Prologue〜ライブ終了後〜


熱気バサラの反対(?)を押し切って、歌手デビューを果たすという目標を持ってから、数ヶ月が過ぎた。
FireBomberほどの実力は無いにしても、そこそこの歌唱力とそして魅力を認めてもらえたのか、何とか芸能界での活動もできるようになってきた。
といっても、私くらいの実力と立場にあるアーティストの卵の女の子達は、意外に多い。いろんな事務所を渡り歩いて、地道な売り込みを何度も何度もおこなって、やっと最近プロデューサーになってやってもいい、という人を見つけることができた。

そんな折の出来事だった。


「やっぱりFireBomberはいいな。最初はあんなにマイナーなバンドだったのに、今じゃマクロス一の人気バンドだものね……やっぱり、私もバルキリーの操縦くらいできなきゃダメかな……」
彼らのライブを見たその帰り道。
普段は花束の一つでも持って楽屋を顔パスで通ったりもするのだが、今日はそんな気分にはなれなくて、街灯が細々と照らす道を一人歩く。
同業者(に、いずれなる人)への対抗心からか、ついついそんな言葉が口をついて出てきた。
彼らがこんなにもメジャーになったのは、必ずしもバルキリーに乗って歌いまくったサウンド・フォースとしての活躍が全てではないのに。

これは嫉妬心だろうか。なかなかうまくことが運ばない自らの活動の、その苛立ちを彼らにぶつけている。
そんなことしても何にもならないのに、このもやもやした気持ちをどうにかして発散させたくてたまらない。


──そういう時は歌うんだ。そうすりゃ心がスーッとするぜ。


「…………え?」
聞き慣れた大好きな声が聞こえたような気がして、思わず振り返る。
しかし当然のように、そこには誰がいるわけでもなく、ただただ今日のライブの余韻が漂っているだけだった。

当たり前だ。
その言葉は、かつて彼が私に言ったたくさんの言葉のうちの一つだったのだから。
「でも、真理か……」
ぽつりと漏らし、いったん息を吐ききってから大きく吸い込む。かすかに煙る都会の匂いがした。

歌おう。
そして今の気持ちを全部吐き出してすっきりしよう。


人通りの少ない公園脇の道だ。誰かに聞かれる可能性も無い……いや、聞かれたって構わない。
どうせいつかはシティ7中の人間に聴かせる歌声なのだから。
そんな思いを乗せて、私は歌い始めた。
高らかに。時に囁くように。

それは、今まで自分が発した音の中で、一番素晴らしいもののように思えた。たぶんこれが、あの人がよく言う『心から歌えた時』なのかもしれない。


「……。それが、お前の歌なのか」
「……っ!?」
突然割り入ってきた声に、息が詰まりそうになる。
それでも急には歌を止められなくて、口をパクパクさせながら声のした方を見た。
「バ、サラ……」
そこに立っていたのは、本日のライブの主役……そう、こんな路上ライブでなくて、ちゃんとしたステージにさっきまで立っていた、私の一番好きな人。
熱気バサラが、やけに不機嫌そうな顔つきでこちらをじっと見つめていた。


しばらく見つめ合ったのち、バサラはやっぱりどこか不機嫌そうな声を出した。
「何で楽屋に来なかった?」
「それは……」
「ほら、いいから歌え」

どっちだ。

とりあえず、楽屋に行かなかった理由を告げるのは気まずい。それに、せっかく気持ち良く歌っていたところなのだ。
一曲歌いきってからにしよう。

バサラの目線が気にならないよう、僅かに身体を横に向けると、私は続きを歌いだした。


ただ、『人に見られている』というそんな意識は、途中からどこかへ飛んでいって消えてしまった。
他の誰も感じない。私だけのステージ、そんな錯覚に陥る。
だから、その瞬間バサラが何をしたのか、私は気付くことができなかった。


横に立っていたはずの気配は消え──かわりに、目の前に大きな影。


またか、この男は。

視線を上げてみると、閉じられていた瞼が僅かに動いて、その下から薄い色の瞳が顔をのぞかせる。
同時に背中にずしりとした重みがかかってきて、そこで初めて私は自分が今抱き締められているのだと悟った。

「……ん、ん。ちょっと、バサラっ……?」
いい加減息苦しい。
何とか唇を動かし空気を吸い込むと、バサラは今度は私の肩に頭を乗せた。

ちょうど彼の口が、私の耳の所にある。


「そうか……これがお前の歌か…………」
先程とは違って、低く掠れるような声だ。損ねていた機嫌はどうやら直ったらしい。
けれど、今彼が私の何をもって不機嫌から立ち直ったのか、全く分からない。歌を聴いただけで直るような簡単な機嫌なら、普段から苦労はしていないわけで。
「あのー、一人で納得してないで、私にも詳しく話してくれるとありがたいんですけど……」
「お前には分からなかったのか!?自分で歌った歌が!」
「だからそれの何が……」
やっとバサラは密着していた身体を離し、私の両肩に手を置いて何かを叫んだ。
私はたぶん頭に疑問符を浮かべていただろう。一体私の歌で何が分かったというのか。

でもそれすらも、バサラにとってはたいしたことではなかったようで。
「まあいい。よーし、俺は決めたぜ、
「決めた?何を?」
「まだ教えねえよ。……ま、楽しみにしとけ」
そう言って頭を軽く叩くと、彼は颯爽と立ち去っていった。
暗い夜道に、女の子一人を残して、だ。


本当に、嵐のような奴だ。

それから起こった事件を、この時の私がどうして想像できるだろうか……




ヒロインが歌うとキスをする癖があるバサラです(笑)
というか、全体的にキス魔です、このシリーズのバサラは。
イメージとしてはバサラの歌を聞くとキス魔になっちゃうシビルのような感じです。

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