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それは、一年前のある夏の日のこと。 我が聖ルドルフ学院は、スポーツ奨学生を制定し、全国各地から将来有望な選手たちが集まり始めてきていた。 それは、が所属するテニス部においても同じこと。 そんな日常のひとコマの中に、そいつは現れた。 精鋭部隊、集結 「なあいいじゃねえかよー」 「絶対、やだ」 その日は、日課とも言えるようになった男子部新部長との交渉という名の口論を繰り広げていた。 「男子部にはマネージャーいねえんだからよ、ちょっとくらい……なあ、おいってば!」 「誰があんな人外魔境の地に頼まれたって行くもんですか」 そう吐き捨てては歩き出す。両手には洗濯したてのユニフォームを籠いっぱいに抱えて。 ミッション系のスクールに通ううら若き女学生とは思えない歩き方だ。 女子部の聖域……更衣室やらの建物の見える場所までやってくれば諦めてくれると思ったのだが、その日の赤澤はしつこかった。 両手が塞がっているの肩を必死に掴み、顔を覗き込んでくる。 「頼む!今日の晩飯のプリンやるから」 「そんなもので女性を買収できると思わないほうが賢明ですよ」 「!?誰?」 セクハラ、と叫ぼうとしただったが、喉まで出掛かった言葉は第三者によってかき消された。 叫び声の代わりに出た誰何の声に、その人物は改めて言葉を発した。 「すみませんが、テニス部の部室はどこでしょう?」 振り返り、その人物を見たは思わず感嘆の息を漏らす。 緩くウェーブのかかった艶やかな黒いショートヘア。 涼しい地方の出身なのか、滑らかに曲線を描く白い肌。 晩夏の日差しを忌むように伏せられた長い睫毛に、物憂げな眼差し。 その瞳がたちの方に向けられ、表情は鼻にかかるような微笑みに変わると同時に、力の抜けた腕から洗濯籠が滑り落ちる。 「……す…っごい美人……」 「…………そうか?俺は変な服だと思うが」 「あんたに審美眼を期待した私が馬鹿だったわ」 確かに赤澤の言うとおり、その転入生らしき人物は紫地に赤い薔薇柄プリントを着こなすなどというとんでもないセンスの持ち主のようだ。普通に見ればダサいとしか言いようが無い。 しかし、それを補って余りある外見な上。 何故か似合う。 「いいんじゃない?似合ってるんだから」 「似合うこと自体ヤバイだろー」 そしてそのままファッション談義に入る。 はスポーティーな感じのものが好きだとか、赤澤はサーファー系以外にありえないだとか。 事態に困ったのは転入生の方だ。 「あの……」 低めの柔らかい声色で控えめに声をかけても、二人は気づかない。 転入生は、自分を無視して漫才を始めた二人に眉を顰めると、今度は大声を出した。 「僕の言っていることが聞こえないのか!」 「うおわ!」 「はい!?」 先程の柔らかそうな物腰とは全く正反対の叫び声と口調に二人は体をびくっと硬直させて背筋を伸ばした。 見れば転入生は腕を組み、こめかみを引きつらせてこちらを睨み付けている。 どうも怒らせてはいけない部類の人間らしい。 「お、おい」 「分かってるって……あ、案内しまーす!」 気を取り直し、は笑みを浮かべて転入生に向かった。 はたから見れば可愛い笑顔なのだが、口元が引きつっているのは否めない。 そんなの怯えを感じ取ったかのように、転入生はすっと表情を戻す。 まるで波が引くかのように、先程の優しげな顔に戻っていた。 「んふ。それではお願いしますよ」 二人は部室へと向かう道すがら、お互いに名乗りあった。 転入生は名を観月はじめといい、聖ルドルフが全国から強豪を集めているのを知り一も二もなくそれに応えた一人だった。 「ところで君は女子部の部長か何かですか?」 「ううん、私はマネージャー」 「マネージャー?見たところ、その身のこなしは他の選手と比べても遜色無いようですが」 「テニスするのも好きだけど、メニューを組んだり、環境を整えたり…体を動かすより、頭と他人を動かす方が好きだから」 は腕を苦しそうに伸ばして、人差し指で額を指す。 抱え直した洗濯籠の中身は、もう一度洗わなければならなさそうだ。 口に手を当て、観月は笑った。 まるで良い駒を見つけた、とでも言いたげに。 「なるほど……君とは気が合いそうだ。実は僕もマネージャーを兼業しようと思っていましてね。君、これからよろしくお願いしますよ…んふっ」 「こちらこそマネージャー増えて助かるよ。これで少しは楽になるし。……あ、着いた。ここだよ」 笑いあう二人は、やがてルドルフの聖域とも言える女子部の部室棟まで来ていた。 テニス部と書かれたドアを開けると、中から女子部員たちが大勢顔を出す。 「はーい皆さんちゅうもーく!今日から私たちのチームメイトになる観月はじめちゃんでーす!」 が観月を紹介すると、部員たちはみな口々に挨拶の言葉や観月の容姿、ファッションセンスなどについて話し出す。 賑やかな雰囲気の中、観月だけが沈黙を守っていた。 が。 「君。男子部の部室はどこですか……?」 「え、どうしたの急に?」 観月の表情を伺い見ると、何故かその美しい顔を醜く引きつらせていた。心なしか、顔色も青ざめているようである。 「君は僕を馬鹿にしているのか?いいから男子部の部室を教えなさい!」 「だからなんで男子部に行く必要があるの?それよりほら、中で歓迎パーティーやるから入ろう!ね、はじめちゃん」 「……!は…はじっ……!?」 ちゃん付けで呼ばれ観月は絶句した。 そこへ来て、はやっと気が付いた。 整った口元を醜く歪ませた観月の、華奢というよりはぺったんこの胸。 身長に対し、意外とがっしりした肩幅。 ハスキーな声。 そして「僕」という一人称。 恐る恐る、口に出してみる。観月の逆鱗に触れた原因の、おそらく正解。 「もしかして……観月、君……だったり…………?」 「それ以外の何に見えるというんです?」 その日の女子部は、不調を訴えるものが続出し、何故か練習にならなかったという。 が指し示した男子部の方向へと観月は歩き去っていった。 もちろんタダで去るわけが無い。 「先程気が合いそうだと言いましたが……前言撤回します。僕は馬鹿は嫌いです」 そう捨て台詞を残して。 これは前途多難だ。 男子部と女子部の距離がよりいっそう遠ざかったような気がしては溜息をつきたくなった。 と同時に、あの観月がルドルフの男テニでうまくやっていけるか、一抹の不安を覚えた。 その不安は、数分後男子部部室の惨状を一目見て上げた観月の絶叫によって、具象化されることとなる。 |
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最近ルドルフが大好きだと気づきました。寮生活やってみたい。 上京したかったんだね、はじめちゃん…… |