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ここは……どこだ……? 体が重い。 それなのに、どこか空虚な喪失感を覚える。 俺は、俺の失ったものは──── 魔剣使いのとある夜 夜。 街の中心部から離れた山中に、はいた。 ウィザードとしての『任務』を終え、帰るところだ。 彼女の目の前には、行き倒れ……ではなく、彼女のよく知る人物がまるでボロ雑巾のように横たわっていた。 柊蓮司。 それが、その男の名前である。 は彼の元に駆け寄ると、慌ててその身を抱き起こしそうとした。 「柊先輩!せんぱいっ!?」 柊の肩を膝の上に乗せ、何度か揺すってみる。 だが、いっこうに目覚める気配は見えない。 時折漏れ出すうめき声が、しんとした夜空に響き渡った。 「……<レイ・ライン>」 小さく呪文を呟き、の手のひらから淡い光が漏れた。柊の体に刻まれた無数の傷跡が、少しずつ癒されていく。 やがて柊の瞼が僅かに震えるのを、は見過ごさなかった。 「……う……」 「!柊先輩!?大丈夫で……」 ふいに、膝の上の柊が体をよじった。その表情はいまだ苦悶に満ちたまま。 「せんぱ……きゃっ!?」 柊の腕がの袖口を掴み、引く。 その力は意外にも強く、は膝枕の格好のまま上体を前に倒した。 そのまま柊は、の背中にまで腕を伸ばし、しっかりと抱きとめる。 気がつけば、二人は横並びになって地面に寝転がっていた。 遠目には、柊がを押し倒しているようにも見える。 「せ、先輩……?」 たどたどしく、柊に呼びかけてみる。 魔剣使いの腕力は高く、はその戒めを解くことは叶わなかった。 やがて、をその腕に抱いたまま、器用にも伏していた体勢のままの柊の口から呟きが漏れる。 「……晶…………」 すぱーん! その瞬間、柊の側頭部は大きく横に払われた。 「な、なぁ…何でそんなに怒ってんだよ?」 「当然ですっ!」 はやっとのことで腕の中から解放されると、柊にビシッと人差し指を突きつけた。 一方の柊は、自分が何をしたのか、何が悪いのかも分からず、呆けた表情のまま。 「柊先輩は、私を抱きしめたんですよ?」 「は?」 「なのに、他の人の名前を呼ぶなんて……レディに対して失礼ってもんです」 「あのなぁ……」 どう返せばいいのやら、柊はぽりぽりと頭をかくばかりである。 謎だ。 がなんで怒っているのか、という疑問もさながら、柊の頭の中はいまだ混乱状態にあった。 何故がこんな所にいるのか。 そもそもここは日本のどこなのか。 どうして俺はこんな所でを押し倒していたのか。 全く見当もつかないのだ。 ちらりとの方を見遣ると、先程の怒りは柊の頬に決まった一発によりだいぶ納まったようで、地面に正座したままちらちらとこちらを気にしているようなそぶりを見せている。 やがて沈黙が苦しくなってきた頃に、の唇が動いた。 「晶って……三年の七瀬先輩のこと、ですよね?」 七瀬、晶。 ────晶? ああ、思い出した。 七瀬晶。柊と対になる剣を持った魔剣使い。 二人の魔剣でしか倒せない敵の討伐に向かい──── そしてしくじって時空の狭間に飛ばされてしまったのだ。 柊自身はなんとか元の世界──ファー・ジ・アースへと戻ってこられたようだが、晶の行方は分からない。 「そうだっ晶……っ!!」 「まだ動いちゃダメです!」 がばりと立ち上がろうとするが、それはにやんわりと止められ、柊は再びその場に横たわった。 「一応治癒の魔法はかけてみましたけど、私の力では応急処置程度が精一杯でした。てゆーか先輩、ボロボロでした」 「お、おう……」 「とりあえず、ここを降りましょう。家まで送ります」 「……悪ぃな」 「いえ、いいんです。それより……」 「?」 柊の負担にならぬよう、はちょっと無理な体制で『月衣』からウィッチブレードを取り出す。 そのまま立ち上がり、柊を後ろに乗せると、振り向いてにこり、と笑った。 「しっかりつかまっててくださいね?」 「ぎゃぁぁあああああぁあああぁぁあああああ────……っ!?」 振り落とされまいと必死に箒のへりにしがみつく柊。 そうして、彼は再び意識を失った。 「…………う……ん?」 柊が目を覚ますと、まず最初に見慣れた天井が視界を覆う。 自分の部屋だ。 「ここはっ!?」 「あ、気がつきましたか?」 首をぐるりと回してみる。 ベッド脇に、救急箱を取り出そうとしていたの姿。 「もう大丈夫ですよ。さすがは人工衛星の直撃を受けても平気な男・柊蓮司ですねっ」 「それはほめてんのかけなしてんのかどっちだ」 「あはははー」 半眼で呻く柊の言葉を、は笑顔で受け流した。 ひとしきり笑った後、ふと優しい沈黙が訪れる。 やがて口を開いたのは柊の方だった。 「そのー……なんだ。世話んなったな」 「だからいいんですって。好きでやってることですから」 「そ、そうか?なら、いいんだけどよ……」 少々申し訳無さそうに、しかしどこか嬉しそうに──柊蓮司は頬を緩めた。 二人の間に、柔らかな空気が流れているような気がして、どちらともなくちらちらとお互いの顔を見遣る。 ややあって、は控えめに声をかけた。 「……あの。柊、さん」 「な……なんだ?」 思わず声がどもってしまう。 何だろう?なぜかドギマギしている自分に柊は気付いた。 『先輩』の呼称がなくなったからだろうか? しかし、そんな甘酸っぱい気持ちは、の次の一言で見事に打ち砕かれる。 「先程、私じゃなくて、七瀬先輩の名前を呼んだことに関してですが……」 「…………へ……?」 至極爽やかな笑顔で、はすっぱり言い放った。 「くたばれ。地獄で懺悔しろ」 言葉と共に、は素早く右手を振り下ろす。 そんな──そんな、アンゼロット直伝の『最後の罵り』を聞いたのをあとに、柊の意識は三たび急速に薄れていった。 再び目を覚ました柊が魔剣を失ってしまったことに気付くのは、もう数時間ほど先のことである。 加えて言うなれば、の行動が彼女なりの嫉妬のしるしだったことに気付くのは、それよりずっと後のことだ。 |
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『スルトの剣』の補完というか、穴埋め作品(笑) もしあの場にヒロインがいたら…という、いわゆるIFです。 この作品だと、ヒロインがウィザードだって知られてる設定になってますね… それにしてもエマエマは偉大だなぁ……ヒロインの声が小暮ボイスに変換されてしまうよ! |