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秋風を感じるようになって来たころ。 聖ルドルフ学院テニス部マネージャー観月はじめは、新たな部員獲得に心血を注いでいた。 まず最初に連れてきたのは、柳沢という鳥のくちばしのような口を持った男だった。 彼は技術的にも申し分なく、ダブルスの才まで持ち合わせていた非常に優秀な選手だったのだが、どこか抜けたところがあり、「だーね」と言う謎の口癖と相まって生え抜き組と打ち解けるのも早く、あっという間にルドルフの空気になじんでいった。 そして次に連れて来たのは。 精鋭部隊、続々集結 「ええーっ!双子ですかぁ!?」 その日の部活動は、観月の絶叫で幕を開けた。 そう離れていない女子部にまで彼の叫びが響き渡る。 「男子、どうしたの?」 「さあ……」 女子部の面々は口々に話し始めたが、観月がああなるのは今に始まったことではなく、既に慣れっこになっていたのかしばらくすると普段どおりの練習に戻っていった。 が、しかし。 それだけで終われなかったものがここに一人。 女子部マネージャーのである。 理由はある。 観月の叫んでいた内容…「双子」という一言。うちには双子の部員はいない。 そして今日は、彼がわざわざ千葉くんだりまで行ってスカウトしてきた新部員がやって来る日なのだ。 これはきっと何かあったに違いない。 は女子部の練習がひと段落着くと、早速男子部へ偵察に出た。 「んー?特に変わったことは無いみたいだけど……」 練習中のコートを覗いてみたが、別段変わりは無いように見える。 観月は先程叫んですっきりしたのか、妖しい笑みを浮かべて選手たちを見ている。 赤澤は今日も元気に何も考えていないような返球をしている。彼を慕う後輩の金田がひーひー言いながらボールを拾っているところも変わらない。 柳沢に至っては、覗きに来たに気が付いてにやけながら手を振っている。 「これはさんの勘が外れたか……」 呟いて、仕方なくコートを去ろうと振り返ったところで、は「それ」に気付いた。 校舎への入り口、少し段差がついているため階段が三段、取り付けられている。 そこに腰を下ろして頭をかかえている、他校の制服を着た少年。おそらく彼が、観月が六角中から連れて来たという新メンバーなのだろう。 は足音を忍ばせて少年の隣まで行くと、そっと声をかけた。 「あなたが新メンバー、だよね?」 少年は声を聞き多少驚いたようにを見上げたが、すぐにもとの物静かな表情に戻り、視線を少し落とした。 が、それも束の間。 彼はもう一度を見上げる。その顔には穏やかな笑みすら浮かべて。 「うん、そうだよ。君は?」 「私は。女子部のマネージャーだよ。えっと…確か木更津……亮君?」 「淳」 「えっ……?だって確か……」 聞いていた名前と違う。 確か、観月からの報告ではその選手の名は木更津亮だと聞いていたのに。 呆然とするに、淳と名乗った少年はくすりと笑みを零して言葉を続けた。 「どうも双子の兄と間違えられたみたいでさ……見てよ、これ」 そう言って淳は自分の前髪を指で摘んで見せた。 男子のくせに綺麗な髪質だと少し悔しく思ったが、よく見ると毛先がぎざぎざになっている。どう見ても素人の切り方だ。 しかもそれは前髪だけではなく、適当に短く切られた頭髪全体がそうなっているのである。 「どうしたのこれ?」 「紛らわしいからって、あのマネージャーさんに切られたんだ。酷いよね」 「これから学校もユニフォームも違うのに?」 「……ぐっ…………」 の不用意な一言は、どうも淳をさらに傷つけてしまったようだ。 「……東京の人たちって、どうしてこう人の傷をえぐって塩をふりかけるようなことをするんだろうね……」 「あ、いや、その……ゴメンね、木更津君……」 のいる方向と反対側を向き、地面にのの字でも書きそうな勢いの淳に、は慌てて近寄った。 その背中に手をかけて、なんとか機嫌を直してもらおうと策を考えていた時、不意にそれは訪れた。 「淳でいいよ。名字で呼ばれるの慣れてないから」 「うん、じゃあ淳君……それは分かったけどこの手は何?」 は自分の腰に巻き付いている二本の腕を指差した。 先程の一瞬で、淳はの方に振り向き、その腰に腕を回して抱きしめる体勢をとっていたのだ。 座っているという高さの違いもあって、淳の頭はちょうどの胸の辺りに位置している。 淳はの問いには答えず、さらに言った。 「俺も君のことって呼ぶから。で早速で悪いんだけど、さっきのお詫びに何か奢ってもらおうかな」 「だ、だって練習……」 「ちなみに首を縦に降るまで離さないよ」 してやられた。 観月の機嫌に左右されてキューティクルを失った地方出身の純朴な少年だと思っていたのに。 「う〜……今月ピンチだから、あんまり高いのは無しね……」 ついには観念して頷いた。 それから、二人は男子部のコートへと赴いた。 これから練習をサボりにいくんだから黙って行けばいいのにと思ったが、淳の「いいからいいから」の一言で大人しく手を引かれて、も一緒に着いて行かざるを得なくなる。 「んふ、やっと準備できましたか木更津く……んっ!?」 二人に方を振り向いた観月が思わず目を見開く。 コートに入ってきたのだから、当然練習の準備は終わったものだと思ったのに、転入生はいまだ制服姿のまま。 しかも別コートで練習中のはずの女子部のマネージャーまで連れていたのだから、驚くなというのも無理な話だ。 後ろの方では、同じくスカウトされてルドルフにやって来た柳沢が「女子部のマネージャーだーね、可愛いだーね」などと言っているが、観月の耳には入っていないだろう。 「どうも、今日からここでお世話になる木更津淳です」 全員の注目を集めたところで、淳はぺこりと一礼した。 そして視線の集まる中、の肩を叩き、穏やかに告げる。 「俺は今日が初日だし…とりあえず初日らしく、さんにこのあたりを案内してもらうことにするよ。じゃ、そういうことで」 「えー……」 もうには、何かを話す気力も無かった。 「ちょっ……待ちなさい木更津!勝手は許しませんよ!」 「ずるいだーね!俺もさんとデートしたいだーね!!」 残された面々は口々に叫ぶが、淳は気にもせずにコートを去っていく。 「くすくす、柳沢は無理だと思うけどなぁ……ね、?」 去り際、部員達に見せ付けるようにわざとらしくの肩を抱いてみたりする。 背後から、驚きや感嘆や嫉妬や怒りやらの渦巻く叫び声が聞こえてきたとかどうとか。 次に入ってくるのはまともないい子でありますように。 肩を抱かれたまま歩いていきながら、は心の底から願った。 あと、女子部にもいい選手が入りますように、とも。 |
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だーねファンの方スミマセン…略しちゃってごめんなさ…… どうもナンパされるようなネタしか思いつかなかったものですから。資料不足だよ! |