。

いや、だからどうだということもないのだが、普段なら彼女と一緒に楽しんで見られる映画なんかを用意しているところを、今日はちょっと趣向を変えてみようか、などと思うくらいにはラブロマンスな気分なのだ。
さて何がいいか。

忍足侑士は彼女──の待つ図書室へと足を運びながら、今日は何を見ようかと思考をめぐらしていた。


「多元変奏曲か愛おぼか、それとも…うーん、何がええかなあ……」
無意識にタイトルを呟いてしまう。が、すれ違う人たちが例えそれを耳にしてしまっていても、きっとそれがどんな作品なのかは分からないだろう。
「あ、08小隊もええなあ…種にパクられたけどな……」
図書室に着くまで、この途切れ途切れの独り言はずっと続いていた。


少数派を好み、大多数の人間には分からないことを知っている、ということを誇りにし、他人に分からない言葉を多用し、悦に入り、自分の世界に入り込む。


人それを、オタクと言う。


SWEETHEART MANIAX 3
 〜侑士と原稿用紙〜


「……ん?何やこれ?」

図書室の入り口にほど近い椅子の上に、それは無造作に置かれていた。
一見、何の変哲も無い大きな茶封筒である。通常は書類を入れるときなどに使われるような。
しかし、忍足は直感的に、この中身が分かってしまった。おそらくこれは…自分達と少し同じにおいがする。

さてどうしたものかと封筒を持て余していると、奥の方の席に座っていた少女がこちらに気付き、静かに歩いてくるのが見えた。


「侑士、どうしたの?」
テニス部のレギュラーと言えば、氷帝学園内でも押しも押されぬ有名人である。
その彼にこうも気安く話しかけられる彼女こそが、──忍足侑士の彼女…そして、彼の真実の姿を知る数少ない人物である。

忍足は封筒を前に掲げて見せると、ひどく真剣な顔つきでに問いかけた。
……自分、ホモネタはいけるか?」
「うーん…ものによる」
にしてみれば唐突過ぎる質問のはずなのだが、あっさりと返ってきた答えに忍足は少々驚いた。
は女のオタクである。つまり、そういう……ホモネタであるとか、もう少し女の子向けの言い方をすればヤオイであるとか、そういったものに関しては、多分自分よりも詳しいだろう。
それは忍足とて分かってはいたのだが、自分の彼女がそうなのだと言うことになると、やはり微妙な気持ちになるらしい。
封筒に目を向ける。おそらく彼女も、この中身が何であるかおおよその察しがついたのだろう。忍足と同じく微妙な表情を見せ、彼に視線を戻すとこう言った。


「……それ、私が書いたんじゃないよ?」
「そんなん分かってるわ。けど、誰のやろな……」
二人して、また封筒に視線を戻す。
勝手に見てしまうのはまずいだろう。かといって、何も書かれていない封筒から、落とし主を割り出すのは難しい。
もしかしたら、全く関係ない誰かの非常に真面目な書類が入っているのかもしれないし。
「…やっぱり、司書に預けるしか……」
そう言って忍足がカウンターを振り向こうとした時に、それは起こった。


「あ」
「うわっ」
それは一瞬の出来事だった。

体を振り返らせた時に、忍足の制服の袖が椅子の角に僅かに引っかかり、バランスを崩す。
忍足本人は足でバランスをとって転倒を免れたが、ほんの少し、力の抜けた手から、封筒が離れていく。

ろくに封をしていないそれの中身が床にばらまかれるには、それで十分だった。


「……」
「…………」


予感的中。
そこには、大きめにコマ割りされた少女漫画風の絵柄が描かれていた。

どうやらストーリーは恋愛もののようで、二人の人間が薔薇をバックに抱き合っている構図があった。だが、そこに描かれているキャラクターは、ご丁寧に、両方とも、男だ。


「まあそんなことやろうとは思ってたけど」
「……ねえ、あんまり言いたくないんだけど、すごいこと気がついた」
「あんまり聞きたくないけど、何?」
「こっちの眼鏡の人、侑士じゃない?」


「……ホンマや……!!」
忍足はその場にしゃがみこむ。
原稿用紙の上には、鬱陶しそうな髪型と丸眼鏡の、確かに自分によく似た少年がいた。
しかもちゃんと関西弁を喋らせ、名前に至っては『有士』などというパクリ感溢れるものである。


事態はそれだけでは収まらなかった。
先程の『有士』君、ヤオイで言えば『攻め』にあたる役割のキャラクターなのだが、それと対になる『受け』側のキャラにも、彼は見覚えがあった。

センターで分けられたサラサラの髪の毛。きついつり目の端麗な容姿に似合わぬ乱暴な言葉遣い。
何よりも決定打だったのが、右側の目の下にある、泣き黒子だ。
『受け』キャラの名前は『圭吾』君といった。


