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が忍足侑士を知ったのは、今から二年前。 忍足は覚えていなかったが、彼らは一年時、同じクラスだったのだ。 そしては、その時から忍足のことが好きだった。 理由は、言わずもがな、である。 SWEETHEART MANIAX 2 「なあ、侑士。結局そのあとどーなんだよ」 「どうって、何が?」 昼休み、忍足は名相方向日岳人と共に、屋上で昼食をとっていた。 なにやら興味津々に聞いてくる岳人を目をぱちくりさせながら見たまま、忍足は箸を口に運んだ。 ちなみに母の作った微妙に豪華な和風の弁当である。 「何がじゃねーだろ?だよ、彼女とどうなんだよ?」 もどかしげに岳人は手に持ったパンをぐっと握る。中のクリームがはみ出てきたがそんなことは気にしない。 目の前のこのオタクの恋の行方は、そのパンを綺麗に食べられるかどうかなどということよりはるかに困難だ。 「……あー。なー。あれから特になんも無いけど、まあそれなりなんちゃう?」 「っかー!分かってねえなっ!コイビトになっちゃったからには、もう今まで通りじゃ駄目なんだよっ!もっとちゃんと彼氏らしくしてやれよ!!」 「…………彼氏らしく、言うてもなぁ……」 煮え切らない相方を目の前に、岳人は食事の間苛々しっぱなしであった。 というのも、この忍足という男、見た目はクールでミステリアスな美形には違いないのだが、いかんせんオタクである。 今まで生身の女の子と付き合ったことなど一度たりとも無い。 まったく興味が無い、わけでもないが、おそらく男女交際よりも自分の趣味の方が優先事項なのであろう。 恋愛に並々ならぬ憧れを抱いていたり、女生徒の脚を観察するのが好きだったり、「彼女にするならこんな子がいい」なんていう話をしたり、そういうこともあるが、実際に付き合ってみる機会もつもりもあまりなかったのだろう。 つまりは、自分で体験する『生身の恋愛』については、一切の免疫が無い。 非常に中学生らしく初々しい気もするが、あの外見でそうだとやはり違和感を覚える。むしろ、詐欺だとすら思えてくるから不思議だ。 そこが、岳人が彼を心配する所以でもあった。 「あ、そういえば」 弁当箱を綺麗に包みに戻し、何か思い出したように忍足が呟く。 きっと今日なんかのアニメの予約録画忘れてたとか、そんなことだろうと思いながらも岳人はどうしたのか聞いてみる。 忍足はふところから映画の無料招待券を二枚取り出すと、感慨深げに見つめて言った。 「これ、今日までやった……早よ誘わんと……」 「早く言え、それをぉーっ!!」 午後の授業が始まる直前。 屋上に岳人の絶叫が響いた。 話は放課後へと移る。 は帰り支度をしながら、クラスメイトの女子数人とお喋りをしていた。 彼女は大して意識していなかったことだが、忍足と付き合い始めたことは他の女の子達にとってはちょっとした事件だったらしい。 「じゃあみんな気付いてたんだ?私が侑士と付き合ってるの」 「あったり前じゃん!あんだけあからさまに仲良いの見て気付かないわけないでしょ?」 「でも私、乃絵がサッカー部の人と付き合ってたの分からなかったけど」 の平坦な口調に、その場にいた乃絵、と呼ばれた級友を含む数人全てが一瞬固まった。 『ありえない』。皆そんな表情をしている。 そんな級友達をは首を傾げて見るばかりだ。 「いや、なんて言うか……仲良いな、とは思ったよ?」 「……はぁ〜、なんか忍足君が気の毒になってきた……あんた、鈍すぎ」 「そんなことないよ、今の所うまくやってるし、たぶん」 呆れ顔の友人達を尻目に、うん、と一人頷いて、は鞄を持ち上げた。 今日も忍足が部活を終えるまでの間図書室で自習したり色々したりの予定だ。いつもと変わらないが、 一つだけ、違うことがある。 些細なことなのだが、恋人に伝えたいことがあるのだ。 待つ時間が少しだけ楽しくなりそうだ。 そんなことを思いながら、は図書室までの長い廊下を渡っていった。 その幸せな放課後も、長くは続かなかった。 「さん、ちょっといい?」 部活動が終了し、夕闇も迫ってきた時刻。 図書室を出たところで不意にかけられた声にそちらを向くと、図書室への出入り口を塞ぐように、数人の女生徒がずらりと並んで立っていた。 ちょうど真ん中に、派手目なつくりの顔をした少女が腕を組んだまま仁王立ちしている。 「……えーっと」 は全身振り向くと、並んで立つ少女達を一通り見回した。 おそらく中央の彼女がリーダー格だろう。そして彼女達はいわゆる『アレ』だ。 そう直感して、「今時そんなのいたんだ」と半ば珍しいものを見るように、口を開く。 「……跡部君とは、知り合い以下だけど」 「違うわよ」 あれ。違った。 予想が外れ、は首を捻った。 彼女達はおそらく、今時死語にも近い『親衛隊』なのだろうと思い、適当にそういうものがいそうな跡部の名前を出してみたのだが、どうやらそうではないらしい。 