|
第二話 魔法の唇 「……えー、というわけでぇ」 投げやりに、秋子さんの声が聞こえてくる。 見れば表情もどこかしら疲れている。やはりここまでこぎつけるのに色々あったのだろうなと、思わざるをえない。 「今日からあなた達の後輩になりました、ちゃんです。皆よろしくねー……はぁ」 彼女の声が聞こえてくるたび、申し訳なさで胸がいっぱいになった。 別に私が何かをしたわけじゃない、はずだ。 私の力では移籍もプロデュースの件も何も決めることは出来ない。これはひとえにあの男の暴走の結果なのだ。 そう、先程から眠そうに秋子さんの言葉を話半分にしか聞いていない、熱気バサラの。 信じられないことに、彼には一切お咎めがなかったらしい。 元サウンド・フォースの功績をたたえ……とかで、軍や市長からもとりなして貰えたというから驚きだ。 つくづく悪運の強い男である。 この処置については、私を含めFireBomberの他の面々ですらも驚きを通り越しもはや呆れてしまっていた。 「……で、そういうわけだからプロデュースのことも含めてしばらくはうちで面倒見…………」 「そんなことより」 先程から続いていた秋子さんの説明をまったく悪びれもなく遮って、バサラはいつの間にか壁にもたれていたその体を起こして私の隣に立っていた。 「ちょっとバサラ、まだ話……」 「だーから、そんなどうでもいい話より、もっとやらなきゃいけねえことがあるだろ」 「なっ……」 秋子さんのこめかみが引きつったのを、そこにいた全員が見届けただろう。 しかし、私は彼女のその先の言葉を聞き取ることは出来なかった。 バサラに手を引かれるままに、彼の住む部屋へと連れ去られてしまったからだ。 「……もうっ!バサラ、自分勝手がすぎるわ!!」 「どこがだ?」 「どこが、って……そうやっていつも人の話聞かないでやりたい放題のどこが……」 「俺はやりたいことだけをやる。やりたくないことはやらない」 「そういうのを勝手って言うんでしょ〜!!」 アクショに到着するなり、私はそれまで溜まっていた思いのたけをぶちまけた。 引かれていた手をばっと振り払い、肩をいからせ睨んでみても暖簾に腕押し、バサラの態度はやっぱりいつも通り。 払われた腕を特に気にする風でもなく、さっさと長い階段梯子を上っていく。 彼の背中からは「お前も早く上って来い」というオーラが出ていた。 仕方なく彼の後を追うと、やっぱりバサラは、自分の都合最優先、というか。何と言うか…… 「とにかく曲が出来なきゃ話になんねえからな。お前しばらくここにいろよ、出来たら見せるから」 「ちょ、ちょっといくらなんでも、急すぎるし……」 「早い方がいいだろ?」 「そりゃそうだけど…泊まる用意だってしてないし…第一誰かに見られたら」 「関係ねえだろそんなの。言いたい奴には言わせとけよ」 「もう…バサラぁ〜!」 というか、聞いてないね。人の話。 そんな悠長なことを言っている場合ではないのだ。私は。 バサラ乱入によりとりあえず秋子リップス所属扱いとなった私が正式に移籍になるには、ハニープロ側が出した条件をクリアしなければならない。 その条件とは──デビュー曲がギャラクシーネットワークチャートトップ3以内を獲得すること。 はっきり言って、こんな所でカンヅメに付き合わされている余裕など私には全く残されていない。 本来ならばバサラは作詞担当、私はその間にレッスン。 ほら、役割分担ちゃんとできる。 それを上手く言葉にできず、部屋の中をうろうろしているばかりの私の頬に、突然ひやっとした感触が走った。 「ひゃっ!?」 「とりあえず、これでも飲んで落ち着けよ」 「…………」 「要らないんなら俺が飲むぞ」 「飲む。飲みます」 バサラの手からおもむろにレモネードの入った黄色い容器を引ったくり、ストローを口に含む。 甘酸っぱい爽やかな味が喉を通り過ぎていく。ああ、手懐けられてる、私。 女の子は甘いものを差し出されると泣き止むっていうのは、どうやら本当のことらしい。 泣きたいわけじゃないけど、この状況を見ればシチュエーションはそっくりだ。 「……ふぅ」 そして結局、数分後にはベッドに座りおとなしくバサラの作詞風景を眺めている私がいたのだった。 ああもう、私の単純おばか。 そうして、かれこれ数十分ばかりが経過した時。 「、ちょっと来い」 「え?」 やることもないので、うっかりうつらうつらとしていた顔を慌てて上げる。 バサラが座ったまま背をひねってこちらを向き、手招きをしていた。 「何?」 ここでほいほいと何も考えず、彼に近づいた私が浅はかだったのだ。 「…………っ……んー!?」 私を抱き寄せられるくらいまでそばに来させたバサラは、そのまま私の肩を抱き、顔を近づけた。 「……な、何……?」 この人の行動はいつも唐突で、気まぐれで、めちゃくちゃで……それでも、後になってみれば「ああ、こういうことだったのか」と納得する…ことも、ある。 でも今のバサラはまったく分からない。 なんなの? 女の子を部屋に閉じ込めておいて、自分は作詞にかかりっきり。 なのに今のキスは何? 唇が離れた後も、私はそこを動かずバサラの顔をじっと見つめていた。 「違う、こんなもんじゃねえ!こんなもんじゃお前のハートを表し切れねえ!」 意外にも、私の肩をがっちりつかんでいたバサラの腕は驚くほどあっさりと放され、反動で私はベッドにぱたりと倒れこむ。 