第四話 輝と未沙


「え?リン・ミンメイを?」


最初に秋子さんが持ってきた話を、にわかには信じられなかった。

だって、リン・ミンメイといったら。
昔巨人族との戦争を歌で救ったと言われている、伝説のアイドルだ。
現在でもその人気は語り継がれ、何本ものドキュメンタリー・ビデオや映画の題材となっている。
私も、直接彼女の歌を聴いたことはないが(時代が違うんだから当たり前だけど)、Fire Bomberとはまた違った、平和の象徴としての歌姫に憧れが全くないわけではない。

いや、マクロス中の人たちが、彼女に何らかの感情を抱いていたって不思議ではない。
私は目の前で台本を団扇のようにひらひらさせる秋子さんに向き直った。


「そ、そ、それで。私がっ……ミンメイ……ですか……?」
はやる気持ちを抑えきれず、さらに秋子さんに詰め寄る。自分でも分からなかったけど、どうやら私は相当興奮しているらしい。
リン・ミンメイ物語の新版を撮るにあたって、そりゃあもちろん、脇役でも何でも参加させてもらえるだけで嬉しいし、名誉にだってなるだろう。
でも、もしかして。
そんな期待が、私の胸の中から去ってくれない。

秋子さんは表情を変えず続けた。

「いいえ。ミンメイ役はミレーヌよ」
「は、はぁ……そうですか……」
一気に力が抜ける。
ああ、駄目だ。期待していた分、落差が激しい。
やっぱり脇役かぁ……まあ、しょうがないか。歌手としては人気が出ても、女優としては素人なんだから。
がっくりと肩を落とす私を前に、しかし秋子さんはなにやら含み笑いを浮かべて近づいた。
肩にぽんと手を置いて、彼女は言った。
「そしてあなたの役は…………」



そして数日後。

私は統合軍の古いデザインの制服を着て、スタジオに立っていた。
この物語における私の役どころは『早瀬未沙』。昔──初代のマクロスのブリッジオペレーターで、その後はメガロード1の艦長として、移民船団を率いて銀河に旅立った女性。
軍関係の歴史では有名人だ。
映画の中では、主人公の一条輝にひそかに想いを寄せるちょっと切ない役になっている。


……そう。

私は、熱気バサラ演じる『一条輝』に片想いという、なんとも悲しい役回りなのだ。
これはお芝居なんだから、しょうがないとしても……輝とミンメイ……バサラとミレーヌのラブシーンなんて、正視していられるかどうか。
しかも、かなりの長い期間。
放映は90分でも、撮影には何日もかかるのだ。
その間ずっと、バサラはミレーヌと恋人役なわけで……

ああ、ダメダメ。
仕事に私情を挟んじゃ。


でもやっぱり、気になるよなぁ。

ちらりとバサラの方を見ると、ミレーヌと一緒に監督らしき人に何やら演技指導、みたいなことを受けている。
相変わらずやる気の無さそうな表情。元々歌が命のバサラに対して、彼の役である輝は歌わないから、当然かもしれないけど。
それを言うなら、未沙だって歌わないんだけどね。


