SWEETHEART MANIAX


侑士に彼女が出来た。

いや、別に羨ましいとかそんなんじゃないんだけど(確かに俺も彼女は欲しいけど)。
ただ俺は、単純に二人の付き合いってものが普通のカップルと違うってことが気になって仕方が無いのだ。


彼女は、名前をという。
俺と侑士とは同じクラス、ついでに侑士の隣の席だ。

顔は、結構可愛い方だと思う。スタイルも悪くないし、二人で並んだら絵になる。と思う。
別に羨ましくなんかねえからな。俺はもっと小さくて可愛い子が好みなんだかんな。
まあとにかくだ。普通にしてれば、けっこーイケてるカップルだとは思うんだが、いかんせん、奴ら自身が普通じゃない。
どう普通じゃないかって言われても言葉で説明するのは難しい。なんていうか、あいつらはいわゆる「恋人らしい会話」というのをしないんだ。

それは、二人が付き合い始めたきっかけからしてそうだった。
そのときのことを、ちょっとだけ思い出してみると、確かこんな感じだったと思う。


その日侑士は、次の授業である数学のノートを前に、なにやら難しい顔で考え込んでいた。

開かれていたページには、アルファベットやら数字やらが乱雑に書かれている。
いつも綺麗にノートをとるはずの侑士がだぜ。
だからその時俺は、きっと俺には理解できないような難しい数式か何かなんだと思っていた。
でもちょっと気になったから、それとなく聞いてみたんだ。

「侑士ー、何考えてんだよ?」
「んー……いや、俺としたことがちょっとど忘れしてもうてなぁ……」
ああなんだ、やっぱり数学のことかと思い、もしかしたら俺でも分かるかもしれないと思って、何を忘れたのか聞いてみた。
侑士は少し不安そうな顔をしたあと、その内容をぼそりと呟いた。


「リック・ディアスの形式番号って何番やったっけ……」

そんなの、俺が分かるわけないじゃん。
何だよそのリックなんとかってのは。
っていうかそれは、今どうしても思い出さなきゃいけないことなのか?

そんなことを言ってみたところで、侑士は聞きやしない。なぜって、それはこいつがオタクだからだ。
知り合ってからの二年半で、俺はそれが痛いほどよく分かっていた。
皆のいる教室でこんな姿を晒しておいて、何でいまだに他の奴にそれがばれてないのかが不思議でならないくらいだ。
「いったん疑問に思ってしもたらちゃんと思いださんと気色悪いねんもん」
そう言ってはまた頭を抱えてうんうん言っている。

だが、救いは思わぬところからあらわれた。
「RMS-099。開発時のコードネームはガンマガンダム……」
「えっ?」
隣の席から聞こえてきたそれは、俺には呪文のようでさっぱり理解できなかった。

が、侑士にとってそれは神の声にも等しかったらしい。


「それやっ!やっと思い出したわ……ってあれ?」
拳を握りしめ、勢いよく立ち上がってさんの方を向いたまま、そこで我に返ったようだ。
「……今の、さん?」
「そう」
侑士の問いかけに、さんは静かに頷くだけだった。

なんで、侑士の疑問にさんが答えるのか。
俺の疑問はいっこうに解けないまま、二人の間に会話がはずんだ。
その内容は俺には外国語にしか聞こえなかったが、後で尋ねてみるとこんな内容だった……らしい。


「……なら、α・アジールは」
「NZ-333」
「パイロットは?」
「クェス・パラヤ」

「…………俺の一番好きそうなキャラは?」
「………………」
補足。この沈黙は、さんが侑士の目をじっと見て考えていた間らしい。
「……ファ・ユイリィ?」


そこから先は、俺にも分かる言葉で侑士は喋り始めた。
ただ、その内容が問題だった。
「惚れた。結婚してくれ」
だからなんでいきなり外国語からプロポーズに飛んじまうんだよ!?俺にはさっぱりわかんねー。
さんもさんで、これまたあっさりと
「料理が下手でもよければ、いいよ」
と、OKを出してしまった。


ただ一つ、はっきりしていたのは。
この二人がとてもお似合いのカップルになるだろうということだけだった。


それからというもの、学校内では一緒にいる二人の姿をよく見かけるようになった。
さんはテニスのことはよく分からないらしく、部活中はあんまり顔を見せなかったし、たまの休日に侑士とテニスする約束した日にも現れることはなかった。

俺はさんが一人の時を見計らって、侑士との付き合いに満足してるのかと聞いてみたことがある。
さんは笑いながらただ一言、「あんなに話が合う人も珍しいから」と答えた。
俺は思い切ってもう一つ聞いてみた。
「普段どんな話してるんだ?」
「えーっと、昨日話したのはエレズム、コントリズムのジオニズムへの変遷。それから、たったの4話しか出ていないフォウの描かれ方について…やっぱり男子と話すと意外な視点が見つかって面白いね」

俺はそれは恋人のする会話じゃないと思ったが、二人がそれで楽しいんなら、それでもいいと思った。世の中いろんな恋愛の形があってもいいはずだ。
つまりは何だかんだ言ってうまくいっているらしく、二人とも充実した青春を送っているように見えたんだけど、どうも腑に落ちないことがある。
侑士の態度だ。

あいつの好みは美脚。もうそこからして奴はエロいってことが丸分かりなのに、さんに手を出している様子は兆候すら見せない。
それどころか、机に向き合って仲良く喋っているところはよく見るけれども、俺は二人が抱き合っているところも、手を繋いでいる場面さえ見たことがない。