視線の奥の方に、バサラの後姿──頭をかきむしりながら、今まで書いていた詞をぐちゃぐちゃに丸めてあらぬ方向へと投げ捨てる。 私は──私は、彼が詞を書くための、道具にしか過ぎないのだろうか? 今までにバサラが手がけた数多くのラブソング……それも、今までに付き合った女の子達を利用して、こんな風に作っていたの?(だって、例えば16歳のバサラなんて、私は知らない) だとしたら、だとしたら、あまりにも。 心の底に突き刺さったこの小骨のようなちくっとした気持ちは、知らない内に私の口をついて言葉になって出てきていた。 「バサラってさ。……バサラの、歌って」 「うん?」 「いっつもこんな風にして作ってるの?」 「……え?」 顔だけで振り向く。 私の質問の意図するところが分からない──そんな顔。 「だから、曲を書くためだけに、その……」 「?」 「……キス…したりとか…………」 昔付き合ってた子とかにも、同じことしてたのかな。 もしそうだったら、妬けると同時に、その子がちょっとばかしかわいそう…… やがてゆっくりと体をこちらに向けたバサラを、じっと見つめる。 彼は頬をかきながら何かを考えているような表情をして、それからまたこっちに近づいてくる。 手を伸ばせば触れ合えるくらいの距離まできても、バサラはまだ何も言わなかった。 そして。 「……っ!!な、なな何っ!?」 「いや、んなこと言うからキスしてえのかなって」 「そうじゃないわよ!馬鹿!全然違うっ!!」 「じゃあ何だよ!?」 「もういいっ!何でもないよ!何にも分かってないんだから!」 「分かってないのはお前の方だっ!!」 …………はい? 彼──熱気バサラの不可解な所は、この唐突に何かを悟ったように熱くなったりするところなのである。 ともかくバサラの瞳には熱い輝きが灯り、私の肩をぐっと押さえて語る。 「お前のハートを表現するためには、ただの歌じゃ駄目だ!この熱さと柔らかさを聴く奴みんなに感じさせるサウンドが必要なんだよ!」 「はぁ?」 「いいか、お前の歌は、お前の唇はとんでもねえパワーを持ってるんだ!」 「いや、あの…バサラさん?」 「初めてキスした時に、俺はそう直感した!そしてその感動をいつか歌にすると決めていた!それがお前のデビュー曲だ!!」 だからキスするのかと。 つまり、やっぱり曲作りのために、私を利用していたと? 多分、今の私の顔は酷いものだろう、と思う。 なにせ、今の私は歌に嫉妬しているのだから。 そういえば、気が付くと妬いてばっかりだ、最近の私。 「……何だよ、んな顔すんなって。お前ならできる」 「バサラ…違う……」 「違わねえよ。なあ、…俺はお前に、最高のデビュー曲を書いてやりたい。お前が俺の歌に感動してくれたことへの、お返しがしたい」 ほら、やっぱり。違うじゃない。 「だからいつまでも拗ねんなって」 「……拗ねてない」 「じゃあ何なんだよ」 「キス…したいよ。歌のためじゃない、ただのキス」 私がそう言って俯いた後、小さく息を吐く音が聞こえた。 まだ熱の残る唇を手で隠すように押さえて、私はベッドに転がった。 正直言うと、やっぱり私は拗ねていた。なんだか、私の気持ちすらも歌のためにいい様に使われている、そんな気がして。 だけどそれでも、バサラから歌を取り上げるなんてことは、私にはできない。 あいつは、バサラはホントに歌に命賭けてるんだな。悔しいけど、私はまだそこまで入ることを許されない。 これが『惚れた弱み』という奴なのだろうか。 ……それも仕方ないか。一目惚れならぬ一耳惚れだったのだ。バサラに。 部屋の奥から、ギターを爪弾く音が聞こえてくる。 それを子守唄代わりに、私はいつしか眠りに落ちていった──── 「……す、凄い」 「どうだ、?これがお前のデビュー曲だ」 「ホントに一晩で仕上げたの?」 翌日。 眠りから覚めた私に、まずもたらされたのは、バサラの手に持った一枚の楽譜だった。 そこには、意味不明な記号としか見えない音符と一緒に、『魔法の唇』と書かれていた。 不思議なことに、徹夜したであろうにちっとも眠そうに見えないバサラは、いつもと変わらぬ調子で私に語りかける。 その様子は、誰から見てもきっと『嬉しそう』以外の何物にも見えなかっただろう。 「前から考えてた歌をお前用にいじったんだ。だからこれは、お前だけの歌だ」 「凄いね…やっぱり、バサラは凄い。これ、歌詞見ただけで……その、なんていうか……」 「だから言ったろ?お前のキスには、これだけ凄ぇものがある」 得意げに、バサラは続ける。 私はといえば、歌が完成した嬉しさや歌詞を見て感動した気持ちや、とにかく色んなものがごっちゃになって少し混乱していた。かもしれない。 詞と、昨日かすかに聴いたメロディーとが頭の中で合わさって、何か熱いものがこみ上げてくる。 この気持ちは確か、初めてバサラと……── 頭で思い出す前に、私の唇はその時の記憶をじかに感じ取った。 視線を上げてみると、そこにはやっぱりバサラの顔があった。 バサラは自信たっぷりにこう言い放った。 「お前の歌は聴いた人間がキスしたくなる歌だ」 こうしてデビュー曲が完成した。 デビューの日まで、あと僅か。 |
|
……あ〜、なんというか……ヒロインさんが非常に怒りっぽくなってきてます…… はっきり言いますと、ミレーヌとキャラが被っ(略)苦労してるんだねミレーヌ。 そしてバサラの性格は一向に掴めないままです……ただの歌馬鹿でもないし…いや歌馬鹿だけどさ。 |