精鋭部隊、集結完了


「ちーっす」
がらりと派手な音を立てて、聖ルドルフ男子テニス部の部室が空けられる。
折りしも中では部員達が着替え中だ。

「うわっ!ビビったじゃねえか」
「……ッ!君!ノックも無しにドアを開けるなと何度言ったら分かるんです!」
大多数の部員達は、男の生着替など見られてもまだ何とも思わないお年頃らしいが、ただ一人マネージャーの観月だけは、ジャージをすっぽりと被ったまま顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
しかし、観月の激昂などの耳には届かない。
「だってこっちのお茶の方が美味しいんだもん。ホント、観月が来てから居住性増したよね、ここ」
「……フン、お世辞を言っても何も出ませんよ」
別にお世辞で言ったわけではないのだが、それでもがそう言うと、観月はとりあえず睨み付けるのだけはやめる。
そしてまた、まるで思春期の女子のようにもぞもぞと隅っこの方で着替えを再開するのだ。

ルドルフの日常茶飯事のうちの一つである。

で、そんな観月を気にすることもなく、潔くさっさと着替え終わった他の部員達とのティータイムに突入した。
観月がどこからか入手してきた高級茶葉をふんだんに使い、部員みんなに淹れてふるまうのはいつの間にかの役目になっていた。
そんなわけで今日も、人数分の湯とカップを用意する。

する、途中で。

「あれ?何かいつもより人多くない?」
不意には頭を上げ、頭数を数えてみる。なるほど、補強組を合わせても確かに一人多い。
一人ひとり顔を確認してみると、何人目かに見慣れない顔を発見した。
色素の薄い髪を短く刈り上げた、ややひねくれた表情の少年である。昨日まではこんな顔見たことがなかった。
少年はと目が合うと慌ててそらし、周囲を見回したのちに観月を見つけて言った。


「……この人、誰っすか?」

……あれ?
そういえばなんか忘れてるような気がする。は喉の奥に引っかかった小骨を取り除く気持ちで何とか思い出そうと試みる。

それを遮ったのは、やっと着替え終わったらしい観月の一言だった。
「知らないのも無理はない。今日付けでうちに転校してきた、不二裕太君です」
「今日付け……ふじゆうた……あぁーっ!?」
そういえば昨日、観月がまた誰かスカウトしてきたらしいということを他の部員から聞いていた。
まさかそのことをすっかり忘れてしまっていたとは。
今まで男子部に動きがあった時にはすかさずリサーチと冷やかしを兼ねて見に行っていたのに。一生の不覚である。

「……で、裕太君。彼女は女子部のマネージャーです。女子部自体とはあまり交流はありませんが、君だけは頻繁にここに来ますからね、注意しておいてください」
「ちょっと、注意って何よ」
「この男所帯に女子がひょっこり現れでもしたら皆の気が散ると言っているんです」

また始まったか。
周囲の面々は二人の言い争いをうんざりと眺めていた。
隅っこの方で「これが犬も食わないってやつだよね」などと野村が呟いていたが、無視されていた。


「まあまあお前ら、痴話喧嘩はそのへんにしとけって」
「誰が痴話喧嘩だ!」
と観月の口論はしばらく続いていたが、さすがに飽きてきたのか赤澤が止めに入った。
お約束のように二人は同時に叫んで返すが、そんなことでは赤澤は動じない。
「そんなことより裕太、のことは覚えといた方がいいぜ。美味い茶飲みたきゃな!」
「は、はぁ……」
今まで置き去りにされていた裕太だったが、急に話をふられて戸惑ったらしい。困惑した顔のまま赤澤とたちの方とを交互に見ては溜息をついている。

は気を取り直して、裕太に近づいた。
「まあともかく、聖ルドルフへようこそってことで」
右手を差し出すと、裕太は遠慮がちに左手を差し出してきて、指先がぶつかったところで慌てて右手に差し替える。
「不二…裕太です。よろしくお願いします」
「裕太君か、いい名前だね。私は。よろしく!」
「い、いい名前って……」
どうやら名前を褒められたのが嬉しかったらしい。裕太の頬が赤く染まったのを、「反応すんの名前かよ!」などとツッコミを入れながら部員達は遠巻きに見ていた。

