黄金の黄昏


その『使命』に立ち会った時、はまだ義務教育中であった。

「ふっ、心配するな。この俺、トウガとこの鎧さえあれば、何も恐れることはない」
傍らに立つ男のその過剰なまでの自信に満ちた声。
振り向くと彼は黄金色に光る鎧を身にまとい、これ見よがしにの前でポーズを取って見せる。
は自らの武器であるウィッチブレードを磨く手を休め、トウガを不安げに見つめた。
おずおずと声をかける。
「……そ、そう…です……ね。丈夫そうですもんね、ソレ」
「当然だ。神話の時代より受け継がれたこの『カニアーマー』そしてそれに選ばれた俺だ。敗北などあろうはずもない!」

今回初めて作戦を共にすることとなったこの男は、思ったより話しやすい人物であったが、いかんせん何かが抜けているような気がしてならない。
が不安に思ったのは、自分がウィザードとして覚醒してから初の大きな仕事に赴くからではなく、ひとえに彼の存在のためであった。

『大丈夫かな』と、『ダメかな』が、半々に交じり合った視線をトウガに注ぐ。
それに気付いたらしく、トウガも何やら含みのある表情でを見返した。
「ん……?なんだ、いや、そんな目で見られても……君の気持ちは嬉しいが、生憎俺には心に決めた人がいるんだ」
「……はぁ……?」
「そう、俺の心の巫女、赤羽くれは!待っていてください、くれはさんっ!俺はこの仕事で大活躍し、男を上げ、一躍有名になってあなたのもとに参りますっ!そしてその時こそ……!」
拳を握りしめ、完全に自分の世界に陶酔しているトウガ。
なんとなく分かったのは、彼が赤羽くれはという人物に異様なまでの愛情を注いでおり、なおかつそれを鬱陶しがられているのだろうな、ということだけだった。


「えぇっと……じゃあ私、先に部屋に戻って休んでますね……?」
ピカピカになったウィッチブレードを『月衣』に収めると、はいまだマイワールドを展開させっぱなしのトウガに一応声をかけた。


「そのためには柊蓮司、邪魔者の貴様を葬り去ってくれるわ……ふふ、ふふふふふははははは……!」


やっぱりだめかも。


作戦に支障が出ないことを祈って、は割り当てられた自室へと引き返した。


空の一角を覆い尽くす、闇色。
背後は紅。

月夜を背景に、その戦いは始まった。
達が担当するのは、全体の中で最も単純で、そして最も体力を使うこと。
それ即ち──エミュレイターの迎撃、および殲滅。

ウィザードたちは『箒』に跨り、既に戦列を展開し終えている。
この戦いは、ある事件を発端とする世界滅亡のシナリオの最終章とでも言うべきものだった。
世界各国から優秀なウィザードたちが集い、今まさに、それに立ち向かおうという時である。
は己の体の震えを感じ、それをぐっとこらえるかのように箒を握り締めた。
取り付けられたタンデムシートには、あの金ぴかの鎧を纏った男が自信たっぷりに構えを取っている──の、後ろで。
「ふふふ、さあ来い侵魔ども!この俺、トウガとカニアーマー様が相手だっ!大人しく<蟹光線(イブセマスジー)>の餌食になるが良いっ!!」
そう言って、トウガは立ち上がりポーズを決めつつ高笑いした。途端にウィッチブレードがバランスを崩しトウガを振り落としそうになる。
「ふはは、これで憎っくき柊蓮司に一歩先んじ……うぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
「上で暴れないでくださーいっ!!」

もまだウィザードに覚醒したてで、箒の扱いに慣れきっていないのだ。
ウィッチブレードは傾いたまま二人ごと地面に向かって落下していった。


「う〜……えーとえーと、えいっ!!」
思い切りをつけて、は箒の柄をぐいっと引っ張った。急ブレーキがかけられ、激突する寸前それは音を立てることなく停止した。
「……ふう」
「ふう。じゃねえっ!?危ねえだろうがよぉぉっ!!」
「ごっごめんなさーい!」
下から怒鳴り声が聞こえ、反射的には頭部を手で覆い隠す。
ウィザードは物理的衝撃では一切の傷を負わない。ゆえに上空から叩きつけられても全然平気なのだが、やはり怖いものは怖いのだろう。
少し落ちついたところで、一緒に落ちて行ったトウガの姿を探す。──探す、ところで気が付いた。