忍足は乾いた笑い声を小さく漏らす。
それを横で何となく聞きながら、は顎に手を当て、何事かを考えていた。
「ははー…俺と跡部のカプか、やるなこれ書いた奴」
「んー……」
「略して忍跡やなー…いやあ生もんはあかんてー」
「……うーん……」
「で、何なんは?そんなじーっと見つめて」
「私としては、どちらかというと向日君との組み合わせの方が……」
「そんなん真面目に考えんでくれ……」
「でもテニス部だったら、やっぱり宍戸君と……」
「もうええっちゅーねん」

彼女の中のオタクの遺伝子がそうさせるのか、真剣に考え始める。いや、決して普段からそんな妄想ばかりしているわけではないのだが…ということは、彼女の名誉のために一応、伝えておこう。
いい加減ツッコミにも疲れてきたのか、肩をがっくり落とし、忍足はに背を向けてしゃがみ込んだ。


「やってこれ見てみい?」
忍足は原稿を一枚取り、の眼前に突きつける。
「……このコマ、侑士が跡部君とキスしてるね」
視覚的ダメージの上に、からの聴覚的ダメージまで与えられ、忍足は項垂れたまま頭を掻いた。
「勘弁してくれやー、まだともしたことあらへんのに」
「そういえばそうだったね」
「……え?」
「いつかしてね」
「え……」

独り言のつもりで呟いたのだが、からの思わぬ一言によって、忍足は一瞬固まった。
否、その心臓だけがばくばくと脈をうつ……そんな感覚に陥る。
まさかこんな何気ない一言で、自分が「やられて」しまうとは。

しかも。
しかも直前まで、耽美に描かれた自分のヤオイ漫画の原稿を見ていて心が萎えていたというのに。

「どないしたん、今日えらい可愛い……」
「そう?」
震える声のまま忍足はをじっと見た。
当の彼女は平然としたもので、忍足の発言に首を傾げている。……強いて言えば、「今日はえらく可愛い」との言葉に「じゃあいつもは可愛くないのか」とでも言いたげに少しばかり眉を上げてはいるのだが。

しかしそんな表情の微妙な変化でさえも、今の忍足には甘酸っぱい刺激でしかなかった。
おもむろに立ち上がると、今度はしっかりと、真面目な顔を作ってに向き合う。既に手の震えは消えていた。

やったで岳人。
俺らちゃんと恋人や。

心の中で相方に向かってガッツポーズを取りながら、忍足は再び口を開いた。

「いつかと言わんと、今しよか?」
「……今はだめ」

「何で」
意外な言葉に忍足は内心肩を落とした。
さっきまでいい雰囲気だったのに。もそれはそれは可愛かったのに。
僅かに下を向いた眉が彼のショックを示していたが、そんなことはお構い無しに、は理由を続けた。
全くもってマイペースである。
「そんなものがきっかけでするのは嫌」


そんなもの、とは。

もちろん、この図書室で見つけた、例の原稿のことである。
やはりもオタクとはいえ女の子。好きと萌えとは別なのだ。
そりゃあ忍足だって、自分がモデルのヤオイ同人のあるこの空間、この時間で甘い雰囲気になるなど思ってもみなかったし、冷静に考えてみるとそんなものがある場所で平気でラブシーンを演じられるほど達観したお年頃でもない。

「……やっぱり、あかんか?」
「…………想像、しちゃうから。だめじゃないけど、だめ……」
見ればで、どうやら「好き」とせめぎ合う「萌え」を発散させられず、もどかしげに忍足の目の前でそわそわとしている。
おそらく、今すると「自分」ではなく、「跡部」とのキスシーンを思い浮かべてしまって、大変なことになりかねないのだろう。


「……そうかー、したかってんけどなー……」
「ごめん、ね……」

やっとの思いでそれだけ喉から絞り出すと、はそそくさとしゃがみ込み、散乱したままだった例の原稿を片付け始めた。
とりあえず、いい雰囲気だったのにこんなものを見てしまっては、気が気でない。


だが忍足侑士は諦めない。
「今はあかんでも、いつか…ならええ?」
「……うん、多分」
片付け終え、原稿を全て戻した封筒を抱えて、はこくりと頷いた。
顔が赤いのは、夕陽だけのせいではないだろう……と信じたい。


そう、彼は諦めない。
何故なら彼女の「いつかしてね」との言葉は本物であるからだ。
司書に封筒を預けに行くの背中を見ながら、彼は心中誓った。
「本当にいつかするぞ」……と。

とりあえずきっかけとなってくれた例の同人にも、心の隅っこでお礼を言いながら。





ちゃんとキスシーンまで書く予定だったのにっ!できなかった……OTL
必ずリベンジします!いつか!(笑)
ちなみにKANAMEは忍跡も忍岳もどっちもスキです。一番は鳳宍だけど…!

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