ちなみに、その時が綺麗に刈り上げられた裕太の後頭部をじょりじょりしたくてたまらなかった、ということは、伏せておいた方がいいだろう。


その日はもう練習も終わって、みんな帰宅するだけだったのだが、が寮に向かって歩いていると薄暗がりに佇む人影を見つけた。
「あれ、裕太君?」
近づいてみると、影は不二裕太だった。顔の見える所まで寄ってから男子寮は向こうだと教えたが、裕太は首を振った。
「実はちょっと切らしてるもんがあって買いに行きたいんだけど、この辺の地理よく分からなくて……」
どうしたのかと聞いてみると、裕太は気恥ずかしそうにそう告げた。
「うーん……門限まであと10分だから買いに行くのは難しいけど、案内だけならするよ。何買うの?」
「あっと……さ、砂糖……なんすけど……」
「分かった、校門まで行って道教えてあげる」

快く承諾すると、裕太は僅かに顔をほころばせて小さくお辞儀をした。

「……で、そこのグレーの壁の家を曲がったらコンビニがあるの」
「そっか、ありがとうございます!」
校門前で簡単に道案内をする。門限があるため早めに引き上げなければいけないのだが、意外に二人の時間は楽しかった。
「そろそろ帰らないと」
「あ……ホントだ」
は携帯電話の画面を開いて裕太に見せた。多少名残惜しい気持ちがある。

しかし門限破りがどれほど恐ろしい事態を呼ぶか、この二年足らずでは十分よく分かっていた。

二人して校門の方向に引き返す。
その途中、はかすかに人の気配を感じ取った。


「……裕太!」
声に振り向くと、そこには青学の制服を着た、裕太と同じ髪の色の男子生徒が立っていた。
途端に裕太の眉間に皺が寄せられる。
「兄貴……何しに来たんだよ!」
声にも不機嫌な感情がこもり、あからさまに敵意をむき出しにした叫び声へと変わっていた。
兄貴、と呼ばれた青学の男子生徒には、も見覚えがあった。都内でも有名な『天才・不二周助』の噂は、男子部からかなり流れてきていたのだ。
「……たまたま通りかかっただけだよ」
不二周助はあくまで静かに、簡潔に答える。
しかし表情に出たなにか悲しみや寂しさといったものは隠しきれていない。

二人は兄弟らしい、ということしかには分からなかった。この兄弟に何があったのかを知ることは、今の状態ではとてもできないだろう。
「……っ」
「あっ」
不二が何かを言う暇もなく、裕太は一直線に駆け出した。も置いて。
「裕太君……」
心配そうにが呟いたのを聞いたのか、不二はに近づき、そっと告げた。
「ごめんね、今日ここに来たのは本当に偶然だから、裕太には……」
「うん……よく分からないけど、なんかワケありなんだね。気にしないでいいよ、裕太君のことはルドルフでしっかりやるから」
「そうしてくれると嬉しいよ。今は僕が何を言っても無駄みたいだから……」
そういって微笑んで見せた兄の顔は、やはりどこか寂しそうだった。

は軽く頭を下げると、寮に急ごうとした。が、それは不二によって引き止められる。
「あと一つだけ、いいかな?」
「何?」
門限が迫っているので焦りつつもその一言を待つ。
不二は笑顔で言った。

「裕太に何かあったら……承知しないよ?」

本当に今日はいろんなことがあった一日だった。
中でもその時の不二の笑顔は、特筆に値するものだった、とは思った。


確かに、裕太との兄弟間の問題は、一筋縄では行きそうにないわけだ、そう納得して。





これでやっと全員集合。なんか他の人がいた気もするけど気にしない!
そしてルドルフは全員制覇しそうな予感がします。逆ハでもいいけど(笑)

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