考えてみれば跡部とはほとんど面識がないのだから、ここで跡部の『親衛隊』とやらにちょっかいをかけられるのは確かに筋違いというものだ。 「しらばっくれてんじゃないわよ!」 取り巻きらしい一人の少女が金切り声を上げる。これもお約束だなあ、などと思いつつ、は心当たりを探ってみた。 一つだけ、あった。 確証に近いのだが、念のためふっかけてみる。 「えーっと……侑士とは、別れるつもりはないけど」 「何ですって!」 「とりあえず場所を移動した方がいいと思う」 今度はリーダー格の少女が、ヒステリックに叫ぶのもさらりとかわして、は廊下の向こう、玄関のある方向を指差した。 「話は分かってるわよね」 玄関を出て少し歩いた、校舎の隅。 開口一番、リーダー格の少女がそう言い出す。 「分かってるし、私の答えも言ったよ」 今更何を言うのかと、は多少投げやりだ。 だが、そのことが余計に少女達を苛立たせたらしい。 そのうちの一人がずかずかと近寄り、に手を伸ばす。 幸いうまいこと立ち位置を確保して、壁を背にしてはいなかったため、囲まれることはなかったが、それでも一瞬の隙をつかれて胸倉をつかまれる。 息苦しさの中、目の前の少女の後ろから罵声を浴びせかけられる。 「生意気なんだよ、オタクのくせに!」 「侑士もオタクだけど……」 自分の趣味を馬鹿にされたことにも腹が立ったが、それでもツッコミを入れずにはいられなかった。 案の定、それを知らない彼女達をさらに逆上させる結果となる。 それでもは冷静に、彼女たちとは対称的に低テンションで、一つずつ言葉を紡いでいった。 「そもそもあなた達親衛隊?それとも真ん中の人の恋路を応援する人達?」 個人の恋愛事情には全くアンテナが働かないし、興味も無い。 だが、彼女たちの行動からは押し付けがましいくらいの忍足侑士への感情が湧き出ていた。 あまりにもお約束過ぎて涙が出そうなほどの。だからこちらも少々強く、自分の胸元を引っ掴んでいる腕を取り、引き剥がそうと思い切り捻り上げる。 思っていたよりあっさりと、その腕は離れた。 その少女は腕を押さえると、慌てて並んでいる他の子達の元へ戻っていく。 なんだ、たいしたことないじゃん、と思う間にも、リーダーの子が何やら叫んでいる。 とても切羽詰った声の出し方で内容はあまり聞き取れなかったが、とにかく「あんたなんかよりアタシの方が忍足君にふさわしい、これ以上忍足君に近づくな」とか何とか、そういうことを言っているように聞こえた。 しばし考える。 結論は、今ここで張り合って実力行使でもされたらこちらに勝ち目は無い。 適当に逃げよう。 「それじゃあ、侑士に告白してみたら」 「はぁ!?何言ってんの!?」 「そんなに好きなら告白すればって言ったんだけど」 そこまで言うと、一瞬リーダーの少女の顔がぴくんと動く。 今までいろんな子にこうしてちょっかいかけてきたが、「じゃあ告白すれば」なんて言ってきたのはが初めてだった。 「侑士がOKしたら、あなたが付き合ってもいいと思うけど、たぶん無理」 「何であんたにそんなこと言われなきゃなんないのよ!?」 「じゃあ聞くけど、あなたニュータイプと強化人間の違いが分かる?モノアイとデュアルカメラの違いが分かる?カトキ立ちとガワラ立ちの違いが分かるの?」 「え……ニュー……何、それ…………?」 「侑士に聞いてみればいいと思うよ」 呆然とする少女を見て、はチャンスとばかりに駆け出した。 彼女達に言った事柄は、自分の中では一般常識に入ることばかりなのだが、そちらにとっては分野が違いすぎたらしい。 そして去り際に、駄目押しの一言。 「私、鈍いらしいから、たぶんあなたと侑士が付き合うってなっても気付かないと思うし」 リーダー格の少女は、この女ならチョロイ、と思ったとか思わないとか、後に取り巻きたちに語ったそうだが。 その後、忍足侑士が誰かからの告白にいい返事をした、という話は聞いていない。 部室棟まで一気に駆けて来ると、そこには忍足と岳人が既に着替えを終えて待っていた。 が手を振ると、岳人は気を利かせたのかすっと一歩下がる。 二人に労いの言葉をかけると、は早速忍足に話し始める。 他の人から見ればほんの些細な、伝えたいこと。 「ねえ侑士、バルディオスのVHS手に入れちゃった。見に来ない?」 「ホンマに!?あれラストずっと気になっててん……」 「……映画見に行くんじゃなかったのかよ……」 自分には理解不能の言語で楽しく喋りながら帰っていく相方とその彼女の背中を見つめながら、岳人は呟いた。 映画のような甘い恋愛ではないが。 二人が幸せなら、それはそれでいいのかもしれない。 などと、諦めムード満点の岳人が一人そこに取り残された。 |
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またオタクネタです。むしろ私だけが楽しいシリーズです! いや、ほら……忍足って人気キャラだし、私が書かなくても他の人がいっぱいかっこいい忍足ドリを書いてくれるわけだし……ダメ? |