「それじゃ、テスト行きます!」

ついに始まった。
ヒロインのリン・ミンメイが主軸の映画だから、私の出番は実のところ、そんなにない。
私はスタジオの脇に腰掛けて、バサラたちの演技を見守っていた。

どうやらラブシーンは難航しているようで、なかなかOKが出ない。
何度もそのシーンを見せつけられることによって、私はますます鬱積していた。

そしてそろそろお腹もすいてきた頃。
視察と称しやってきたマクロス7いちの有名人二人と、ばったり対面してしまうことになるのである。


「あ、あ……こ、この人たち……」
「ふむ……どうやら歌とは勝手が違うようだな」
「本当ね。二人とも見事にバラバラだわ」
「し、市長に……艦長っ!?」

いきなり隣に立ち、撮影を見物する二人の男女。
振り向いてみて、私は驚きのあまり後ずさった。

シティ7市長ミリア・ファリーナと、バトル7艦長マクシミリアン・ジーナスの姿。生で見るのは初めてだ。
声を上げた私に気がついたのか、二人はこちらを振り向くとなんとも気さくな笑みを向けてきた。
「うん?君が君だね。話はミレーヌからよく聞いているよ」
「は、はい…どうも……」
「いや、それにしても驚いた。早瀬艦長の清楚な雰囲気が見事に出ている」
「えぇっ!?いえ、そんな……」
「後はもう少し大人っぽければ完璧に……」
「オホン。マックス艦長?艦長自ら民間人を口説くのは、軍の風紀上よろしくないと思われますが?」
「く、口説いているわけではないっ!市長、君こそ君にいい加減バサラを押し付けようと思っているのではなかったか!?」
「ミレーヌのためです!娘の結婚の心配をして何がいけないんです!」
「え、ええと……」

すぐにミリア市長が絡んできて、その場は騒然となった。
が、周りは何故か慣れっこらしくて、一向に止める様子も見受けられない。
……不仲なのって、本当なのかなぁ……


私の(お節介であろう)心配をよそに、二人はまた視線をバサラたちに戻す。
やっぱり、まだOKは出ないらしく、だるそうに姿勢を崩すバサラに、ミレーヌが怒鳴りつけている様子が見えた。
あちゃ。
これはダメかもしんないね。

額に手を置きこっそりと溜息を吐く。
ふと、隣にいるジーナス夫妻をちらりと見てみると、やはり私と同じような表情になっていて────


そこで私は信じられないセリフを聞いた。


「バサラと君とでやってみたらどうかね」
「へ?」
「……何を?」
マックス艦長の突然の言葉に、私とバサラとで同時に聞き返す。
が、艦長は構わず続けた。

「史実には……というより、実際は、一条先輩は早瀬艦長を選んだんだ。今でもよく覚えているよ」
「そうなんですか……」
艦長は懐かしそうに目を細めていた。
「そうね。私もそれに賛成だわ」
「ええ!?」
「ほう、珍しく意見が合うな、市長」
「たまにはね」
「え、ええ〜……」
隣でじっと話を聞いていたミリア市長も、艦長の言葉に頷いていた。
そして二人から詰め寄られ、思わずたじろぐ、私。

そしてさらには。


「いいんじゃねえの?別に」
「ば、バサラ……?」
「あたしもさんせーい!」
「ミレーヌ、あなたまで……」

がくりと肩を落とす。
もうこうなったらやるしかないみたいだ。
こんな人たちに四人も囲まれて、どう考えても私に拒否権は無い。


「……分かりましたぁ〜」


消え入りそうな声で返事をすると、私はミレーヌと入れ替わりでセットに入った。
人一人分も空いていない至近距離に、バサラが正面を向いて立っている。

それで、はっとする。


つまり、私とバサラのラブシーンだと。



とりあえず、自由にやっていいと言われたので、適当にシーンを選んで始める。
私が選んだのは、『ミンメイ』が『輝』と一緒にいたことを誤解だと弁解されショックを受けて飛び出すシーン。
本来ならばここで『輝』は彼女を追いかけ……そして結ばれる。はず、だった。

だけどバサラは彼女を追いかけずに、私に向き直る。
艦長たちが口を出したおかげで、ここで『輝』は『未沙』に、真実の想いを告げるシーンへと変わったのだ。
やけに緊張する。
人前だというのもあるけれど、普段でも『恋人』であるバサラと、改めてラブシーンを演じるというのは、何だかすごく気恥ずかしいものがある。

けれどやっぱり、この人はそんなのお構い無しに自分のペースを崩さない。
私をそっと包むように抱きしめて、『輝』がセリフを言う。元々の台本にはこんなシーンはないから、全てアドリブだ。

そして、彼のたった一言で世界が変わった。


 『だけど、気付いたんだ。そばにいて欲しいのは、君だってこと……』


────え……

思いもかけない言葉に、私は一瞬戸惑った。
いつもと全然違う口調。バサラは『一条輝』になりきっているんだ。
そして彼は相変わらず、私を抱きしめて、じっとこっちを見ている。
この人がこんな真摯な言葉を紡ぐなんて。でも、でもこの人は……