俺に彼女が出来たら、きっと手を繋いだり抱きしめたり、それからキスしたりとかしたくなると思うんだ。
侑士はそれ以上に甘ったるい恋愛に憧れていたし、何よりあのエロ侑士だ。きっとさんに手を出したいはずだ。
それにさんだって、クールっぽく見えるけど女の子だし、そういうことを期待してると思う。

人の彼女に対してそんな想像するのは失礼だと思っちゃうけど。


だが、そんな奴らにもついに進展が!?と思わせるシチュエーションが到来した。
廊下の踊り場で、二人は声を潜めて話をしていた。
立ち聞きするのは悪いと思ったけど、ついつい耳が声をキャッチしてしまう。
だって気になっちまうもんはしょーがない。俺はあの二人の「オタク」という本性を知る数少ない人間。あいつらが無事普通の恋人らしい恋人になれるのかどうか、すげー気になる。
聞けばさんは侑士狙いだった他の女子からあまりよく思われていないらしい。「いきなりプロポーズされるなんて、一体どうやってあの侑士を落としたんだ」って、そりゃあ確かにあの外国語の意味が分からなければ侑士がさんのどこを好きになったのかなんて理解不能だ。

踊り場の隅から聞こえてきたのは、こんな会話だった。


、今日部活ないし、明日休みやろ。うち泊まっていき」
「うん、それはいいけど……本当にするの?」
「何を言うてん、俺はずっとしたかったんや」
「……分かった。侑士がそこまで言うなら」


うおおっ!?
俺は凄い会話を盗み聞きしてしまったかもしれない。
だって「したかったんや〜」だぜ?あの侑士が超低音で女子に囁いてるんだぜ!?
侑士には悪いけど、俺はこの時こみ上げてくる笑いを抑えるのに必死だった。

で、でも。
考えようによっちゃ、これは二人の恋人としての次なるステップだ。
友人としては、応援してやらなきゃいけないよな。

といっても、俺にはためになるようなアドバイスなんか思いつかねえし、色々と世話焼いたりなんかしたら、かえって変に思われるし、第一鬱陶しいよな。
というわけで、俺は心の中でそっと二人に声援を送るにとどめた。

さんが侑士に愛想を尽かさないように、ともちょっとだけ祈った。


もちろん、休み明けには侑士の口から成果を聞きだしてやるつもりだ。


そして休みが明けて、次の日の朝。
侑士は朝練にやってこなかった。ジローですら参加してたのに、寝ぼすけさんめ。
そして教室に行くと、案の定侑士とさんは同時にふらふらと入ってきた。

二人ともやつれている。特にさんの方は、心なしか不機嫌そうにも見える。

これはアレだろうか。
「侑士が寝かせてくれなくて〜」とか、そういうことなんだろうか。あわわ、なんかとんでもないことになってる気がしないでもない。
俺はとりあえず、挨拶も兼ねてそれとなく事情を聞きだそうと二人に近づいた。

「おはよー、侑士、
「ああ、岳人か…おはようさん。ふわぁ……」
「おはよう……ふぁ〜……」
二人そろって生あくび。
こいつらは俺が何も知らないと思ってるはずだから、一体どうしたのかと聞いたって不思議には思わないはずだ。
ごくり、と唾を飲み込んで、俺はいよいよ二人に休日の顛末を聞きだした。

「お前ら…なんでそんなやつれてんだよ?」
俺の言葉に、二人は顔を見合わせて答えはじめた。
「だって……私もういやだって言ったのに、侑士ったらしつこいんだもん……」
「なんやのそれ…意地でも最後までやる言うたんはやんか……」
「え……なっ…………」

うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
ど、どうしよう。一応予想はしてたしそうなるように応援もしたけど、まさか本当にそんなことになってるなんて。
俺は頬が熱くなるのを感じた。だってさ、マジでそんなスパァッとストレートに言っちゃう馬鹿がいるかよ!?
心の隅っこで野暮だとは思いつつも、俺はその時の素直な感想を口に出さずにはいられなかった。

「お、お前ら……一体何やったん…だよ……?」
二人は至極真面目な顔で口を開きかけた。
わわっ!馬鹿、言うなよ!そんなマジな顔でセックスしてましたとか言うのだけはホントやめてくれよ!?
「何って……ガンダムシードの評論会?」
「……というより、見直しというか、どこがいけなかったのかの討論というか……?」
「最後の方、ほとんど悪口やったけどな」

「……ゴメン、全然わかんねえ」
一気に肩の力が抜けていくのが分かった。


二人が言うには。
一昨日、さんが侑士の家に行ってから今日の朝日が昇るまで、食糧を買い込み部屋に閉じこもって、ずっとアニメを見ていたという。
二人ともアニメ好きそうだったし、どうしてそれが楽しく鑑賞会にならないのか不思議だったが、それを口に出すとものすごい勢いで反論が飛んできそうだからやめた。
彼らにとってシードという言葉はもう禁句らしい。

俺はその後、こっそりと侑士にだけ本当のところはどうだったのか聞いてみた。
本当にそれ以外に何もなかったのか、なかったとしても、想定すらしていなかったのか。

侑士はそれを聞くと思い出したようにさっと顔を青くした。
「しもた……種の悪口言うんに夢中ですっかり忘れとった……」


俺は、とりあえず次頑張れとしか言えなかった。
二人が恋人らしい恋人になれる日は、まだまだ遠そうだ。





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