先程の男の声は、トウガのものではないことに。


脱色しているのか明るい色の短髪に、少しひねたような表情。
どこかの学校の制服と思しき濃紫のブレザージャケットは、所々赤黒く染まっている。
「ってぇ……」
「あ、あのっ!大丈夫ですか!?」
地上すれすれに飛行し、男の顔を覗き込む。
の心配する声にすぐにぶっきらぼうな声が返ってきた。
「大丈夫そうに見えるか?」
「いいえちっとも」
「なら聞くなっ!ってゆーかそこで冷静になるなっ!?」

冷静に答えるに、彼はものすごい勢いでツッコミを入れた。
これが、勇者・と、魔剣使い・柊蓮司の記念すべきファーストコンタクトであった。

しかしそこに二人の邂逅に割り込むものがいた。
「ちょっと待てコラぁっ!?」


「ん?お前……誰だ?」
「誰だじゃねええええ!貴様、この俺を忘れたとは言わせんぞっ!」
「いや、悪いけど全く覚えがない」
「と、トウガさん。任務、任務」
の言葉でトウガははっと我に返る。
詰め寄っていた体勢を元に戻し、距離をとってから再び柊にビシッと指を突きつける。
「そ、そうだった。ふっ、柊蓮司よ!このカニアーマーの威力を見せてやる!貴様はそこで見物でもしているん……」

彼がその言葉を喋り終えることはなかった。

何故なら、次の瞬間、彼の体は侵魔の放つ黒き炎により、跡形もなく燃え尽きてしまっていたからだ。


「……えーっと」
「…………」
「し、死ん……だ?」
「死にましたね……」

人間、本当に切羽詰まると表情を出すことが出来なくなるものである。
一瞬後、柊の絶叫が響き渡る。

「死んだーっ!あっさり死んだーっ!!」
「ど、どどどうしましょう!?カニアーマー一撃粉砕なんて、並の敵じゃないですよ!?」


 騒然とした後。
 柊はきっ、と攻撃の放たれた方向を睨み付けた。
「……とにかく俺が食い止める!お前は上空から攻撃してくれ!」
言うなり柊は魔剣『ワイバーン』を月衣より取り出す。
しかし、はいまだトウガの死のショックから抜け出してはいなかった。
「え、あの。上空って……!」
うろたえた表情で柊の袖を掴む。先程のツッコミ仕様の声とは違う、恐ろしくシリアスな低い声音で飛ばされた激がの耳を直撃した。
「馬鹿!飛ぶんだよ!その箒は飾りか!?」
「……!わ、分かりました!」
慌てて柊の袖を離すと、はウィッチブレードに飛び乗った。
プラーナの輝きを纏い、箒は彼女を乗せて空に舞い上がる。


「さて、あいつの手は煩わさせねえ……俺一人で相手してやるよ」
の姿が遠くなったのを見届けると、柊は剣を構え直し独りごちた。
最初から、を逃がすつもりではったりをかましたが、もうそんなことも柊にとってはどうでもいい。
どうせもう、会うこともないだろう。

……彼のその予想は、大きく外れることになるのだが。

そう。
その後、二人は再会する事になる。
柊が忘れ去ってしまったこの出来事を、はずっと覚えていたのだから。


そしてその後。遥か遠く、第一世界ラース=フェリアにおいて、トウガは柱の騎士として転生し──柊蓮司によって倒されることになるのだが、それはまた、別の話だ。





聖○士星矢のパク(ゲフンゲフン!)…雰囲気を醸し出していた『フレイスの炎砦』でカニアーマー。
つまり君はそういうキャラだったのだよ、トウガ君……というおはなし。
いや、ホントはのりピー語を喋らせたりカニアーマーに見捨てられたりとかのネタもやりたかったんですけど(笑)

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