心臓がきゅうっ、と音を立てるような気がした。

分かっているのに。
目の前にいるのはバサラじゃなくて『一条輝』で。
そして私はじゃなくて『早瀬未沙』だってことは、分かっているのに。

なのになんで、こんなに目が熱いんだろう。


自然と、言葉が出てきた。

 『おかしいね、涙が……涙が止まりませんよ……』

はらはらと流れ出てくる涙もそのままに、倒れこむようにしてバサラの胸にもたれかかると、そこで唐突に世界は終わった。


「これだぁっ!」

と、何かをひらめいたらしいプロデューサーの一言によって。



「そうそう、これだよ!『悲恋に涙しながらも自らの使命を全うする歌姫』!これはいけるよ!」

興奮した様子で、プロデューサーは紙に何事かを書き殴っている。
先ほど私とバサラの演じたシーンを元に、シナリオの細部を変更しているのだ。
ラストシーンに至っては、大幅の改編が加えられた。

ついでに言うと、私もその改変作業を手伝っているところだ。
バサラでは先ほどの名シーン(だったらしい)をそのまま書き起こすことが出来るかどうか怪しい、との理由で、そのシーンだけ私が書いているのだ。

さっき言ったセリフを思い出して、紙に書き連ねる。
人数分コピーを終えて、即席の新台本の出来上がりだ。
あのシーンをもう一度やるとなると、何だかちょっと気恥ずかしいけど。だって同じ行動、同じセリフだと「ああ、お芝居なんだな」って冷めてしまうかもしれないし……


でも、実際はそんな心配は全くなかった。
私の中に、本物の『早瀬未沙』が降臨したんじゃないかって思うくらいの熱のこもった言葉が出てくる。本当に自然に役に入り込めた。

目薬なしで出てきた涙と共に、バサラの胸に飛び込む。
しばらくして顔を上げると、やっぱりいつもと全然違う、まるで歌っている時のような、真剣なバサラの顔。

 『輝……』

呟いて目を閉じると、僅かに私の顔に影が差し込む。
そして声が────

……」


────え?

一瞬ではっと我に返り、バサラの顔を見ようとしたけど、時既に遅し。
私の疑問と共に、唇が飲み込まれていく。

ダメだ、素に戻っちゃ。
もう一度ゆっくりと目を閉じ、カットの声が聞こえるまでそのままで待ち続ける。
「OK」と聞こえてからたっぷり五秒後、やっと唇が解放された。



「バサラ……」
「うん?」
私たちの分の収録は何とか無事に終わり、二人して壁にもたれてドリンクを一口。
ぽつりとバサラの名を呼ぶと、彼はそれに視線だけで答えた。
「最後、セリフ間違えたでしょ?」
「間違えてねえよ」
「間違えてたよ。あのシーンは未沙の名前を呼ぶところでしょ?」
顔をくるりとバサラの方に向ける。彼はこちらに視線を寄越さず、手に持ったカップの中身を飲み干した。
「じゃあお前は、俺を輝と呼んでもなんも感じなかったのかよ」
「え?それはだって、お芝居だし……」

不意にバサラが漏らす。
とっさに答えたけれど、私の言葉の中には、確かに何か違和感があった。
だけどそんな私の答えなどお構い無しに、彼は続けた。
「好きな奴が目の前で泣いてて、それを抱き締めて名前を呼ぶ。……間違ってねえだろ?」
いとも簡単にそう言ってのけるバサラの目をちらりと見てみても、やはりそこには迷いの色もセリフを間違えた反省の色も、いっこうに見られなかった。


このビデオフィルムは、後の世に大ヒットを飛ばすことになる。
パッケージには、『愛・おぼえていますか』と記されているのだという。




愛おぼ制作秘話!?(いや、ネタですけど…)
『マクロスの映像作品は全部後の世の人が作った映画』という設定らしいです。マジで。
初代もプラスも7も『事実をもとにしたフィクション』らしいです。なのでこんなのもありかなーなんて……

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